姉さんの決意、俺の決意

「えっ?」


 ハヤトはタマコの口から出た物騒な響きの言葉に、思わず聞き返した。


「サクラと出会ったのは今日だけど、ずっと一緒にいた家族みたいな感じがしちゃってるのよね、私は」

「姉さん……」

「ひょっとしたら政府の人にはバレバレなのかもしれないけど、それでも最後まで姉さんはハヤトとサクラを守ってみる。守れないかもしれないけど、守る!責任は私がとる!」


 理論的には、いや道徳的にも、完全に破綻している物言いではあったが、そのまっすぐさに、ハヤトはすがすがしさを感じた。ハヤトは決めた。


「姉さん、俺も賛同するよ。俺も一緒にサクラを守る!」

「ハヤト、そこは年長者に華を持たせなさい!」

「いいやこれだけは譲れない、おじいちゃんにサクラを守れって言われたの俺だし」


 息めく2人を前にサクラは今日一番の嬉しそうな顔で微笑んでいた。




 ハヤトは、ヒミコにそこまで話すと、一旦話を切った。

 そして、前に出されている湯飲みに入っているお茶をずずっと啜る。


 ヒミコは、というと、サクラの様子が急変したところは熱心にメモをとっていたものの、その後のくだりを聞いて少し困惑気味なようだった。ヒミコはそのままでは聴聞を続けかねたのか、ハヤトにこう言った。


「……わかってなさそうな叔母さんはともかく、君は情報工学系だろう。悪いことだって自覚はもう少し無かったのか?」

「もちろん無くは無かったですよ。でも、そのときは、きっとすぐに警察とか政府のほうから何かしらアクションがあるって思ってたんです。そうしたら、その時に正直にありのままを伝えればいいと、そう考えてました。今みたいに」

「はあ……頭が痛い。もう少し教育の中で、不正アクセスについての意識を高める工夫をするべきだと上に進言しておく必要がありそうだな」

「意識とか、関係ないです」

「……何が言いたい?」

「俺も叔母……タマコ姉さんも、サクラが大事に思えたってことです」

「でも、サクラとはその日に初めて会ったんだろう。君と、君の叔母さんにとっては、秋津博士の指示が一番だったということか?」

「違います。上手く言えませんが、単に祖父から託されたというだけでは無く、2人でサクラと接するうちに、自然とそう思えた、というか……そんな感じです」

「ふうん、まあいい。では、続けようか。その後どうしていたのかを話してもらおう。ここまでだと、サクラについての真実はまだ明かされていないしな」

「……はい」




 サクラとはじめて会ったその日、ハヤトはタマコと夜遅くまで相談した。そして、サクラについて幾つかルールを決めた。


 決して外に連れ出さないこと、GENEに認証ログインしないこと、サクラに不思議な力を使わないようにさせること、等々。


 タマコは、警察とかが来たら自分に連絡するように言うと、布団に横になって寝息をたてているサクラの頭を優しくなでて、帰っていった。


 それから1日、1週間、1月と経過したが、秋津家に訪れる者は誰もなかった。


 ハヤトもタマコもこれには拍子抜けだった。

 しかし、緊張して過ごす毎日に疲れていた2人にはようやくそろそろその緊張を解いても問題ないと思える時が来たわけで、救われた気持ちであったのも事実だった。


 ハヤトに至っては、それまで自室に引きこもっていた生活から、リハビリもなく、いきなり毎日サクラの相手をするようになって、少々どころかかなり疲れ気味だったのだ。

 もっとも対症療法としてはよかったのかもしれない、ハヤトは、祖父が行方不明になる前の快活さを取り戻せたのだから。


「いくら何でも、1ヶ月放置はないわよね……」

「俺もそう思うよ、姉さん。サクラの認証ログインのこと、気づかれてないのかもしれない」

「そうよね、そうよね、やったー、シャバの空気を思いっきり吸える日がとうとう来たぜー」

「来たぜー」


 サクラもタマコにあわせてはやし立てる。自分が原因だっていうのに、きっと意味はわかってないんだろうな。


「姉さん、はしゃぎすぎ、まだ決まったわけじゃ無いし。それに俺たちまだ捕まってないし」

「ハヤト、こういうときくらいは、年長者をたてて、一緒に喜ぶ、水差さない!サクラを見なさい!見習いなさい!!」

「はいはい……」


 客観的にというか、どう聞いても罪を犯した悪人の会話であるが、それが滑稽に思えるのは、ハヤトの心に余裕ができたからかもしれなかった。

 ハヤトは、それを感じたこともあり、心の中で一息つくと、ここしばらく考えていたことをタマコに言った。


「姉さん、俺、学校行こうと思うんだ」


 その言葉はしかしタマコにとっては意外だった。


「ハヤト、ちょっと今姉さん聞き間違えたかもしれない。もう一度言ってもらえる?」

「……俺、学校、行こうと、思うんだ」

「学校に……いきなりね。サクラと一緒にいるうちに心境の変化があったってことかな。ああ、お姉さん的には嬉しいんだからね」


 あくまでフォローを忘れないでいてくれるタマコをハヤトは嬉しく思った。

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