話せば長いことになる その1

 教室に戻ってかばんを手に取ると、急いで下駄箱へ、そこから校門へ。ハヤトは急いだ。

 確か今日は校門で待ち合わせだったはずだ。


「サクラ大丈夫かな……」


 妹のサクラは、この学校の生徒ではない。

 来るのは今日がはじめてというわけではないけれど、やっぱりアウェーな場所で1人で長時間いるというのは心細いだろう。


「あれ?誰かと……話してる?」


 校門に妹らしき小柄な人影があり、その前に別の女性が立っている。背格好から大人の女性か。妹の身振りを見ると、何か話しているようだ。


「あ、お兄ちゃん!おーい、おーい!」


 サクラがこっちに気がついて大げさに手を振ってきた。いつもどおりの脳天気さに、ハヤトはあきれるとともに少し安心した。


「サクラ、待たせてすまなかった。ごめん」

「大丈夫だよ、お兄ちゃん。今日は日光もそんなにつよくないし」


 明後日なサクラの反応はいつものことである。

 気をつかって言っているのではなく、常に本気だ。

 心に裏表を感じさせないのはとても良いことだが、兄としては少し心配でもあった。無意識に既に頭をなでている程だ。


「ああ、そういえば、こちらの方は……?」


 いつもどおりのサクラに完全に心奪われてしまっていたハヤトは、2人のやりとりを微笑みながら見ている女性についてサクラに尋ねた。


「ヒミコさんだよ、お兄ちゃん」

「ヒミコさん?」

やまとヒミコといいます。多摩東たまひがし新聞の記者です」

「記者……さん?」

「なんかねー、最近の女子中高生の意見が聞きたいって」

「そうなんです。十数年前のクリスマスの悲劇、あの事件が現代の人々に与えている影響を探るというテーマで今取材中なんですよ。それでこうして校門前で生徒の皆さんに意見を伺っていた次第でして。そうしたら妹さんがいらっしゃったので……」

「わかんない、とか、聞いたことあるようでない、とか、いっぱいお話したんだよ」


 ハヤトにはそのときの2人のやりとりは大体想像がついた。記者さんも対応に困っただろうに、そんなそぶりを全く見せない。流石大人といったところか。


「せっかくだから、サクラちゃんのお兄さん、ええっと……」

「ハヤトです。秋津ハヤト」

「ありがとうハヤト君。では、貴方にも聞いてみようかしら」

「はい?」

「十数年前の悲劇の時の記憶ってあるかしら?」

「クリスマスの悲劇の時……ですか……あの時は……」


 十数年前というとまだ小学校に入っていない頃である。

 だが、ハヤトはあの日のことは今でも鮮明に覚えている。


 仕事の都合で父と母のどちらも早く帰れないという状況だったその日、子供をひとりにしてはおけないと熟考の末、母は、母の妹にハヤトの世話を頼んだのだった。


 普段からハヤトを可愛がってる母の妹は、2人が帰ってくるまでならと、快諾してくれた。ハヤトからみると、叔母にあたることにはなるが、母とは10歳以上年が離れており、まだ彼女は中学生くらいだったと記憶している。


 ハヤトは彼女と2人でケーキを囲み、一緒にサンタクロースの歌だったか何だったかを歌うことになった。


 彼女はお世辞にも上手とは言いがたい、というよりはむしろ音痴の域ではあったが、「ハヤト、クリスマスソングは歌うことに意義があるのよ、だから気にしちゃだめ!さあおねーちゃんと一緒に歌うぞ」と、なんというのだろう自己肯定的というのだろうか、そのよくわからない自信に満ちあふれた顔には逆らえず、ハヤトも歌ったのだ。


 叔母はそんなハヤトを見て満足気だった。また、ハヤトも照れつつも悪い気はしなかった。


 ここまでで、ハヤトの家庭にメイドロイドはいなかったのか?と疑問に思う方もいるかもしれない。


 確かに当時はメイドロイドのいない家のほうが珍しかった。だが、事実メイドロイドはハヤトの家にはいなかったのだ……その原因はハヤトの祖父にあった。


 ハヤトの祖父は、生命工学の専門家という、いかにもな科学者であったのだが、それ故にか、その反動か、自然が大事であると主張し、人に似せた人工物であるメイドロイドを認めていなかった。


 彼の親戚一同は親戚一の大物である彼のその意向に逆らいメイドロイドを購入するという大それたことはできなかったのだ。


 メイドロイドが家にいなかったことは、ハヤトにとっては不満のひとつではあったが、後から考えると、その時メイドロイドが身近にいなかったことは、彼にとって幸運だったのかもしれない。

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