天才再び

「……この映像が見られとるということは、ワシの身に、この天才科学者秋津マサカツの身に、何かが起きたと言うことじゃな……大変じゃないか!!!……」

「もうそれはいいよ、おじいちゃん」


 祖父がいなくなって不登校になるくらいには祖父のことが好きだったハヤトにしても、視聴者を喜ばせる要素の無い2度目ともなると、冷たいのだった。


「……間違えた。……」

「えっ?!」

「……この映像が見られとるということは、サクラが動かなくなった、ということじゃった。すまんすまん。……」


 ハヤトも、タマコも他に人がいたらとても見せられないポーズをとらざるを得なかった。

 そんな2人を知ってか知らずか、いや、録画なので知っているわけは無いが、祖父は珍しく真面目な顔をしてまっすぐこちらに向いて言った。


「……どこから話したらいいのかわからん……」


 そう言うと上を向いて固まった。

 ハヤトもタマコも固まった。


 既におわかりのように、ハヤトの祖父は生命工学の分野では名前の知られた紛れもない天才である。爆発後ニュースで大きく名前が出るレベルなのだ。


 が、天才であるがゆえに、凡人の理解するところが逆にわからないのかもしれない、これは、昔祖父と話していたときにハヤトがおぼろげに感じていたことではあるが。

 ともあれ、こういった状況では今少しこちらのレベルに降りてきてください、とハヤトは心から願った。


「お父さん、わかりやすく、ちゃんと言ってよ!」


 娘、タマコが我慢できずに叫ぶ。

 その娘の魂の言葉が届いたのか、祖父は再びこちらに向き直った。


「……もうあきらめた。とにかく話すから、聞くように……」


 娘も孫も神妙に頷いた。


「……サクラが動かなくなったのはエネルギー切れじゃ……」

「エネルギー切れ?」

「……人間の細胞はATPがADPになるときに……」


 娘も孫も突然のアルファベットにとまどった。


「……これじゃわからんかな?えーい、そうじゃな、人間はご飯を食べて動くじゃろ?サクラは実はご飯は食べるが、食べて出しとるだけで、それでは動けんのじゃ……」

「ご飯、あんなに、おいしそうに食べてたのに?!」

「お父さん、サクラは女の子なのよ。デリカシーのない言い方しないで!」

「姉さん、今はそう言ってる場合じゃないよ」

「はぁい、わかりましたぁ」


 タマコは不満げに口をとがらせた。


「……ワシがどんなに研究しても、食事ではエネルギー補給はできんかった。サクラのエネルギー貯蔵量はたいしたものだが、その動く期間が長ければ徐々にエネルギーは消費されてゆき、そして、エネルギーを特に使うような行動をとればさらに消費されることになる……」

「エネルギーを特に使うような行動!?」


 ハヤトの頭には今日のコンビニのことが浮かんだ。男との対決といい、カメラや情報の制御といい、その類いのものではなかったか。


「……そして最後にはエネルギー切れになったんじゃろうな……」

「じゃあ、どうすればいいのよ?このままサクラは二度と立ち上がれないの?」


 タマコは録画だと気づいていないのだろうか?それとも不平をそのまま口にしているだけなのだろうか?ハヤトはいぶかしんだ。


「……それでだ、実は、ワシの部屋にあったあの箱が鍵をにぎっとる……」

「箱ってあの箱?」

「……まさかタマコが捨てたりしておらんだろうな?まったくあいつときたら、うちにいたときもあの箱を見ながら、こんなでっかいゴミ捨てたら、とぬかしおった、くーっ……」


 ハヤトは自然と横のタマコを見た。


 タマコは必死に手を振って否定しているが、あきらかにハヤトに対する照れ隠しのようで、祖父が言ってることは事実なのだろう。


「……いかん時間がない、つまりだ、あの箱がサクラの回復装置だ。しばらくあの中に入れてやってくれ……」

「わかったよ、おじいちゃん」

「……ああそうじゃ、言い忘れとった。まったく年をとるとこれがいかん……」

「?」

「……もうわかっとるかもしれんが、サクラはメイドロイドじゃ」

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