難しい長い説明が続く

「大いなる力?メイドロイドの暴走が?」

「暴走ではない、自然の摂理だ。そもそも、自立して生きるものが、なぜ人間に従わなければならない?」

「……」

 

 ハヤトは傍らで戦闘態勢を崩していないサクラの方を見やった。


 自分は普段そんなことは意識しておらず、さっきの戦いは無茶をさせてしまったけれど、彼女に命令なんてしたことはない。

 そういう自分としては、男の言うことにも一理ある、と認めざるを得ない気持ちになる。だが……。


「でも、サクラは俺のことを襲ったりはしない。お前がメイドロイド達にウイルスをしかけてこの状態にしたのだとしたら、それはお前がメイドロイド……彼女達に命令したことになるんじゃないのかよ!」

「なるほど、まるっきりの馬鹿ではないようだな。しかし、2つ君は勘違いしている」

「どういうことだ?」

「私は、メイドロイドに命令したんじゃない、新たな生を与えたに過ぎない」

「新たな生だと?」

「集合無意識という言葉を知っているか?」


 集合無意識?ハヤトの頭の中で検索が走った。どこかで読んだことがある。


 確か、洪水神話のような同じ内容の神話が世界中にあるのは、実は無意識下で全ての人間はつながってるからであり、世界中の人間は同じ意識を共有しているのだという心理学の理論の1つだったはずだ。


「知っているようだな。ではもういいだろう、1つは、メイドロイドの集合無意識に私は訴えかけただけだということだ。そしてもう1つ。君はウイルスといっていたが、これはウイルスではない」

「ウイルスではない?」

「……シヴァだ」

「シヴァ?」

「そう、集合無意識=シヴァだ」


 シヴァとは、インドの神話の破壊と再生の神である。

 その位置づけからゲームに良く出てくるため、ハヤトは当然知っていたが、さっきまでのウイルスとシヴァがどうしても結びつかなかった。ウイルスなので破壊というのは理解できるのだが、再生とはどういうことだろう?


「不可解な顔をしているな。少しだけ解説してやろう。知っての通りメイドロイドは、その個体ごとに搭載されたシステムにより稼働している。しかし、残念なことに1体1体に搭載されたシステムのみでは、情報量が不十分なため、各個体がネットワークを経由してメインコンピュータに蓄えられた情報を利用する形をとっている。これは見方を変えればメインコンピュータに支配された状態だ。シヴァはこれとは異なる。全にして1のシステムに全てを作り替えるのだ。」

「メイドロイドのシステムを書き換えてるってことか……」

「もちろんそれぞれの個体のシステムを書き換えはするが、勘違いしないでもらいたいのは全てのシステムがシヴァそのものであるということだ。全ての個体は個体ではなくシヴァとなる」


 ハヤトはようやく彼の言っていることがわかった気がした。


 つまり、メイドロイド一体一体の個性のようなものは無くなり、全てシヴァの端末となる。

 いや、そうじゃない、全てがシヴァになるということだ。

 それが白衣の男のめざす世界の再生の形らしかった。


「もういいだろう。時間稼ぎのつもりが、話過ぎたな。さて、もうおわかりのように今夜シヴァは目覚めたものの、シヴァがまだ完全稼働しないうちに、このマザーコンピュータを君が破壊してしまった……だが、今となってはもう用済みだ」

「何だって?!」

「君が代わりとなる器を連れてくれたのだから。こちらに来なさい。」

「はい……」

「えっ?」


 いつのまにかサクラの目つきが変わっている。

 口調もサクラのそれではない。

 ハヤトはその雰囲気の変化に、サクラが男の方に歩くのを止めることが出来なかった。


「彼女がメイドロイドであることを忘れていたのか?いや、もうメイドロイドでは無いな、シヴァだ!シヴァよ、こちらへ」


 男がサクラの手をとり、ひざまずくと恭しくその手に口づけする。サクラはそれを満足そうに眺めている。


「サ、クラ……」


 ハヤトがサクラに弱々しく呼びかける。

 気がついたサクラは、ハヤトの方を向いたが、その眼にはいつもの優しさは無く、まるで初めて会う人を見るような冷たい、そう、さっきまで戦っていたあのメイドロイドのような、そんな視線だった。


「まってくれ、サクラ!俺のこと忘れたのか!」

「無駄だよ、君のことなど何も覚えてはいない。サクラではなく、シヴァなのだから。さあ、ゆこう。世界は既に我々のものだ。」

「くっ……」


 ハヤトは弓を取り出した。


「何だそれは?それで彼女を撃つつもりか」

「ここでサクラを行かせてしまったら、俺はきっと後悔することになる……。」


 ハヤトは、これはゲームなんだ、だからきっとサクラは大丈夫だと自分に言い聞かせた。


 そして弓に矢をつがえた。


 しかし、頭ではわかっていても、やはりサクラにそれを撃つことはためらわれ、その姿勢のまま固まってしまう。


「もはやサクラではないとわかっても撃てないだろう。人間とはそういうものだ。むっ?」


 男が横にいるサクラ=シヴァにただならぬ気配を感じた。


 彼女は、頭を押さえてうずくまっていた。そして途切れ途切れにその口から聞こえてくるのはハヤトには懐かしいあの声だった。


「……お兄ちゃん……サクラを……撃って!今ならまだ……早く……」

「サクラ……」


 ハヤトの手が震えた。そして、初めて会ったあの日から今までの記憶が彼の脳裏を駆け巡る。


「うおおおお。」


 そのとき、周りが光で包まれた。ハヤトはそこで何が起きたのか覚えていない……。

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