第2話 帰り道には危険がいっぱい

予習復習は大事

 その年のクリスマスイブの夜、町は例年どおり煌びやかな明かりにつつまれ、人々は、家族との団らん、あるいは恋人との一時を楽しんでいた。しかし、その平穏は、突然破られたのだ。


 始まりは大規模な停電だったという。

 人々はクリスマスケーキの蝋燭に照らされた部屋で、少し心細くもあったが、まだこの時点までは、クリスマスの夜に偶然発生した演出だと強がる余裕があった。


 だが、停電が終わった時、惨劇は始まる。


 メイドロイドの暴走。

 予期していなかった事態に、世界は脆弱ぜいじゃくだった。

 父親がメイドロイドに絞殺こうさつされ、子供をかばう母親はその子ともども惨殺ざんさつされる、そんな凄惨せいさんな光景がいたるところで繰り広げられた。


 メイドロイド以外のAIも人間による制御ができなくなっており、住宅の扉の開閉さえもできない状況は、さらに被害を悪化させた。


 当然人々はその脅威に対し武器を手に戦ったが、何しろ人とは見分けがつかないメイドロイドが相手であり、疑心暗鬼により人同士が傷つけあうこともあったという。


 全てのインフラが麻痺しており、文字通り終わりの見えない戦いの様相。いつまでこの状態が続くのか?


 人々の心は絶望に浸食された……。



秋津あきつ、聞いてるのか?」


 ぼおっと、窓の外を見ていた秋津ハヤトは、現実に引き戻された。


 そう、ここは、高校の教室、今は現代史の授業中、十数年前の事件が今日の授業のテーマだった。

 教室前方のスクリーンには、十数年前の事件について1シーンが表示されている。メイドロイドが人を襲っている。


 歴史の授業なんてものは興味がないものにとっては苦痛でしかなく、興味のあるものにしてもいかに意義の深い内容であっても英雄や王同士の戦いが出てこない物語性の無い部分は面白さを感じるのに努力を要する。


 教師によっては、それに理解を示すものもいるが、この歴史教師はそれが不満らしく、スクリーンを見ていない生徒がいると、いつもやり玉にあげるのだった。


「聞いていますよ」

「じゃあ、教科書を見ないで言ってみろ、十数年前のメイドロイドの暴走事件、通称『クリスマスの悲劇』はどうやって収まった?」


 教師の剣幕に、周りのクラスメートが心配そうに自分を見ているのを感じる。

 この教師は、答えられないと、前時代的なことに廊下に立たせるのだ。

 他教師も彼に逆らえないらしく、授業が終わっても許されず、廊下に長時間たたされた末に倒れてしまった生徒もいる。


 しかし、自分が置かれた状況に不安なそぶりも見せず、淡々とハヤトは答えた。


「とある朝、気がついたら、収まってました」


「……まあ、いい、座れ。じゃあ続きいくぞ!」


 予想外の正答。ゆえに、教師は彼に対し、何もできなくなった。周囲からクスリと笑いが漏れている。


 教師は怒りをぶつける先が無くなったためか、スクリーンを叩く。その勢いでスクリーンが壊れるんじゃないかというほどに。しかし、最近のスクリーンは丈夫らしい、何事も無く、続きのシーンと解説が流れ始めた。


 そう、十数年前の事件は、ある朝、突然に収まったのだ。


 全てのメイドロイドの動作は停止し、それまでの不安から解放された人々は喝采をあげたらしい。各地で動かなくなったメイドロイドが破壊され山のように積み上げられたのも無理はなかった。


 教室のスクリーンにも、一見残酷と見えるが歴史的意義のあるシーンとしてそれが映し出されている。



「いやー痛快だったよ、ハヤト。田島も何もできなかったな」


 授業が終わると前の席の内海うつみミコトが、先ほどのハヤトの勇姿を賞賛した。田島とは先ほどの歴史教師のことである。


 ミコトは、ハヤトにとっては幼なじみであり、いつでも忌憚きたんなく話すことができる間柄だった。もっとも、ミコトからハヤトに話しかける量はその逆の10倍はありそうだが。


「まあ、たまたまさ。知ってたから」

謙遜けんそんかよ、こいつ。しかし、このあたり覚えづらいよな。『とある朝、気がついたら』とか試験に出たら悩みそうだぜ。だいたい、事件が収まった原因が十数年経過した後でも未だに不明ってのがすごいよな」


 事件後、専門家による調査により、メイドロイド含めAIが暴走した原因は、テロリストが拡散させたコンピュータウイルスによるものと判明したが、原因は現在においても未だに不明であり、ウイルスの特性によるものであるとか、裏でウイルスと戦っていたハッカー集団がいたとか、様々な仮説が立てられているのだ。

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