フリーネットワーク

「そうか……。お昼も感じたんだが、君はサクラちゃんにとても自然に、普通に接している」

「自然……ですか?」

「ひとりの人間として、その意思を尊重している、といったほうがわかりやすいかな」

「それは、当然です。サクラは俺の妹ですから!」


 やや大声になってしまったため、ちょっと気になって隣のサクラを見た。


 よかった、よく寝ているようだ。

 その口はほころんでいる。おおかた今日喫茶店でたくさん食べたお菓子の夢でも見ているのだろうか。


「妹、か。さっき、本当のことを知っているかと尋ねたけれど、私はそれを知っていて君のようには振る舞える自信はないな……むっ、来たか」


 バックミラーを見て、ヒミコが反応した。1、2、3……数台の光点が続いている。よく見なくても、追っ手であることがわかった。


 彼女は、ハンドルの手元近くのボタンを押して、どこかと通信を始めた。


玉依たまより……聞こえるか」

「はい、感度良好です」

「予想はしていたが、追いつかれた」

「承知しました。では予定どおりに」

「頼んだよ」


 言葉数少なく、かつ曖昧な言葉の羅列だけの、この通信の内容では、どういったやりとりなのかはハヤトにはわからなかった。

 きっとそれはヒミコがわざとそうしているのだろう。


 先ほどの黒服撃退時の体術と相まって、彼女がただの新聞記者ではないことだけはハヤトも確信できた。


 ヒミコは通信が終わると、バックミラーで追っ手の様子をうかがいつつ、自分の方を見ているハヤトに声をかける。


「何か言いたいことがあるようだけど?」


 通信での会話内容や、ヒミコそのものについて、問いただしたくはあったが、盗み聞きをしたようでもあり、ハヤトは、いきなり直接それを彼女に言うことはためらわれた。


 そこで目下の現在自分達をとりまく危機についてまずは確認することにした。


「ぜんぜんそんな気配なかったのに、あいつら、どうして……」

「あの黒服達、君はニュースで見たこと無いか?」

「多分あの、フリーネットワークなんだろうって、それだけは知ってますけど。何でもネットワークの国家管理の瓦解を目指してる犯罪者の団体だとかどうとか」

「それで十分。フリーネットワークは、それを目的にするだけあって、どうやらコンピュータやネットワークを自分達の意のままにすることができるらしいんだ。君の家にも難なく侵入されたんではないかな」


 ハヤトは、自宅の扉のセキュリティが役に立たなかったことを思い出し、彼らはけして口先だけで無く、目的達成のための手段を有しているのだと理解する。


「今の時代はネットワークを利用しないものなんて、ほとんど無いだろう。この車なのか、彼らのターゲットであるサクラちゃんか君かは、わからないけれど、彼らによって何らかマーキングされてネットワーク経由で位置情報の追跡を受けていると見るのが自然だな」


 ヒミコの声は冷静なものの、少々どころか多分にフリーネットワークに対する批判的な空気がそこに含まれているのをハヤトは感じた。


「まあ、ここまで近くに来られたら、もうそんな手段を使わなくても追うことは可能だろうが……本当に鬱陶しい」


 後続の車は一瞬消えるが、少し経つとつかず離れずついてきているのがわかる。


 ハンドルを切る手に苛つきを隠せない、そんなヒミコの様子に怯みつつも、今や運命共同体のハヤトとしては浮かんだ疑問を口にせずにはいられなかった。


「で、でもそれじゃあ追跡から逃れる方法はないんじゃないですか?」

「普通に考えれば、そうだな」

「普通に考えれば、って、追いつかれたら一環の終わりじゃないですか」


 ハヤトの不安げな表情をバックミラー越しに一瞥すると、小さくため息をつきながら、ヒミコはこれだけ言った。


「ハヤト君、この世にあるものは全て永遠ということは無い。気がついたら無くなっている、そんなものだ」

「……?」


 ヒミコから発せられたこの言葉は、ハヤトにとっては謎かけでしかなかったが、諭すようなその落ちついた口調から、自分の焦りが恥ずかしくなったハヤトは何も言えなくなったのだった。

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