灯りは消えた

「あーもうムカつく!!!!!」


 枕を壁に叩きつけてテルは吠えた。


 先ほどまでの心地よい平和で期待に満ちた気持ちは霧散してしまっている。

 昨日今日ではなく、1月以上前から準備し、暖めてきた。それが無残にも消えてしまっている。

 そんなものこの世にあったのかというほどに。


 枕をたたきつけても気が晴れることは無く、続いてドスドスとベッドに拳をつきたてた。その後ろに近寄っているものがいるのにも気がつかずに。


「テル」


 その声に「えっ」と振り返る。

 1mとあかない距離にタマヒメがいた。


 いつのまに入ってきたのだろう?いや、今の状況じゃノックされても気がつかないか……。

 そんなことを考えているテルの反応を待たずに、タマヒメはススッと近づいてくると彼女を抱きしめてきた。


 メイドロイドの抱擁は、人間のそれと変わらず、やわらかく優しくそして暖かかった。


 テルが小学校で嫌なことがあって家で泣いていると、タマヒメはよくこうしてくれたものだ。あの頃よりも自分が大きくなっているはずなのに、その不思議な安心感は全く変わらない。

 テルはその感触の中で、自分の中のトゲトゲしたものが消え、落ち着きを取り戻していくのを感じた。


「タマヒメ……ごめん」

「いえ……テルが心配だったので」

「ありがとう」

「こちらにハーブティーを用意しました。カモミールが入っています。きっと落ち着きますよ」


 タマヒメに手渡されたカップに注がれている飲み物はとてもいい匂いがした。


「では、私はリビングに戻りますね。何かあったら呼んでください」


 テルの様子に安心したのか、タマヒメはテルの部屋から出て行った。

 テルはタマヒメとの感触の余韻に浸っていたが、そのせいか、あるいはそれまでの今日の疲労からか、急に襲ってきた睡魔に抗えなかったらしかった。



 ピーッ、ピーッ、ピーッ……。


 繰り返し鳴る音で目が覚めた。

 携帯端末を探す、着信は……兄からだ。

 テルは寝ぼけが一気に覚めて、受信ボタンを押した。


「お兄ちゃん!?」

「ああテル、やっと出たか。ちょっと余裕がないんで、今からいうことを遮らず、よく聞いてくれ。一回しか言わない」

「え……?うん、わかった、お兄ちゃん」


 兄の声、普段と違って何か焦りを感じる。何なのだろうと疑問に思いつつ、続く兄の言葉を待った。


「部屋の扉を今すぐ手動開閉モードに変更しろ、誰も入ってこれないように。あと何があっても外に出ちゃいけない、いいか」

「え?なんで?」

「すまん、詳しいことを説明してる暇がないんだ、いいか、守るんだぞ。あと、俺の部屋に……」

「何?よく聞こえないよ……お兄ちゃん?お兄ちゃん!」


 プツリと通信が切れた。


 テルは何だか取り残されたようなそんな感じに一瞬陥ったが、他ならぬ兄の言葉、何が何だかわからなかったが、とにかく携帯端末片手に自室の扉の設定を変更することにした。


「えーっと、このボタンだったかな」


 世間一般的に最近の部屋の扉は、自動開閉モードになっている。扉のカメラが登録された人間を判断し自動で開閉してくれるのだ。


 手動開閉モードに変更すると、登録された人間により扉のボタンが押されないと扉は開かなくなる。


 こう説明すると手動開閉モードのほうがプライバシー上は都合が良いように思えるが、実は自動開閉モードでも部屋の主以外では自動で開かないようにすることもできるので、年頃の娘としても問題はない。

 そのため、手動開閉設定モードにすることは、ほとんどないといってよかった。


「いったい何なのかな……」


 さっきニュースでやってた軍用メイドロイドというのが実は日本に運ばれててとかだろうか?それだったらニュースでも言いそうなものなのに、などと彼女が一生懸命寝ぼけ眼を擦りながら考えていると、いきなり世界が真っ暗闇になった。


「えっ」


 突然の暗闇……何も見えない。テルは軽いパニックに襲われた。


「何これ?どういうこと?……お兄ちゃん……助けて……」


 目をつむり、兄の顔を思い浮かべて恐怖に耐える、我慢する。兄ならきっとそばにいてくれたら優しく頭をなでてくれる。そして後ろから抱きしめてくれて……。


「テル、大丈夫か?」


 廊下側からの父親の言葉に、テルは我に返った。


「うん……大丈夫だよ。パパ」

「そうか、しばらくしたら電気もつくようになると思うから、もう少しの辛抱だ。父さんは母さんと一緒にいるから怖かったらこっちにきてもいい」


 娘の言葉を聞いて安心したのか、父親はそう言うと廊下をリビングに戻っていったようだった。

 そして、父のおかげか落ち着きを取り戻したテルは、手元に携帯端末を握りしめていることにようやく気がついた。


「まったく、私何考えてるんだか」


 携帯端末のボタンを押すと画面がついた。

 かすかな明かりではあるが真っ暗よりはいくぶんかマシだ。暗闇にも目が慣れてきた。これで問題ない。


「わーちゃんに通信できるかな……やっぱり無理か」


 わーちゃんというのは、例の兄へのメッセージをすすめてくれたり、家の玄関前で妙なポーズをとってくれたりした、あの同級生のことだ。


 一見強引な言動が多いけれど、それはきっとテルのためを思ってしてくれているもので、彼女はテルにとって一番の友人だった。こういった異常事態にはやはり、そんな友人のことも心配になる。


 しかし、停電によりネットワークが停止しているのか、ボタンを押しても、エラーメッセージが出てつながらない。テルはあきらめて、手探りでベッドにたどり着くと、横になった。


 そして、「寝ちゃえば、暗くてもかわんないしね」と、再び襲ってきた睡魔にあらがうこと無く、その身を委ねるのだった。

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