父と娘 その2

「怖いわよね、ロボットの暴走って、それって、あのときみたいじゃない」


 暗い顔をしながら委員長が言った。


 先ほどのマスターの話では母親と弟を一緒に失ったという、彼女の肩が震えているのは気のせいではないだろう。


 そんな委員長をやや気遣いつつも、頭にわいた疑問についてどうしても確認しておきたく、ハヤトはマスターに向かって尋ねた。


「あまりニュースとか見ないので良く知らないんですが、その、フリーネットワーク、ですか?どういう組織なんです?」

「私もそこまで詳しいから、あくまでニュースとかで見た内容ってことにはなるが……」


 マスターはそう前置きすると説明を続ける。

 ハヤトは、委員長の真面目さはマスター由来なのでは、と少し思った。


「……『政府の生活統制、人権侵害を許すな!ネットワークに自由を!』ってスローガンを掲げた団体って話だ。国家管理ネットワーク安全法の撤廃を目指してるってな」

「こんな事件を起こしたんだったらすぐに捕まらないんでしょうか?」

「当然当局も全力を挙げて追ってはいるみたいだが、何しろ組織の全貌がつかめてないような状況だから、すぐにというのは難しいんだろうな。犯人らしき人間が捕まったかと思えば、実は全く関係無かったとか、そんなことが毎回ってのは不思議なもんだが、政治家が実はバックにいるとか噂もあったりしてな……そうか、妹さん、サクラちゃんか、この子が連れ去られそうになったから兄としては心配でたまらない、そんなとこかい?」

「……でも、よくわからないわね」

「ん?何が言いたいんだミキ?」

「何でサクラちゃん、その、黒服に連れて行かれそうになったのかな?」


 委員長がサクラの頭をなでながら言った。

 どうやらマスターも委員長もサクラのことが気に入ったらしい。


 そういうサクラはというと、ここでは妙におとなしいが、これは空気を読んでいるというよりは、マスターに出されたお菓子をほうばるのに精一杯だからのようだ。


「秋津、何か心あたりとかないの?」

「うーん……」


 心当たりが全くないでもなかったハヤトではあるが、それを言うのはやはり躊躇われた。


 この2人なら、とは思えなくもない。

 しかし、それを言ってしまったら、隣で幸せそうにしているサクラの、この笑顔が失われる可能性が無いとも言えないのだ。

 うかつに口にすることはできなかった。


「そうですね、自分にもわかりません」

「そうよねー、ああもうこんなに可愛いのにサクラちゃん」


 委員長が横からサクラの頭を自分の胸元に引き寄せ抱きしめる。

 サクラもまんざらではない様子で、「お姉ちゃん~」と甘えている。


「君に心当たりがないとなると、他の誰かに間違われたのかもしれないな。用心するに越したことは無い……何だったら今日はウチに泊まっていってもかまわないぞ。ミキもサクラちゃんのことが気に入ったみたいだしな」

「そうね、秋津はともかくサクラちゃんなら私もオッケーよ」

「俺はともかくなのね……」

「当たり前でしょ、それとも何か期待してるの?」

「ハハハ、ハヤト君、君がその気なら、私からご両親に連絡するが、どうする?」


 暖かい申し出ではあった。

 ハヤトも事情がなければ快諾しただろう。

 しかしやはりサクラのことを思うと、その申し出を断る以外の選択肢はなかったのだ。


「そういってくださるのは嬉しいのですが……やっぱり今日は家に帰ります」

「そうか、それは残念だ」


 マスター、委員長ともに、とても残念そうな顔をした。

 その裏返しか、委員長は激しくサクラの頭をなでている。

 ハヤトはちょっと罪悪感を感じて、これだけは言っておこうと思った。


「あと……その……うちには両親はいないんです」

「秋津?!」

「おっと、これは失言だったか、許して欲しい」

「いえ、気になさらないでください。もう、10年以上前からずっとでずから……」

「10年以上、クリスマスの悲劇か……ってことは、サクラちゃんと2人で住んでいるのかい?ああ、差し支えなければ、だが……」


 マスターが言葉を選んでいるのがわかる。委員長のこっちを見る目も少し困っているようだった。


「1年前までは、祖父が一緒に住んでいたのですが、その、行方不明になりまして……」

「……」

「でも、それからはときどき叔母が見に来てくれるので、困ったときとかは叔母を頼りにしてます。だから問題ありません」


 ハヤトの話の内容になんとはなしに顔を見合わす父娘。

 それは、親子ゆえの自然な行いなのだろうか。


 当たり前のものが失われる、それは日常普通に生活している中ではなかなか想像しがたいものであり、こういった時に喚起される感情というのは人を素直にさせるのかもしれない。


 カランコロン、ドアベルが鳴った、お客さんが来たようだ。

 「いらっしゃい」とマスターが声をかける。

 ハヤトはここに来る道すがら、委員長が「ウチの喫茶店、わりとディナータイムは流行ってるのよ」と言っていたことを思い起こした。


 そして、マスターが注文を受けてカウンターに戻ってきたタイミングで小声で言った。


「……そろそろ時間も時間ですし、お暇します」

「仕方ない、今日のところは諦めるが、またサクラちゃん連れてうちにきてほしい。約束だ」

「ありがとうございます」

「お父さん、私、秋津を送ってくるね」


 ハヤトはマスターに会釈すると、サクラを連れて喫茶店の外に出た。


 入り口のところで委員長は、ハヤトと目をあわせると、少し考え込んだ風はしながらも言った。


「秋津、その、また来なさいよね」

「委員長……」

「私の目当てはサクラちゃんなんだから、そういうことよ」

「あはは……わかってます」

「お姉ちゃんまたねー」

「うん、サクラちゃん、またね」


 委員長に手を思いっきり振るサクラ。

 委員長もそれに手を振って返す。


 ハヤトは、2人のそんな光景を好ましく思って眺めていたが、はっと気づいて周囲を見回した。


 ほっとする、黒服はいない。


 気が抜けてしまった自分を責めながら、ハヤトも委員長に別れを告げてサクラを連れ、夕日の中を自宅へと向かうのだった。

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