独り俺は考える その2
「な、何が……うっ……」
後ろを見ると、自分を拘束していた警官2名が地面にうずくまっている。
ハッとして、前をみると、そこには屹立している影、サクラの姿があった。
彼女がこの一瞬で、2名の警官を突き飛ばしたのだ。恐ろしい早さで。
「サクラ……」
「お兄ちゃんをいじめないで!!!」
サクラが吠えた。
その勢いに、この状況で周りをとり囲もうとしていた警官達は一歩後ずさった。
サクラは、ハヤトの前に仁王立ちしている。
しかし、吠えたものの、ハヤトと自分の周りを囲む警官の人数があまりに多いので、彼女なりに考えたのか、両腕を前に出して威嚇しながら左右に振ることを続けている。
「ターゲットにより2名負傷!!」
ハヤトが再度振り向くと、2名の警官はよろよろと立ち上がると他の警官に支えられて離れていった。あの分であれば、悪くて脳しんとうですむかもしれない。
「油断したらダメだって言っておいたのに。まったく、仕方ないな」
警官を左右にかき分けて、「少し離れて、私が話をする」と言うとヒミコが前に出た。その指示に従い、ハヤトとサクラを取り巻く包囲の輪がやや広くなる。
「秋津ハヤト君、サクラ……彼女に抵抗することをやめさせなさい。もしこのまま状況が進んだらどうなるかはわかるだろう、君は彼女のことを『わかっている』と言ったのだから」
「お兄ちゃん……?」
サクラが不安気な顔をしてハヤトを見る。ハヤトはそれに答えることができず、うつむいた。
「卑怯ですよ、ヒミコさん」
「この場所にいるこの人数全てを投入しても、彼女が真の力を発揮したら、我々が対応できない可能性があることも私は知っている」
「な、何を言って……」
「しかし、君が……この子が害意の無い人間に対して暴力を振るうことをきっと認めないであろうことも、私は知っている」
「……そんなことどうしてわかるんですか。今日会ったばかりのあなたに」
「ここまでに君たちと来る間に話したこと、それだけで十分。それに、さっきも君は、彼女に突き飛ばされた2人の安否を気にしていただろう?」
ヒミコは見ていたのだ。さっきの自分の挙動を。そして完全にその意図も見抜かれている。ハヤトは自分の肩の力が抜けてゆくのを感じた。
「卑怯。確かに、この状況で君に選択を委ねるのはそうかもしれない。けれど、私が卑怯であることで、全てが上手くゆくのであれば、私は甘んじてその評価を受ける」
凜として発せられる言葉はためらいもなく、かといって人を傷つけるものでもなかった。何よりもなぜかハヤトには、そう言うヒミコになぜか優しさとすがすがしさを感じてしまったのだ。
「……では、もういいかな」
「はい……。サクラ、もうやめよう。この人達は悪い人じゃない」
「お兄ちゃん……わかったよ」
その一言に、サクラがうなだれる。
そして、彼女なりに観念し、抵抗のシンボルであるその両腕を下げた。
彼女を遠巻きにする包囲の輪が様子を見つつも少し距離をつめていこうとしている。それを制止するとヒミコは意外な一言を発した。
「彼女は私が連れて行く」
「し、しかし……2名やられています、危険では?」
「いや、それはない。いいかな、サクラちゃん?あなたがこのまま私についてきてくれるなら、お兄さんの無事は私が保証する」
「……」
「サクラ、お兄ちゃんは大丈夫だから、ヒミコさんについていきなさい。きっと悪くはされない。しばらく俺と会えないかもだけど、我慢するんだぞ」
サクラは、力なくうなづくと、素直にヒミコの後ろに続いた。
時々ハヤトの方を振り向いては立ち止まる、を繰り返しながら。
ハヤトはというと、サクラのその心情を解して、手錠をつながれ自由のきかないながらも精一杯手を振った。周りの警官もヒミコとハヤトの会話に感じるものがあったのか、それを許してくれた。
ヒミコと彼女の姿が消えても放心している彼は手を降り続けた。
見かねたのか、警官の1人が「じゃあ、いこうか、お兄ちゃん」と彼の肩をぽんとたたく。
大人しく従うハヤトについて、今度はとくに無理強いされることもなく、囚人護送用だろうか、運転席側を除くと後部にのみ扉のついた車までゆっくりと誘導された。
車にのせられ、それから長時間車に揺られた。
そして車が停止したかと思うと、目隠しをされてしばらく歩かされ、「ここだ」という声とともに目隠しが解かれると、この部屋だったというわけだ。
警官に何か言われたような気もするけれど、覚えているのはそこまでで、あとはいろいろありすぎた一日の疲れがどっときて、意識を失って今に至る。
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