独り俺は考える その1
ハヤトは白い天井を見上げた。
天井には、30センチ四方くらいで格子上のグレーの線が上下に引かれていて、それが端から端までつながっている。
続けて横の壁に目をやると、壁にも同じ模様があり、床までつながっている。
床は、……これはリノリウムといったっけ?あまり床の素材についてはハヤトは知らない、そもそもこんな機会でもなければ考えもしなかっただろう。
部屋の広さは3、4畳くらいで、彼の自宅の部屋よりもかなり狭い。
そこには彼が今腰掛けているベッド、さっきまでその上で寝ていたそれと、その脇にあるシンク、そしてそのとなりにあるむきだしのトイレしか存在しない。
おっと忘れていた、天井にむきだしの電球といっていいような灯りが一つ。それだけしかない、窓の無い部屋。
いや、厳密に言うと、一般的な窓はないが、4方向の壁のうち、1方向には窓付きの扉がついている。
そう、もうお気づきになっているだろうが、ここはいわゆる罪人などが収容される、一言で言えば、独房という表現が適切な部屋なのである。
「何でこんなことになったんだ……」
考える……もちろんそれらしき理由は思いつかなくもない、いや、思いつかなくもない、というよりは自分がここにこうしている理由はむしろわかってはいる。わかりすぎているくらいだ。
だが、そういうことではなく、彼の脳裏で今渦巻いているのは、ここに至ることとなった現実へのやるせない思いだった。
「サクラ……無事かな……」
こんなときくらい、「学校のみんな、無断欠席の俺のこと、どう思ってるかな?」等、もう少し自分の身のことを案じるべきかもしれないが、ハヤトにとってはサクラのほうが大事なのだ。
昨日の、あのときも……そうだった。
「どうしてです?」
ハヤトは、こんなことを言っても無駄かもしれないという思いは薄々いだきつつも、この状況に至っては言わざるを得ず、ヒミコに手錠をかけられてすぐに、この台詞を吐いた。
ヒミコは少し逡巡した様子であったが、彼女の懐から端末を取り出し、何やら少し操作を行うと、ハヤトに向かってその手に端末を掲げた。
端末のスピーカーから音声が流れる。はじめは小さかった音声がハヤトにも聞こえる程大きくなった。
「君は妹さん、サクラちゃんの、本当のことを知ってるんだな?」
「……はい」
紛れもない、ヒミコと自分の声。車中の会話の録音だった。
そこまで再生して、ヒミコは端末を再度懐に入れた。そして改めてハヤトの真っ正面に向き直り、続けた。
「サクラちゃんについて、『本当のことを知っている』、これだけであなたの罪状は十分なのだよ。秋津ハヤト、君は、故意に、法律に違反していることになるのだから……。彼を連れていってくれ」
彼女のその一言で、彼女の左右にいた警官2名が同時に動いた。
瞬く間もないくらいにその動作は素早い。
1名がハヤトの背後に回り後ろから手錠をかけられた手を上につかむと、もう1名がハヤトの身を上から下までまさぐった。
ハヤトは文字通りその相当訓練され、洗練されたであろう動作に、抵抗するしないを意図しないうちに制圧されてしまった。
「凶器は所持していないな。よし、ついてこい、……言っておくが抵抗しても無駄だからな」
警官のうちの1人がハヤトに向かって言った。職務への忠実さを感じさせ、この状況にふさわしい台詞ではあるが、あまりの状況の急変についてゆけず呆然としているハヤトの心には、彼の言葉は届いていなさそうである。
「ああ、一応罪状としては重い部類だけど、未成年だから、あまり手荒に扱わないように注意すること」
ヒミコはそう言うと、くるりと振り返り、先ほどまでハヤトと一緒に乗っていた車のほうに向かおうとしていた。丁度そのときだった。
「お兄ちゃん!!!」
叫び声、その声とともに、ハヤトは、周りの自分を拘束する手が離れ、自分の身が軽くなったのを感じた。
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