学校へ行こう!
「まあ、そうかも。それとは別に、ちょっと外の様子が見たいっていうのが本当のところだけど」
「そっかー、まあ理由は何でもいいか、ハヤトがその気になったんだったら、お姉さん応援するする」
「問題は……サクラをどうするかなんだけど」
2人は顔を見合わせると、リビングの傍らで漫画の本を熱心に読んでいるサクラの方を見るのだった。
サクラは、その言動は怪しいが、一応中学生レベルの知識はあるらしく、本や漫画を読む上では特に問題はないようで、ハヤトの部屋で漫画本を見つけて以来、むさぼるように読んでいる。
「一緒に学校にってわけにいかないし。姉さんは姉さんで仕事あるでしょ。どうしようかなと」
「うーむ、サクラか、これは盲点だった」
「忘れないでよ、っていうか明らかに忘れてないでしょ、姉さん……」
「これは一本とられたな……って、ちょっとやりすぎかな。まあ、こういうことのやり方はひとつしかないよ、ハヤト」
「?」
「サクラに聞いてみるのよ」
そう言うと、タマコはサクラを傍目には優しくもやや強引に漫画から引き離し、リビングのテーブルの前に座らせた。
「さて、サクラ、明日からハヤトが学校にいくから、その間いないけど、大丈夫かしら?」
「学校?」
「そうだ、俺は学校にいく、その間、家にはいられないんだ。大人しく、家の中で、待っててくれないか?」
「……わかった、待ってる」
「よし、決まりね」
「大丈夫かなぁ……サクラ……」
こんなものは儀式に過ぎないとハヤトは思わないではいられなかった。
しかし、タマコの勧めもあり、彼女が担任に連絡をとってくれてレールが敷かれるにあたって、もうサクラを気にしての後戻りはできなくなっていた。
「じゃあ、いってくるよ、サクラ」
「いってらっしゃーい」
覚悟は決めているものの、無邪気に見送るサクラに心配になり、玄関のところで靴を履いた後、ハヤトはサクラに言いきかせた。
「……いいか、ここで待ってるんだぞ、外へ出ちゃいけないからな。誰か来ても出ちゃいけないぞ」
「わかった、お兄ちゃん」
サクラはあくまで笑顔で無邪気だった。
その姿に、ふう、とため息をつくと、ハヤトは後ろ髪をひかれつつも、学校へ向かった。
考えてみると自分にとってはひさびさの登校である。思い出したかのように訪れたその緊張感は、この時だけは、ハヤトにサクラのことを忘れさせるのに十分だった。
唾を飲み込んで覚悟を決め、校門をくぐる……動悸がした。
以前通っていたころは学校はハヤトにとってストレスになる場所ではなかった。それでもやはりこういった状況では、人はストレスを感じてしまうらしい。「アハハ、久しぶりだもんな」とハヤトは力なく笑うのだった。
しかし、そうもしていられない。
胸に手をあてて、その場で息を整えると、グラウンドの脇を通って下駄箱へ、よし大丈夫そうだ。靴から履き替えると足取りを早めて教室へ、そして、覚悟を決めて教室の扉をあけた。
「ハヤトー、待ってたぜ!」
そこにはミコトが格好をつけた、何というか斜めった感じのポーズ、あきらかに狙ったそれをとった状態でいた。
ハヤトの、それまでの緊張は音をたてて崩れ落ちた。
「あ、はは……おはようミコト」
「おはよう、ハヤト。久しぶりだな。ってかずっと待ってたぜ、お前が来ないとつるむ相手がいないんだもんな」
「ごめんごめん」
「まあ、座れよ」
「ああ……っておいおいここはお前の家じゃないだろ?」
思わずツッコミをいれて、ハヤトはミコトと一緒に笑うのだった。
どれもこれもハヤトのことを思ってのことだろう、ミコトの一挙手一挙動に、ハヤトはありがたさを感じた。
タマコの連絡で担任が配慮してくれたのか、他のクラスメートも不自然に彼に反応するものはいなかった。
おかげでハヤトは以前のように一日中普通にしていることができた。
「今日はどうする?どこかいきたいところはあるか?」
本日最後の授業が終わった後、いつもどおりに、ミコトが声をかけてきた。ハヤトは逡巡したが、サクラの姿が頭を過るとこう言わざるを得なかった。
「ごめん、今日は家に帰ることにする」
「そっか、残念だ。まあ初日だしな、明日からはよろしく頼む。それじゃあな」
ミコトは言葉通り残念さを全身で表現しつつも、ハヤトの意思を認めてくれた。
ハヤトは、ミコトに「明日」と手を振ると鞄を持ち、教室を出て行こうとしたが、その時横からハヤトを引き留める声がした。
「秋津、帰るの?」
「い、委員長?」
もちろん委員長、こと豊田ミキである。
「ごめんね、急に。でも帰るならいいわ。先生が余裕あるようだったら来て欲しいとは言っていたけど、私のほうから断っておくから」
「ありがとう委員長」
それだけ伝えると、くるりとハヤトに背を向けて教室を出て行った。
おおかた担任にさっきのことを伝えにいってくれたのだろう。
ハヤトは、気にせず、家に帰ることにした。
家に帰るまでの道は、学校に来るまでの道と同じではあるが、朝に比べると、足取りが軽いせいか、気がつくと家についていた。
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