くつろげる場所

 さて、どうするか?


 まださっきの黒服がそのあたりをうろついているかもしれない。


 もう少し待つべきだろうが、さっきから動きたくてうずうずしていると見て取れるサクラが、このままずっとじっとしていられるとは思えなかった。


 かくれんぼだといいきかすのにも限界がある。

 そんなことを考えていたときだった。


「秋津?こんなとこで何やってるのよ?」

「!」


 一瞬警戒したが、声をかけてきたのが委員長、豊田ミキであるとわかって、ハヤトは安堵した。


「驚かさないでくれよ」

「何よ、疲れてそうだったから心配して声かけてあげたのに」

「すみません……」

「まーたそうやって丁寧になる。まあ、いいわ。それよりも疲れてるならウチこない?ウチ、ここから近いのよ」


 その提案にハヤトは躊躇した。

 そのハヤトを顔を見て、ハッと気づくと委員長は弁明しはじめた。


「あー違う、違うぞ、コラ!そういうんじゃないから。ほら、そっちにいるのは言ってた妹さんでしょ。妹さん一緒なら問題無いし」

「あ……いや……そういう意味ではないんだが……委員長が問題無いならいいんだけどな……」


 ハヤトが考えたのは、黒服がまだそのあたりにいたらどうしようか、巻き込むかもしれないということだったのだが、どこまでも真面目な委員長だった。


 こういうところをいつも見せてればもっと男子にモテるのに、とあらぬことをハヤトは考えてしまう。


「それにウチ喫茶店だし」

「喫茶店ー」


 そのワードにサクラが目を輝かせた。

 そういえば、連れて行ったことなかったっけか。


「決まりね。じゃあついてきて」

「あー、ちょっと待った!」


 念のため周囲を確認する。

 黒服の姿はないようだ、よし。


「何よ?周りに誰かいた?」

「いや、大丈夫みたいだ、ここじゃ何だから委員長の家ついたら話すよ」

「そう、じゃあ行きましょ」


 彼女の家はそこから100メートルほど歩いた路地にあった。

 行く道すがら念のため周囲の警戒は怠らなかったが、幸い黒服に出くわすことは無かった。


 「喫茶ハニーポット」と書いてあるドアをあけて委員長に続いて中に入る。カランコロンとドアベルが心地よい音を鳴らす。


「いらっしゃい……ああミキか、おかえり」


 カウンターで出迎えてくれたのは、40代前後くらいか、線が細い長身、丸い眼鏡をかけている、男性にしては長い髪は後ろ手にまとめられているがやや無造作、そんな何かの番組に出てきそうなマスターだった。


「ただいま、お父さん」

「おや、ボーイフレンドかい?ミキが友達連れてくるなんて珍しいじゃないか」


 ハヤトは、軽く会釈をしながら、お店の中を見回した。


 入り口から右手にカウンター、左手にテーブル席が数席。

 今日この時間は、ハヤト達以外にはお客はいないようだった。


 なんとなく、ほっとする。

 そして招かれるままにカウンター席に座った。


「もーお父さんまで、そういうんじゃないから。ほら、妹さんもいるし」

「これは可愛いお嬢さん。こちらのミルクをどうぞ。ほら、お菓子もあるぞ」

「ミルクー!ありがとう!」


 サクラはマスターに差し出されたミルクをごくごく飲んだ。

 あれあれという間にミルクは消えてゆく。


「こらこらそんなに一気に飲むんじゃない、サクラ」

「ハハハ、元気が良くていいじゃないか。お兄ちゃんのほうは、コーヒーってのもなんだから、こいつでどうだろう」

「こ、これは……」


 ハヤトの目の前に置かれたのは、深い、とても深い、しかし清んだ緑色の海、そこに浮かんでいるのは、白い清らかな島、ならぬアイス!小さなとても小さなグラス、しかし、そこには楽園が再現されていた。


「クリームソーダではないですか!!」

「その様子じゃオーケーみたいだな。召し上がれ。おや、どうしたミキ、着替えてこないのか?」

「……あ、そうね、ちょっと行ってくる。2人の相手お願い」

「了解」

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