現実は小説よりも奇なり

「じゃあ、早速。サクラ、こっちだ」

「???」


 サクラは、口いっぱいにクッキーをほうばりながらも、クッキーの最後の1枚に手を伸ばしていた。


 ハヤトはため息をつくと、その首根っこをつかんで、そのまま運んでいった。


「ここに座って」


 リビングから2室隔てた先にある部屋の中、奥のスクリーンの手前にあるシートにハヤトはサクラを座らせた。


 GENEの認証ログインは、ネットワークにつながるコンピュータ端末に接続されたセンサーで行われるが、ハヤトの家ではこのシートの場所が、センサーによりGENEの認証ログインを行うことができる位置となっていた。


「では認証ログインスタート。サクラ大人しく座ってるんだぞ」

「自分で言っておきながらなんだけど、ドキドキするなあ」

「姉さん……」


 GENEの認証ログインが始まった。サクラの全身がセンサーによりスキャンされ、スクリーンに認証ログイン中である旨のメッセージが流れる。


 通常ほぼ一瞬で終わるのだが、何やら時間がかかっているようだ。なかなか認証ログイン完了のメッセージが出ない。


 ハヤトもタマコも固唾を飲んで見守った……が、その甲斐は無く、しばらくたってから時間切れになり、認証ログインができなかった結果として「UNKNOWN」のエラーが表示された。


 「認証ログインに失敗しました」と音声も流れる。


「え……」

「残念だけど、わからず、ね。まあ、サクラはイクイップドじゃないかもしれないし想定通りといえば想定通りなんだけどね」

「やっぱり、連れて行くの?」

「行き先が警察か役所かは難しいところだけど、この子の認証IDアイディが無いのはなんとかしてあげないとだし」


 そうなのだ、認証IDアイディが無いと言うことは日本国民と見なされないということである。病院や公共施設等あらゆるサービスが受けられないし、学校にだって行けない。


 そういう意味では、タマコの意見はとても正しく、サクラのことをとても思いやったものではある。


 しかし、ハヤトは、映像で見た祖父の台詞を思い出すのだ、『サクラのことを守ってやってくれ』と祖父は言っていた。

 重ねて、祖父も身の危険を感じていたという、警察や役所は確かに公的な機関ではあるけれど、みんながみんな味方だと考えてよいのだろうか?


「お兄ちゃん?お姉ちゃん?どうしたの?」


 2人とも難しい顔をして押し黙ってしまったせいか、サクラがシートに座ったまま、心配そうに2人の方を見ていた。


「サクラ……ほら、目の前にUNKNOWNてエラーになってるだろ。あそこは本当は、サクラの名前が出るはずなんだよ。それで、悩んでるんだ」


 どうにも上手く説明ができず、自分でも意味不明な、しどろもどろの事実についての説明だけになってしまった。


「あそこにサクラのお名前が出ればいいの?」

「そりゃあ、『秋津サクラ』って出れば問題ないけど」

「わかった」

「えっ?」


 サクラは目を閉じると、手を前につきだした。

 気のせいかサクラの手が薄ぼんやりと光っているように見える。


 それとともにスクリーンからUNKNOWNの文字が消え、全体的に点滅しはじめた。ハヤトはその不思議な光景を、目を何度かこすりつつ、ただ見ていることしかできなかった。


「通信解析……パスコード解析……接続完了……」


 サクラの口から淀みなく、次々と言葉が発せられる。今日初めて接しただけではあるが、「サクラじゃないみたいだ」とハヤトは思った。


「……プロテクト解除……情報追加完了……ロギングクリアー……認証リスタート……」


 サクラが無言になった。

 同時に、スクリーンは点滅しなくなり、代わりに認証ログイン中のメッセージが表示された。


 それから、すっと、一瞬スクリーンが消えると、WELCOMEの文字とともに、認証IDアイディの名前として、秋津サクラの文字が表示されている。続けて「ようこそ、GENEへ、本日は何をなさいますか?……」と標準の音声が流れた。


 そして、サクラは目をあけるとこう言うのだった。


「これでいい?お兄ちゃん?」

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