これは事案じゃないんです

「あとは自分で考えろ、ってことかな、おじいちゃん。……ん?」


 気がつくと、件の女の子はハヤトに抱きついたまま、こくりこくりと船を漕いでいる。どうやら眠っているようだ。


 祖父と自分の会話に飽きてしまったのかと、その姿に半分あきれながらも「可愛い……顔だな……」とハヤトは思った。


 何というのだろう、小動物みたいな感じか。


「こらこら、そろそろ起きろ。ええっと……サクラ!」

「んー、眠い」


 一丁前に抵抗する。


「俺の言うことは聞くんじゃ無いのかよ、おじいちゃん。ちょっとはー、なー、れーなさい……うわっと」


 無理に引き離そうとして体勢を崩したハヤトはそのまま前のめりに倒れた。


 バタバタと周りの書類の山が崩れる音がする。どうやら幾山か道連れにしてしまったらしい。


「痛い……あれ」


 下にやわらかいものを感じる……パッと腕を伸ばすと、自分の下でさっきの女の子、サクラが目をぐるぐるさせていた。


「ごめんよサクラ、大丈夫か?」


 そのときだった。部屋に光がさした。

 いや、また祖父の映像が始まったわけでは無い。ハヤトたちのいる祖父の研究室の入口が何者かによって開けられたのだ。


 首を向けると、そこにいたのは……ハヤトの想像通り、タマコだった。


「ハヤト、何か大きな物音が聞こえたけど、大丈夫……!?」


 彼女はハヤトと目があうと、自然とハヤトの下に目をやった。


 そしてサクラと目があった。


 タマコは、一旦そこから上を向き、今まで見たことのない複雑な顔をして少し考え込むと、扉を一度閉めた。幾度目かの再び、部屋が薄暗さをとりもどす。


 ハヤトは自分とサクラの体勢を客観的に、俯瞰して考え、およびサクラの箱から出てきたまま、もとい生まれたばかりのままの姿であることもそこに付け加えて、ようやくタマコが考えたことを理解した。


 これはマズい。


 急いで誤解を解くべく、サクラに「待っててくれ」と言うと、扉を開けて彼女の後を追いかけようとする。

 しかし、追いかけるまでもなかった。タマコは扉のすぐ外で固まっていたのだ。


「ち、ちがうんだよ、タマコ姉さん!!!」

「……」


 タマコは無言で無表情でハヤトに答えた。


 彼女にとってハヤトは甥と言うよりも弟に近い存在である。クリスマスの悲劇以前から、彼女なりの愛情を注ぎ接してきた。


 それが、今までそんな風の無かった、つまりひいき目に見なくとも男としては品行方正だと認識していた弟的存在が、裸の女の子、それも中学生くらいに見える女の子に何かしていたのだ。


 信じられない状況は彼女の思考を停止させるに十分だった。


「私……何も……見なかった……見てない……私……」


 何も無い空中を向いたまま焦点の会わない目で、震えながら、無限に繰り返すように言葉は紡がれた。


 ハヤトはなんとか彼女の意識を取り戻す方法を彼の全力を投入して考え、そして言った。


「姉さん、信じてよ、姉さん!全部おじいちゃんの仕業だってば!!」


 ハヤトの言葉の選択は適切だったらしい。


 おじいちゃん、というキーワードを聞いた途端、タマコの目に生気が戻る。


 ハヤトは、今、このタイミングしか誤解を解く時は無いと、タマコに心配させてしまったことを謝ると、そのままさっきまでのことを全てありのまま説明した。


「……てわけで、俺もわけがわかんないんだ」

「状況はわかったわ。でも、とりあえず……あの子に何か服着せてあげようか」


 自分を取り戻したタマコは、いつもどおり客観的に状況を把握できるようになったらしい。この人は一見おちゃらけているけれど、ハヤトなんかよりもとても目が効き届くのだ。


 彼女の言うとおり、そういえばサクラは裸のままだ。

 家の空調は適度な温度を保ってはいるが、だからといってこのままでは風邪をひいてしまう。


「サクラ、この人は俺のおば……姉さんだ。大丈夫だからついて行きな」


 危ない危ない。最近ついぞタマコの紹介をすることはなかったから気を抜いていた。

 タマコのほうはと見ると、サクラの方に注意が向いているせいか、気づいたそぶりもない。よし、完全犯罪確定。


 そんな苦労を独りでしているハヤトを横目に、サクラはおとなしく頷いた。


 タマコは「そうそう私がお姉ちゃんよー」となぜかるんるんしながら、サクラの手をとり、クローゼットがある部屋に連れて行った。


 ハヤトはリビングで待ってるとタマコに告げた。


 タマコにいつも言われているのだ「女の子は準備に時間がかかるのよ」と。

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