マイ・グランドファーザー

「ちょ、ちょっと待った!待て、待つんだ」


 同様したハヤトは両腕を前に出してそれを押しとどめる。意外にも相手はおとなしくそれに従ったが、口をとがらせて不満を表してはいる。


「いったい何なんだ、君は?……ん?」


 ピカッと壁が光った。いや光ったというのは正確ではない、さっきの箱から壁に映像が映し出された、のだ。


「おじいちゃん?」


 そこに映っていたのは祖父であった。


 カメラをセットした直後なのか映像の中でも奥のほうにいったり逆にせまってきたりで何やらもぞもぞしている。

 少したってから一連の必要なカメラの設定が終わったのか、設定に納得がいったのか映像の真ん中あたりで落ち着いた様子になり、ハヤトに向かって語り始めた。


「……これで、よし。さて、と。この映像が見られとるということは、ワシの身に、この天才科学者秋津マサカツの身に、何かが起きたと言うことじゃな……大変じゃないか!!!」


 ハヤトはその場にズッコケタ。とくに滑る要素の無いこの部屋の床で足を踏み外して尻餅をつくその様は、ズッコケタという古典的表現でなければ表現されない滑稽な動きだった。


 無理も無い、とても平常運転な祖父だったのだから。


「まあ大体はわかっとる、最近身の危険を感じることが多いからの」


 自分で言ったながらも前置きに少し恥ずかしくなったのか、コホンと一息いれると、祖父は続けた。


「その女の子、サク……ラか。その子はワシが少し昔に知人から頼まれた子でな、そんな事情じゃから大事にしてやってほしい、サクラのことを守ってやってくれ、以上じゃ」


 それだけさらっと言うと、祖父の手がスクリーンの左手に伸びて映像が切れた。ハヤトの周囲は、再び、例の箱から漏れている光がか細く照らす暗い空間となる。


「え?これだけ?ちょっと……おじいちゃん!!」


 すかさずハヤトがツッコミを入れる。


 祖父が自宅に帰ってきているときはいつもハヤトの役目ではあったが、まだそのキレはいささかも鈍ってはいない。


 しかし、今日は当然何も反応が帰ってくることは無かった。


「って言ってもしかたないか……どうしよう……」


 ふと、さっきの女の子の姿を探す。


 女の子は何やら書類の山をかき分け何かを見つけては叩いたり「びゅーん」と言いながら振り回したりしている。


 「ちょっと、君、だめだよ」ハヤトがおそるおそるやめるように言うと、しゅんとして、ハヤトのいる方へもどってきた。


 そのままハヤトの顔を見上げる。ハヤトはちょっとドキドキした。

 そのとき……。


「おお、そうじゃ。すまんすまん」


 先ほどと同様ににパッと壁に祖父の姿が映し出された。


 驚いたのか、女の子はハヤトに抱きついてくる。壁に祖父、抱きつかれている自分、完全に想定外の事態に今度は少しも動けないでいた。


「……」

「忘れておったわい。流石のワシも年には勝てんのかのぅ……無念じゃ」


 そういって天を仰ぐ祖父。こっちが天を仰いでます、とハヤトは言いたくなる。


「その子は、お前のことを兄だと認識しているはずじゃ。よかったのうハヤト。ワシはお前に兄弟姉妹がいないのが心残りでな……。タマコのやつは『私がいるー』とか言うじゃろが、そういう問題ではないんじゃ。あいつは叔母じゃろうが全く。自覚を持て!特に自分の年に!!」


 タマコがいたら彼女の怒りのパンチで壁に穴があきそうなことを言う。


 ……しかし、祖父は本当に賢い、賢いのだけれど、どうしてこういうときに有用な情報を全くくれないのだろう。祖父の頭が良すぎるからといって重要なところを省略しないで欲しい。ハヤトは少し悲しくなってきた。


「ああ、すまんすまん。また脱線してしもうたわい。こっちも時間がないのでここからは手短に説明するが、その子は普通の子じゃない。それには気をつけてやってくれ」

「普通の子じゃない?」

「食事はするが……トイレは絶対にのぞくなよ!」

「当たり前でしょうが!!!」

「かなりセーブさせているが、ちょっと普通の女の子よりも力が強い、そのあたりはお前が力の調節を教えてやってほしい」

「……どういうこと?」


 理由をとても聞いてみたく疑問を口にしたが、この映像は録画らしく、ハヤトのツッコミ、質問に一切答えてくれないのがとてももどかしい。


「そうだ、最後だが、兄として認識されたお前の言うことはよく聞くようになってる。だからといってエッチなことはしてはいかんからな。信じてるぞ、ハヤト。では、検討を祈る!」


 プチッ。


 ハヤトが全力でツッコミを入れようとしたまさにその瞬間に、また薄暗闇に戻った。


 どうやらあれで言いたかった、祖父が重要事項だと考えていることは全部言ったらしい。最後の一言……必要だったのだろうか?いやそれはツッこんだら負けである。

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