第4話 サクラ
パンドラの箱は開く
1年前のその頃は、ハヤトの祖父が「研究のクライマックスだ!」と言って帰ってこない日が続いていた。
「まったく、孫をほおっておいて、というか私に任せっきりで、どうにも思わないのかしらね、父さんは。もういい年なんだからおうちでゆっくりしてればいいのに……あ、私はハヤトとこうしてるのは嬉しいかといわれると嬉しいほうだからね」
その日、タマコがリビングで変なフォローを入れつつお茶を入れていたのを覚えている。
何でも職場で珍しい紅茶をお土産にもらったとのことで、口をとがらせつつも、彼女は上機嫌だった。
「ハハハ、タマコ姉さん。そんなこといってるとまたおじいちゃんに攻撃されるよ。『お前こそ、早くいい人連れてこい』とか、どうとか」
「ハヤト、いくらあんたでも言っていいことと悪いことがあるのはわかるわよね……」
「は、はい……今この一瞬でとても反省しました」
「よろしい」
ハヤトに怖い顔で迫ったのは彼女の本意ではなかったらしく、そこまでで、彼女はテレビをつけた。
後味として気まずかったのだろう、場を持たすのが難しいときにすることは大体どの人でもどの家庭でも一緒のようだ。
しかし、スクリーンに映し出された黒い煙と、そのところどころから見える炎のアップ、『バイオフィジックス研究所で爆破事故?』というテロップの表示は、逆に2人の顔色を変えさせることとなった。
「バイオフィジックス研究所?」
「姉さん……これ、おじいちゃんが研究してるところじゃ?」
「ちょっと、私通信してみる!」
タマコは自分の端末を取り出し、祖父に通信をつなごうとした。しかし、どんなに待っても祖父に通信がつながることはなかった。
「……でないわ、父さん」
異常を感じたタマコはハヤトを連れて、爆破事故が起きたという研究所にそのまますぐに行ってくれた。
現場に近づくにつれ、野次馬のせいか進むのがゆっくりになり、2人が到着する頃には既に火災は収まっていた。
その場にいた、救助隊の人に研究所で働いているものの家族であることを伝えると、近くの病院を案内されたため、向かったが、そこには祖父の姿は無かった。
翌日、翌々日と懸命の捜索が続けられたが祖父は見つからず、ついに捜索は打ち切られた。こうして祖父は、火災の日を境に消息不明となったのだ。
タマコはあの、クリスマスの悲劇のときと同じように、ハヤトを励ましてくれた。
「きっとどこかで生きてるわよ。こんなに探してもらってるのに、どこにも見つからないんだから」
しかし、完全にひとりぼっちになってしまったハヤトのそのぽっかりと空いた空間を埋めることまでは難しく、彼は学校に行かなくなってしまう。
そんなハヤトに対してはタマコですらも、毎日訪れ様子を見るくらいしかできなかった。
そんな日が1週間ほど続いたある日。
ハヤトはその日も何もする気が起こらず、朝からボーっとしていたが、自分でもこのままではいけないとなんとなく考え、ふと思いついて、祖父の部屋、研究室と書かれたその部屋に入ってみることにした。
扉が開くと、奥に机が見えた。見えたというのは机以外は山積みにされた書類だの本だのが天高く積まれていたからである。
「ハハハ……おじいちゃん。ちょっとしたジャングルだな」
力なく笑うと、山を崩さないように、奥に進んだ。
そして、そこに見慣れない掃除のロッカー程の大きさの金属製の箱が置かれているのに気がついた。
上方に取り付けられたプレートに何か書かれているようだ。ハヤトは少しその上に溜まっていた埃をはらった。
「S、A、K、U、R、A……サ、ク、ラ?」
その時だった。箱からまばゆい光が一筋、二筋とさし、ハヤトはその眩しさに目を覆わざるを得なくなった。
しかし、プシューという音がしたので、気になり細目をあけると、箱の蓋が真ん中から左右に開いているのが見て取れた。そして彼はその目を大きく見開くことになった。
「女の子?」
箱の中には、箱に書いてあったとおり、肩よりも少し長いくらいのピンク色の髪をした女の子が裸のまま、目を閉じ、腕を胸の前で交差させて眠っているかのような様子だった。
年の頃は、町中ですれ違ったことのある中学生くらいか。
ハヤトが驚きのあまり動けないでいると、そのまぶたがピクピクと動き、見開かれる。
それから焦点があわないのかきょろきょろと数回繰り返し、やがてハヤトの方を見た。当然ハヤトと目が会う。そして……。
「お兄ちゃん!」
そういって彼女は抱きついてきたのだ。
箱の中から飛び出して、ハヤトの胸に飛び込むかのように。
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