第3話 日常はどこへいった?

秋津家の食卓 その1

 用心のため、家に帰るまでの間、「かくれんぼごっこだ」とサクラに言い聞かせると、何度も物陰に立ち止まり、周囲を確認し進むことを繰り返したが、今度も拍子抜けがいいところで、黒服には全く出会わず自宅に帰りつくことができた。


「まあ、いいことだよな」

「何が-?」

「……鬼さんが、俺たちを追いかけてこなかったことだ」

「えー、鬼さんにあいたかったよサクラ」

「コラコラ……」


 そんな他愛の無いやりとりをしながら、自宅扉のボタンを押す。


 プシューという音とともに開いたその先には……人影があった!

 が、想定通りだったので、ハヤトがそれにより身構えることは微塵も無かった。


「もー、今日は来るって言っておいたでしょ。いつまで外で遊んでるのよ、ハヤト」


 言うまでも無い、そこに腕を組んで仁王立ちしていたのは、件の叔母である。


 しかし、その口調は怒っている責めていると言うよりは、ハヤトへの心配が溢れるものであり、彼女の口調はいつもとがった物言いではあるものの、全くハヤトは嫌な気がしないのだった。


「ごめん、タマコ姉さん」


 いつもどおり謝ると、「仕方ないわね」と彼女もいつもどおりの台詞を言い、にっこりと笑う。


 彼女、和光わこうタマコは、現在20代中頃で、とある企業で働いている。

 とある企業というのは、彼女が「守秘義務があるから駄目なの!」といって教えてくれないからだが、叔母を困らせることをしたくないハヤトとしては、それ以上聞くこともなかった。


 ともあれ、ここ1年の間は、毎日いつも仕事が終わった後大体ハヤトの家によってくれる。明言されたことはないが、ハヤトのことを心配してくれているのは明らかだった。


 クリスマスの悲劇後、両親を失ったハヤトは祖父の元に引き取られ、彼女も当初は一緒に暮らしていたのだが、就職とともに家を出て今は別のところで生活している。

 それにもかかわらず、面倒がらずに来てくれているタマコのその気持ちを、ハヤトは内心有り難く思っている。


 ちなみにハヤトの「タマコ姉さん」という呼び方は、彼女がまだ学生だったころからのものである。


 いや、最初に出会ったとき、ハヤトが両親に自分からは叔母さんにあたる人だと説明をされた際に、「オバサンじゃなくてお姉ちゃんよ!!」と強く主張されて以来だから初対面からというのが正確だろうか。


 ハヤトは自室の中にかばんを放り投げると、台所へ向かい、冷蔵庫の扉を開けて本日の秋津家の糧食の確保状況を確認した。

 いつもだとスーパーによって必要なものを購入してくるのだが、今日はそれができなかったから少し心配ではある。


「タマネギ、大根、じゃがいも、ニンジン、ほうれん草、豚肉、もやし……」


 食材が痛まないように一瞬で把握するハヤト。

 そして彼の頭の中で、お味噌汁、おひたし、肉野菜炒め、数々のレシピが駆け巡る……よし決まった。


「ありきたりだけど、カレーかな?タマコ姉さんいいかい?ちょっと時間かかるから待たせて申し訳ないけど……」

「最近食べてないし、問題ナッシン!ここまで待ったんだから変わんない!!待つ!」


 タマコの許可が出たので早速製造にとりかかる。

 製造にとりかかるといっても、他の家庭のように別に機械に材料を放り込むわけではない、包丁を握り、涙を流しながらタマネギを微塵切りし、ニンジンとじゃがいもを適度な大きさに切ると、鍋に放り込んでいく。


「いつも思うんだけど、なんか悪い気がするから、自動調理器くらい買ってあげるわよ。レシピを選んで、材料いれたら、ハイ完成!よ。こんなお姉さんの家でも一流シェフの味が実現!」


 いつだったかそうタマコに言われたこともある。


 彼女の家で、自動調理器で料理が完成するまでを見せてもらい、ハヤトはその楽さ加減にかれないでは無かった、無かったのだが、しかし、過去に祖父から受けた教育が彼に首肯させることを許さなかった。


 祖父は、自然であること、についての信念を貫徹するにあたり、機械に頼らず自力で生きることを家族にも強いた。祖父と暮らしている間、ハヤトは祖父の調理をいつも手伝わされたものだ。


 しかし、嫌だと思ったことはなかった。それは祖父の彼への哲学も含めた教え方にあったかもしれない。


「ハヤト、料理っていうのは化学実験と同じようなものじゃ。素材の組み合わせで、料理はできあがる。だが、同じようなものだが違うところはある、できたものには作った人の気持ちが入っていて、味が変わる」


 科学者だと思っていた祖父としてはらしからぬ言葉であったが、ハヤトにはなんとなしに理解できた。祖父は自然を大事にする、人間本意な考え方かもしれないけれど、彼は特に心が大事だと説いていたのだ。

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