やっとゲーム開始、と思ってはいけない

「お兄ちゃーん。やっほー!」


 紛れもない、この声はサクラだ。


 映し出された姿は、体にぴったりとしたピンク色の服に、胴、腕、脚の要所要所にプロテクターのついたスーツを着ている。


「サクラ!」

「このテストにサクラにも協力してもらうことになった。彼女の役割は直接メイドロイドを動作不能にすることだ」

「ぶっ倒すー」


 画面の上で、サクラのキャラクターが不穏な言い方に言い換えてよろこんでいる。


 いつもと同じあの調子、どこかでハヤトと同じようにこのゲーム、いやテストに参加しているようだ。

 少なくとも無事なのは間違いないと考え、ハヤトはほっと胸をなでおろした。


「……というわけで、サクラと連携し、ネットワークに拡散するウイルス及び暴走メイドロイドを止めつつ、最終的に、街をこのテロの脅威から解放したらこのテストは合格だ」


 ハヤトは唾をごくりと飲んだ。


 彼とて情報工学系の学生ではあるが、正直自信があるかと言われると、無い。

 しかしここはなんとしても合格しなければならないのだ。


「とくに質問はなさそうだな。では、初めてもらおう」


 部屋の灯りが徐々に暗くなり、スクリーン以外には光るものは無くなった。

 そして、画面に一瞬GAME STARTと表示され、数秒後にすっと消えた。


 画面の地図の表示は夜のようで、真っ暗で静かなまま、その中に灯りの点った各施設が星のように輝いている。


 綺麗だな、とハヤトは思った。しかし緊張を解いてはいけない、テロリストがこの平和な街を狙っているのだ。


「……」

「お兄ちゃん、サクラいつでもいけるよー」


 サクラがじっとしていられないのはこのゲームの中でも変わらないらしかった。BASEのところで腕をバタバタしている。


「まあ、待ってろ、きっとすぐに出番が来るから……え?」


 突然画面が真っ暗になる、完全なる暗闇に。そして、ピーッピーッピーッ……と警戒音が鳴り続けた。


「お兄ちゃん暗いよ、何も見えないよー怖いよー」

「サクラ、落ち着いて」


 サクラは暗闇が苦手だったことを思い出したハヤトは、サクラをあやした。そうして、サクラと一言二言言葉をかわしている間にパッと灯りがついた。


「ほら、明るくなったろ……何?」


 各施設に既にウイルスマースがぽつりぽつりとその数を増やしつつあった。メイドロイドも何体か既に赤くなっている。


「もうあんなに、ええっと……」


 ハヤトの目が、病院に止まった。どの施設にも人はいるかもしれないが、ここは人の命に関わるところだ。


「どうせ一度に全部は無理なら、まずはここからだ。サクラ、病院に行くぞ」

「了解ー」


 画面が消えた。そして、気がつくと、ハヤトの周囲が病院の近くの風景そのものになっていた。


「これは……空間投影か、いつのまに。」


 空間投影とは、周囲の空間に別の場所の映像を表示することである。


 単なる映像表示では無く、対象となる人間(この場合はハヤト)が視線を変えたり移動したりするとそれに合わせて周りの映像も変わる。

 さらに対象となる人間以外の人物(この場合はサクラ)を表示することも可能であった。


 これを利用して他の人間とするゲームもあったりするが、流石に自宅にはこのレベルの施設を持つことは難しい。


 さて、前方には病院が入り口のガラスが割られている。

 ハヤトはサクラに合図すると、中に突入した。


 入ってすぐのロビーにメイドロイドが数体、ハヤト達が入ってきたのを見ると、襲いかかってきた。


「まかせてよ、お兄ちゃん」


 サクラは、左右から同時に飛びかかってくるメイドロイドに対して左回し蹴りをお見舞いした。

 2体とも地面に叩きつけられ、衝撃で動かなくなる。


 続いてまた数体が近寄ってきたが、そいつらには左肘うちからの右ストレートのコンボを華麗に決める。


「サクラ……すごい……」


 サクラにこんな戦闘センスがあったのか。ハヤトは感嘆した。

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