終わりの始まり

 リビングにたどり着いたテルは後ろ手にリビングの扉を閉めた。


 そして、中の惨状に気がつく。


「パパ……ママ……?!」


 そこには無残な二人の姿があった。


 床にべったりとついた血の量から、もう手のほどこしようがないことはテルにもすぐにわかった。うつ伏せに倒れているのが唯一の救いだったかもしれなかった。


「どうして……こんなことに……」


 しかし感傷に浸っている暇はないようだった。後ろで再び扉を壊す音がする。

 このままでは、自分もやられてしまうに違いなかった。タマヒメ、いや、かつてタマヒメであった何かに。

 

「どうすればいいの?」


 外に出るには、来た方に戻らなければならないが、それはもうできない。窓から出るのは一か八かすぎる自殺行為だ。


「そういえばお兄ちゃんが……」


 迷わず兄の部屋に向かった。

 扉が開くか少し心配であったが、自動開閉なのにあっけなく開き、テルは拍子抜けした。


 中を見渡す。兄の部屋は家にいることがあまり無いわりにはとても綺麗に整頓されていた。そのため、この非常時にはとてもよいことに、目的の物を探すのはたやすかった。


「これかな……お兄ちゃんが私にくれた、武器」


 大きく息をすって吐く。まだ少し鼓動が早いけれど許容範囲だ。


 「よし、お兄ちゃん、私頑張るね」と覚悟を決め、手に入れた物を小脇に抱えて、慎重に廊下を戻る。

 そして、意を決してリビングの扉をあける。


 そこにはタマヒメの姿があった。


「ターゲット確認、排除します」


 襲いかかってくるタマヒメ。テルは、さっと横にかわす。勢いがとめられなかったのか、タマヒメはリビングの壁にめり込むほどに頭からぶつかり、その動きをとめた。


「これで止まってくれれば……、だめか。」


 動きが止まったのは一瞬だけだった。

 タマヒメは、ゆっくり起き上がると、首を降り、まとわりついた壁のかけらをふって落とす。そして、再びテルに向かって走ってくる。


「落ち着け、私。きっとできる!」


 テルは自分に言い聞かせながら深呼吸し、集中力を極限まで高めた。


「左っ!」


 テルは精一杯の力でステップを踏んだ。

 タマヒメの伸ばしてきた腕は、テルをとらえることができず、空をきった。

 まさに紙一重のタイミングだった。


「タマヒメ……どうしてこうなっちゃったのかわからないけど、こうするしかないの」


 チャンスはこの一瞬しかない!

 彼女は右手に持った物を、タマヒメの首筋めがけて突き出した。


 手に伝わるバリバリとした感触。

 同時に、タマヒメは、パンッという乾いた音を立てるとそのままその場に崩れ落ちた。


 兄は通信で最後にいったのだ。

 「俺の部屋に強力なスタンガンがあるからそれを使え」と。


 もっとも、昔兄からメイドロイドの弱点を聞いていなかったら役には立たなかっただろう。

 喜んでタマヒメに抱きつく、というかしがみついている妹に彼は言ったのだ、「人間と同じで、タマヒメタイプのメイドロイドの首筋には繊細せんさいで重要な回路があるから、あまりそのあたりを刺激してはだめだ」と。


 しばらく、用心のため、その場でスタンガンを構えたままでいたテルであったが、タマヒメが完全に稼働しなくなったらしいのを確認して、リビングに戻った。


 しかし、どんなに祈っても願っても、両親がこの世に戻ってくることがないのを再度確認できたにすぎなかった。


「パパ……、ママ……」


 テルは二人の目を閉じさせ、二人の手をつなぎ、少し祈りをささげると、自室に戻った。先ほどのタマヒメとの乱闘で部屋は無残な様をさらしている。


「どうしてこんなことになっちゃったのかな……お兄ちゃん……」


 それまで我慢していた涙がどっとあふれてきた。彼女はまだ中学生の女の子なのである。無理も無かった。


「そっか……でも、お兄ちゃんがいるから、私は独りじゃない。」


 涙を拭い、鼻をすすりながら考える。あの連絡をしてきた兄だ、きっと生きている。私も泣いてる場合じゃない、こうしてはいられない、兄のところへ行こう!


 テルは、ナップザックに詰め込めるだけ物を詰め込んだ。


 ちょっと多いだろうか、でもこんな状況だ、外でも何が起きているのかわからないし、家にも戻れるかはわからない、このくらいは必要だと。


 そして、詰め込みすぎてパンパンになったナップザックを背負うと、例のスタンガンを片手に、家の扉を少し開けて左右を見渡した。


 隣の家の扉が無残な状態でころがっている。やはり危険だろうか?

 しかし、家にとどまっていても安全とは限らないのだ。


 覚悟を決めた彼女は、外の世界へ一歩踏み出した。

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