籠から出た鳥

「サクラ……大丈夫かな?」


 しまった、学校のことでいっぱいになってそれまで忘れていた。不安を抱きつつ、家の扉をあける。

 スーッといつもどおりスムーズに開いた扉の向こうにあるものを見て、ハヤトは顔色を変えた。


「さ、サクラ?!」


 そこにはサクラが横たわっていた。


 「倒れているのか!」と思ったハヤトは駆け寄って抱きかかえる。

 しかし、よくよく見てみると、満足そうな顔をしてすやすやと寝ているようだ。ハヤトは胸をなで下ろした。


「サクラ、サクラ、起きて」

「……お兄ちゃん?」

「こんなとこで寝ちゃだめだろう」

「だって、お兄ちゃん、ここで待ってるんだぞって、言ったよ?」


 ハヤトは後悔した。


 そうだった、祖父が言っていたようにサクラはハヤトの言うことはきくのだ。それがどんな内容でも。

 それがわかってきたから最近は気をつけて彼女にものを言うようにしていたというのに。


「ごめんな、サクラ」


 ハヤトはサクラの髪をしばらくなで続けた。


 サクラの方はというと「お兄ちゃんくすぐったいー」と状況がよくわからない様子で、ただ、ハヤトになでられるのが嬉しいらしい様子だった。

 そうしている中でハヤトは心を決めた。


「サクラ、外にいこうか」

「お兄ちゃん?」


 「待ってろ」とサクラに言うと、急いで自分の部屋に鞄を放り投げてサクラのところに戻る。そしてその手をとると、不思議そうな顔をしたままの彼女を連れて、家の外に出てハヤトは言った。「出かけよう、サクラ!」



「お兄ちゃん」

「どうした?」

「いっぱい人がいるねー」


 全て初めて見るかのように興味津々な目のサクラ。


 ハヤトは、改めて、この子はうちに来てからだけで無く、今まで一度も外に出たことがなかったのだと確信した。


 そして、あれはこれこれこういうものだと、いちいち立ち止まってサクラに説明してやる。サクラは、というと、ハヤトが今日一番に優しく接してくれることもあってか、ずっとニコニコしている。


 そんな感じで、家から街のメインストリートに向かって歩いていたら、いつの間にか「ふれあいモール」の前に来ていた。


 サクラは当然入ってみたいという。ハヤトにも反対する要素は無かった。

 ……しかし、ここで想定外の自体に遭遇することになったのだ。


「あれ……開かない」


 突撃だーという勢いで、入口に向かったサクラだったが、モールの扉が反応しない。

 「入れない……」泣きそうな顔で後ろを振り向くサクラに、ハヤトが駆け寄るとまもなく扉が開いた。


 ぱあっと、顔色が明るくなると、サクラがそのまま入ってしまったので、急いで追いかけねばならず、扉について「故障か?」とハヤトが悩む余裕も無かった。


 モールの中に入ってサクラを探す。

 サクラは、窓口のメイドロイドに何か話しかけているようだった。


 しかし、やはりメイドロイドも反応しない。不審に思ったハヤトが近寄ると、「いらっしゃいませ。御用を承ります」とやはり反応する。


「……サクラが認識されてないのか?」


 話し始めたメイドロイドに「何でそんな眼鏡つけてるのー?」など、サクラがいろいろ何かしゃべってはいるが、メイドロイドはそれには関せず、ハヤトの方を向いている。


 周りの客が奇妙なものを見る目で、サクラを見ているのがわかる。ハヤトは耐えきれなくなって、モールから出ようと促し、サクラをメイドロイドから引き離した。



「何でなんだろうな、サクラ……」


 少し離れたところにある公園のベンチで、ハヤトはため息をついた。


 傍らを見ると、サクラは、口の周りを真っ白にしながら、アイスクリームをほうばるのに大忙しであった。

 それは、サクラをモールから無理矢理連れ出したことに罪悪感を感じたハヤトが、モールの横手にあるアイスクリーム屋で買ってあげたものだった。


「何やってるんだーハヤト?」


 どこかで聞いた声、顔をあげると、そこには、ミコトがいた。隣のサクラのほうをじーっと見ているかと思うと、ずいっとハヤトのほうに顔を寄せていった。


「今日はハヤトが冷たいなーと思ったら、公園で彼女と冷たいアイスな日だったってことか?」


 上手くもないことを言う。

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