アクシデント
「さて、どこいったサクラ?おーい、どこだ~?」
エスカレーターを降りたハヤトは一瞬の後、後悔した。
なぜ一瞬の後だったかというと、事態を把握するのに、時間を少し要したのだ。
人間は、信じられない状況については、理解するのに時間がかかる。
まず最初にハヤトは、そのフロア、4階にいる客の姿に違和感を感じた。
女性服の列のあちらこちらに、サングラスに黒いスーツ姿の男性が1、2、3……少なくとも5人以上いる。4Fは女性用フロアではなかったか?
いや、女性フロアだというのはさておくとしても、サングラスに黒いスーツというのはどうだろうか?
さらにサングラスに黒いスーツというのをさておくとしても、それがこんな人数いるというのは、そしてそのうちのひとりがサクラの手を握っている……これはさておけないだろう。
「サクラ!」
「あ、お兄ちゃん~、サクラはここだよ」
握られていないほうの手を思いっきり振っている。
どう考えても不自然な状況ではあるのだが、サクラの言動は通常営業だった。
その手を握っているサングラススーツメン、ああもう長いから黒服、も、その動きを想定していなかったのか少し困った様子なのが見て取れる。
もう少し、知らない人と接するときについて教育するべきだろうか?サクラのその様子にやや意気をそがれつつも、ハヤトは兄として毅然として言った。
「ちょっと、ええっと……妹に何してるんですか!」
「なんかねーサクラとお手手つなぎたいみたい」
「サクラは黙ってなさい!」
「妹?ああこの子のお兄さんか。悪いけどな、この子に会いたいってお人がいてな。一緒に来て欲しいわけよ」
「サクラに、会いたい?」
「そうなんだよ、そのお方は街でこの子を見かけてな、事故で亡くなった娘にそっくりだと……是非一度会ってお話したい、とそうおっしゃられてな……治る見込みの無い長い病でベッドで寝たきりで立ち上がることもできない、もう自分は先も長くないから、うちの資産を是非その子につがせたい、ってな……うう」
「……」
涙に震える黒服一同。手を握られているサクラも雰囲気に飲まれて一緒にうるうるしている。ハヤトは周囲の空気に耐えきれなかった。
「わかりました……サクラをその方のところに連れて行って、会わせてあげてください」
「おおー、ありがとうございます」
平伏する黒服一同。
「ああ、その前に……サクラ、ちょっとお兄ちゃんのところに来なさい」
ハヤトの言葉に安心したのか、黒服は、「お兄ちゃんのとこへいってこい、お嬢ちゃん」と、サクラを握っていた手を離した。
サクラを抱き寄せるハヤト。
「サクラ……いいか?」
「ん?お兄ちゃん?」
油断していた近くの黒服のひとりに体当たりを食らわす。
不意打ちにバランスを崩して転ぶ黒服。
ハヤトは、即座に体勢を立て直すと、突っ立っているサクラの手をひっぱって、後ろも振り向かずエスカレーターに向かって全力で走った。
「逃げるぞっ!!!」
「わー、ばびゅーん」
他のお客に謝りながら、エスカレーターの手すりの上を滑り降りる。
大体想像はしていたが、サクラが変にぐずらず、一緒に全力で走ってくれたのは有り難かった。大方鬼ごっこのように考えているのだろう。
黒服たちの気配ははじめは後ろにあったが、大柄な大人ではハヤトやサクラのような小回りがきかず、フロアを降りるたびに次第にその声は遠ざかった。
「ハアハアハア……」
「たのしかったね~」
モールを出てから商店街の方へ走りつづけ、物陰に隠れた2人は、黒服が追ってこないのを確認して一息ついた。
ハヤトは、悲鳴をあげている太ももに、普段運動していないことをこの時だけは後悔したが、サクラについては全く息もあがっておらず、全く疲れも見せていなかった。
「しかし、何なんだあいつら?サクラが目的みたいだったけど……」
隣のサクラをしげしげと眺める。
サクラは「ん?」という感じでこちらを見上げている。ミコトの言うとおり、確かに可愛いな、うん、可愛いのだけれど。
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