サンタクロースは来なかった

 ガンッ!、ガンッ!


 金属を叩くような音がした。


 うるさい、眠いんだからまだ寝かせてよ、とテルは寝ぼけながらふとんを頭にかぶった。


 ガンッ!、ガンッ!、ガンッ!、ガンッ!


 音はまだつづいている。やみそうにない。


「もー!!うるさい!!何なのよ」

 

 がばっと、ふとんをかき分ける。そしてテルは我に返った。

 部屋が明るい。どうやら停電は復旧したらしい。


 問題はこの音だ。さっきからのうるさい音は、彼女の部屋の扉側から聞こえている。

 その扉をよく見ると、なんだか部屋の内側に向かって真ん中あたりがぼこりと山になっている……誰かが外から叩いている?!しかもとてつもない力で!!


 テルはそこまで考えて、血の気がさーっとひいてゆくのを感じていた。

 父親や母親であれば、こんなことはしない。テルに声をかければすむのだから。ということは音の主は家族ではない。テルにとって招かれざる客であるのは間違いなかった。


「どうしよう……、そうだ、何か、何か、無いかな……」


 恐怖におびえながらも、自分の部屋をざっと見回す。

 起きたばかりであることもあり、頭が上手く回らない。


 そういえばこんな状況で父親母親は大丈夫だろうか?などと余計な考えも浮かび、さらに考えはまとまらなかった。


 そうしている間にも音はどんどん大きく、激しくなり、そして、耐えきれなくなった扉はきしんだ音とともに文字通り内側にめくれた形となった。


「……タマヒメ?」


 そこからのぞいていたのは確かにタマヒメの顔ではあった、あったのだが、テルがこれまでに見たことの無い無表情な顔をしていた。


 テルに向かって彼女はいつもにこやかな笑みを絶やしたことはないのだ、いつも、これまでは……テルは本能的には危険を感じつつも、背筋を伝う恐怖に、麻痺したかのように動くことができなかった。


「……ターゲット確認、排除します」

「え?何?」


 タマヒメはそうつぶやくと、いきなりテルに襲いかかってきた。


 テルはその素早さに何もすることができず、気がつくと、タマヒメに押し倒された。その手はテルの首筋にのび、信じられない力で締め付けてくる。


「く、苦しい……や、やめて……た……タマヒメ……」


 目がかすむ。

 せいいっぱいタマヒメの手をかきむしったり、右足左足と交互にその体を蹴っては見るが、一向にその力は緩まない。だんだん意識ももうろうとしてきた。

 もう、これ以上はもちそうにない。


「くっ……ん?これ……」


 せいいっぱいジタバタしている中で、ふと手に触れるものがある。テルはそれを手にとると残された力でボタンを押した。


 シュー、とタマヒメの目のあたりに向かってスプレーが発射された。


 手にしたのは、そう、テルがいつも使っているヘアスプレーだった。ややクセ毛気味の髪のために購入したものだが、注意書きのところには、「人に向けないこと、目に入ったときは医者に相談すること」と書いてあった。


「センサーに異常発生、リカバリーのため一時退避します」


 タマヒメの手がテルの首筋を離れた。


 テルは意識をとりもどすと、タマヒメを全力で突き飛ばす。

 この機を逃してはならない。すかさず立ち上がり、部屋の扉へ向かい駆けた。


 自分でも少し驚いたが、先ほどまでの状態とは違い、体育の時間並みに体が動いた。火事場の馬鹿力というやつかもしれない。


 念のため扉のところで後ろを振り向く。

 まだタマヒメはその場から動いていないようだ。今のうちに、と自分の中の声が急かす。


 テルはリビング側に向かって懸命に走った。学校で50m走るのとは違い、家の中の目と鼻の先である。しかし、このときテルにはそこまでたどり着くまでの時間がとても長く感じられた。

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