その時は突然やってきた

「とばすから、しっかりシートにつかまって」

「は、はい……」


 既に住宅地を抜け、郊外といった感じの道になっている。

 やや傾斜する坂をハヤト達はのぼってゆく。周囲の家の明かりはまばらで、ハヤトは闇が多いその空間に少し心細いものを感じた。


 一方、ヒミコは、ハヤトのことなど意に介す様子はなく、ハンドルを右へ、左へと操り、巧みにカーブを制している。

 後続の車との距離がなかなか離れないのは残念ではある。


 ハヤトは、ヒミコの通信により助けが来ることに淡い期待を抱いていたのだったが、全くその気配は無い。


石凝いしこりを連れてくれば良かったか……私は正直運転は得意じゃないしな」

 ふと、ヒミコが独り言を言った。ハヤトが「石凝?」と反応すると、「何でも無い、こっちの話だ」と返す。ハヤトは、おそらく人名らしいその名称を脳裏に刻んだ。


「そろそろか……」


 気がつくと、車は、坂を登り終え、道なりにすすんで、その端が見えない広い場所に出ていた。

 少し奥に進んだ後、ヒミコは、ブレーキを踏んだ。


「どうして止まるんです?!」


 ヒミコはそれに答えず、運転席のドアをあけると、外に出た。


 やむを得ず、ハヤトもそれに続き外に出る。「むにゃむにゃお兄ちゃん……」と、まだ寝ぼけて目をこすっているサクラを連れて。


 空はこの緊迫した状況に似合わないことに満点の星空だった。


 その星空を仰いでいると、いくつかの光点がやがて大きくなり、彼女達の目の前で止まった。全ての車のドアが一斉に空き、例の黒服達がぞろぞろと出てくる。


「こんなところまできやがって、まったく、ようやく観念しやがったか、この女狐が!」

「女狐とは、ひどい言いようだな」

「女かぼちゃでも何でもいい!」


 野菜になった。黒服の語彙の少なさにハヤトは脱力気味だった。彼の今までの人生で、もう少しなんとかいう表現力を身につけられなかったものか。


「とにかくその娘を渡せ!いや違うな、もうこの状況であればこういうのが正しいだろう、あきらめろ!ここまでされたツケは払ってもらう」


 おおーパチパチと、周りの黒服が手を叩く。ハヤトとサクラもつられて手をたたいた。絶体絶命の状態ではあるのだが、先ほどの黒服の間抜けな日本語表現に、緊張感が失われたのは否めない。


「こらこら、2人ともやめるんだ。それにね、観念するのは私たちではない……ソレッ!」


 ヒミコがその手にもっていた何かをほうっと上に放り投げた。その何かは上空で光を発し輝いた。


「照明弾?!あっ……」


 ハヤトがそういうか言わないかのうちに、周囲もパッと光に満たされた。

 あまりのまばゆさに、ハヤトとサクラが目を覆ったほどに。そして周囲で赤と白の光とサイレンが鳴る。


「なんだなんだ」

「まぶしいぞー」


 ハヤト達と同様に黒服たちも周りを光に囲まれて動揺している。ヒミコはこのときも相手の反応は気にせず続けるのだった。


「御用ってことだよ。フリーネットワークの皆さん」

「くそう、いつの間に」


 周囲の車から警官らしき制服を着た人影が次から次へと出てきた。黒服は抵抗したが、そのかいなく、ひとり、またひとりと拘束されていく。


「わからなかっただろう。ここは10数年前以来のネットワークの空白エリアだ。ここでは一切の情報機器は使えない。お前たちは、どういうやり方かはわからないけれどネットワークを使って悪事を働いている。そういうことであれば、こういった場所では、その力は使えない。ちょっと原始的ではあるけれど、私たちの知恵の勝利だ。ここまで来るのにはちょっと私も疲れたけどな」

「ぐぬぬ……」


 黒服のリーダーが膝から崩れ落ちた。


「さて……と、秋津ハヤト君」


 ヒミコは話が終わると、くるりと振り返ってハヤトのほうに向いた。

「は、はい?」

「テロ対策法に基づき、あなたの身柄を拘束します」

 

 カシャ、っとハヤトの手に手錠がかけられた。


「!!」


 今日は昨日までに起こらなかったことに多く遭遇した。しかし、ハヤトは目の前で今起こっていることが、今日一番に信じられなかった……。

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