父と娘 その1

 委員長が奥に消えたのを確認すると、マスターはハヤトの耳元で小声で囁いた。


「ミキ、学校じゃどんなかんじなんだい?ああ、変な意味はなくてな、父親として子供の普段の自然な状況を確認しておきたいというか……」

「そうですね……真面目で、クラスの委員長として、いつも頑張ってくれています」


 ハヤトは、言葉を選びつつ、答えた。

 今日も俺のことを委員長らしく叱ってくれて……とは、流石に言えなかった。


「真面目……か、ミキらしいが、真面目すぎるのもなあ」


 つぶやきつつ、マスターは、テレビのスイッチを入れた。

 スクリーンにニュース番組の映像が流れる。

 その少しがっかりした様子にハヤトは納得がゆかず、尋ねた。


「真面目……だめなんですか?」

「いや、悪くはないんだが、そうだなぁ……君が聞いているかわからないが言ってしまおうか。実は、十数年前の事件で、ミキは母親と弟を同時に亡くしてるんだ」

「ええっ!?」


 ゴミを一緒に捨てに行くときに、口ごもりながら「弟……」と言っていたのはそういうことだったのか。

 マスターはハヤトの反応を待たずそのまま続けた。


「それから私が男手ひとつで育ててきたんだけどね。あの子は、自分がしっかりしなくちゃいけないって思ったのか、私にはそれからずっと泣き言一ついわない」

「……」

「せめて学校では、と思ったんだけどな。まあ、君にこんなことを言ってもしかたないな」

「あ、いえ、娘さんのいいところを伝えきれなくて、その、ごめんなさい」

「こちらこそすまなかった。父親の欲という奴だ、さっき言ったこと忘れて欲しい。うちに来てくれたんだから、君は少なくともミキのこと嫌いじゃないんだろう」


 そこまで言うと、マスターは、ハヤトの隣でお菓子を満足げにほうばるサクラの頭をなでた。


「何話してるのよ?……秋津、何こっちじろじろ見てるのよ」


 そこに委員長が戻ってきた。


 黄色のTシャツに水色のパーカーに短パンといったラフな格好で、いつもの委員長のイメージと違う。

 ハヤトは、ミコトが彼女のことを「顔は可愛いのに」といつも言っている理由が今ようやくわかった気がした。


「何でも無いさ」

「そうそう何でも無い」

「なんでもないー」


 なぜかサクラも入って何でも無いの合唱。


「3人一緒に言うと、かえって嘘っぽいよ、もう」

「いやー委員長、服が変わるとイメージ変わるなーみたいな」

「うちの娘結構可愛いだろー、と」

「かわいい、かわいい」

「だから、嘘っぽいってば。それに聞いてるのは、私がいない間のことよ……今のこといわれても」


 慣れない褒められ方に照れているのが、ありありと周りがわかるレベルであるのを、ふくれっつらで強引にごまかした委員長は、ふと思い出したかのように、真顔になり、ハヤトに言った。


「ところで、秋津、そういえばさっき何であそこにいたのかとか教えてくれるんじゃなかったっけ?」

「ああ、それは……」


 ハヤトは説明すべきかどうか悩んだが、一度宣言してしまっていることもあり、モールでの出来事の一部始終をマスターと委員長に語った。


「黒服?それって……」

「こいつらじゃないか?」


 一瞬顔を見あわせた2人が指さす先にはテレビのスクリーン、そこにまさにさっき追いかけてきていた黒服の姿があった。


 画面脇に「暴走するフリーネットワーク」と書かれたテロップが流れている。


「フリーネットワーク?」

「最近、旧都心の工事現場で事故が矢継ぎ早に発生しているとか聞いたことない?その事件の犯行声明が、フリーネットワークていう団体から出てて、とか」


 クリスマスの悲劇発生時最も犠牲者が多かったのは当時の都心であった。メイドロイドが群れを成して向かっている映像が今も残っている。


 そのメイドロイド達に徹底的に破壊し尽くされ、都心は一時は完全に廃墟になっていた。


 範囲が広いことや、多くの人々の墓標となったイメージからためらわれたのか、都心は長い間立ち入り禁止エリアになっていて、最近ようやく再開発が行われはじめたのだった。


 首都機能が移転されたこともあり、今では旧都心と呼ばれているその再開発現場で、ロボットが暴走する騒ぎなどが最近頻発しており、現場でよく見かけられるのが黒服、それが犯行声明を出しているフリーネットワークと何か関係があるのではないか、ということをニュース番組のアナウンサーは述べていた。

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