選択の余地は無い
「端末とかは……さすがに無いか?」
状況について敢然としない思いはなかなか消えないものの、時間が経ったことで少し心に余裕ができてきたハヤトは身の周りを確認した。
「というかこれ、俺の服じゃない……囚人用の服なのか?!」
着ている服が自分の服でないことに気づく。
囚人用の服というと、漫画とかではシマシマな例のアレであるが、ハヤトの着ている服は白っぽい色でズボンと上着のセパレート、上着は7部袖で、ボタンなどなく、かぶって身につけるタイプのそれだった。
「うわー、本格的だな。いや俺完全に容疑者Aか」
白衣、制服など、着ている服は人の己の立場の認識に影響するというが、自分の現実にまだついてゆけていないハヤトも、事実としてそれを認識するしかなくなっていた。本当に笑うしか無い。
改めて確認したが、端末や腕時計、財布など、全て没収されているようで、自分がここに来るまでに身につけていた物は下着くらいのようであった。本当に笑うしか無い。
「アハハハ……はあ……」
ため息をつくと、ベッドに体を埋めた。
何もすることがない、というかそもそもできない。
もう一度頑張って眠るかな……しかし、そんなハヤトの頭に再度サクラの姿がよぎり、寝付くこともなかなかできなかった。
ギィ……。
そんなときだった。扉が開き、聞いたことのある声が狭い部屋に響いた。
「どれだけ寝ている?いい身分だな」
紛れもない、ハヤトの手に手錠をかけた人物が扉の窓から顔を覗かせている。
「ヒ、ヒミコさん……。」
「君に確認しなければならないことがある。ついてきてもらう。」
扉が開いた。ハヤトがそこから出ると、ヒミコの他に2人の男性警官がいて、ハヤトは左右から腕を捕まれる。当然であるがここで逆らうという選択肢は無い、というかそもそもハヤトにそんな力は無い。
ハヤトは大人しくヒミコに従い後に続いた。
「寝ていたんじゃありません。考えごとをしてたんです。こんな状況じゃ、考えることが多すぎて……」
ハヤトは思い出したかのように必死に抗弁した。
ここはヒミコにあの独房から出されて、廊下の角を何度か曲がり、階段を2階分降りて少し進んだところにある部屋で、彼は机を挟んでヒミコと向き合っていた。
入り口に第2取調室と書いてあった。つまりはそういう部屋である。
「別にいいんだ。それは君に確認したいことではないし」
「……そうだ、妹は、サクラは無事ですか?」
心配を隠さず、ハヤトはヒミコに言った。しかし、そんなハヤトにヒミコはあくまで冷淡だった。
「まだわかっていないようだな、秋津ハヤト。君は私に質問することは許されない。そしてこちらからの質問には答えなければならない。今はそう言う立場だ、自覚するんだな」
ヒミコは、ハヤトの目をまっすぐ見ると、強く、諭すように言った。
ハヤトは、初対面の時のヒミコとは明らかに異なるその態度に、落胆し、うつむく。この人はどうやら味方というわけではないらしいと。
考えてみると、初めて会ったときから胸襟を開いて会話する機会はなかった。自分はまだこの人がどういう人なのか、記者ではなかったという事実以外は全くといっていいほど知らないのだ。
「……と、いってもまだ未成年だし、納得することはできないだろう。秋津サクラの状況について秘匿することが、君の方から素直に、包み隠さず真実を話してくれる邪魔になってしまってもこちらとしては不本意だ。だから、これだけは言っておこうか、秋津サクラには、当然、我々の調査のために必要な確認はさせてもらってはいるが、傷つけたりはしていない」
「ヒミコさん……」
「勘違いするなよ、これは取引だ。君が有用な情報を提供してくれるのであれば、秋津サクラに対して我々が必要以上のことはすることはないということだ。また、内容によっては君自身の罪についても情状酌量の余地の判断がされることになる」
「わかりました」
「思ったより物わかりがいいな。では、始めさせてもらおうか。そうだな、ここからの会話は全て録音される。君には私の質問について黙秘する権利はある。だが、真実の確認のために、君には全て話して欲しいと願っている……これは私の個人的な思いではあることも付け加えておく」
「はい……」
「まず1つめ、秋津サクラのことについて、君が知っていることを全て話せ」
「それについて話そうとすると、サクラと初めて出会ったときからこれまでのことになるので、少し長くなってしまいますが良いでしょうか?」
「かまわない、時間は十分にある」
ハヤトは目を閉じて思い出す、1年前のことを。
そして再び目を開き、ヒミコの方を向くと語り出した。
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