救世主?
「さあ、お嬢ちゃんを渡してもらおうか。と言っても、お願いするほどでもないか、もう逃げられないんだからな」
黒服達が間をせばめてくる。
モールの時にハヤトに逃げられた苦い経験を生かしているのだろうか?今回は、隙はないようである。
「お嬢ちゃんには、ボスから手荒なことはするなって釘をさされてるから仕方ないが、お前については何も言われてないからなあ。ぐお……」
ハヤトが観念したその時、そこまでしゃべっていた男が足下から崩れ落ちるように倒れた。「うぐっ」「ごが」聞いたことのないような声が次々発せされると、そこにいた黒服は全て地面に平伏していた。
いや、意識を失っているようだ。
そして、独りその場に残り立つ影が、手についた埃を払う仕草をしながら、言葉を発した。
「まだまだ腕は落ちていないか」
「あ、あなたは!」
ハヤトの頭の中で影の正体について急速に検索が行われた。
暗闇で見えづらいものの、その声から、お昼に出会ったあの女性だとハヤトは断定した。
「ヒミコさん。どうしてここに?」
「説明してる暇はない。中にまだいるんだろう?私独りで相手するには人数が多すぎる。ついてきてくれ、妹さんも一緒に」
「は、はい……」
彼女がここにいること、口調が変わっていること、自分とサクラを救ってくれたこと、その理由について……無数の?がハヤトの頭を飛び交ったが、状況が状況であり、ハヤトはその一切を飲み込むと、彼女に従った。
「こっちだ、この車に乗って」
導かれるままに家の脇道に止められてあった車の後部座席に飛び込む。
彼女は、一瞬あたりを見回し確認すると、運転席につき、ハンドルを握った。そしてアクセルを踏み込む。車はそのまま大通りのほうに出ると、スピードをあげた。
「この車、自動運転じゃないんですか?」
しばらく時間が立ち、自宅からかなり距離が離れたと思われた頃に、ハヤトが運転席のヒミコに疑問を発した。
AIが普遍のものとなってからは、車はAIによる自動運転が基本である。人間が運転をすることは珍しい。
これは、ネットワークを介したリアルタイムの情報収集、及びそれに基づく判断により、AI同士で事故を回避することができるようになったため、主観的不十分な情報に基づく人間の操作よりも信頼性が上だからだ。
むしろ運転するための免許については以前よりもかなり厳しい制限があると聞いている。
「この状況でその質問……まあ、いいか。こういうときには、自動運転だと都合が悪いことが多いからな。AIの運転は合理的なルート、法規に則った運転になってしまう。それが、都合が悪いことも、この世の中にはある。最もそれこそがイレギュラーだから、それによってAIの価値がそこなわれることはないけれど」
「なるほど……」
「もっと他に聞きたいことがあるのでは?さっき、色々言いかけていただろう?」
「……」
確かに疑問に思うことはたくさんある。車がどうのと言っている場合ではないのもそのとおりだ。
しかし、あまりにいろいろありすぎて、頭の中が上手く整理しきれておらず、また、先ほどの立ち回りといい、口調の変化といい、ヒミコというこの女性の存在がハヤトが認識していたものといささか異なっているように感じられて、それもあって上手く言葉が出せない、そんな状態のハヤトだった。
「じゃあ、逆に私から聞いてあげようか」
「えっ?!」
「君は妹さん、サクラちゃんの、本当のことを知ってるんだな?」
「……はい」
躊躇しないでもなかった。
まだ、信頼できる人だと決まったわけでもない。
そうなのだ、そうではあるのだが、この人は自分達の危機を救ってくれた人でもある。それに、サクラについてこういう言い方をするということは、もう相手は全て知っているに違いない。
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