予定調和

 さて、料理もほとんどできあがり、両親も帰宅した。あとは兄を待つばかりである。

 しかし、両親帰宅後小一時間が経過してもその兄が帰って来ない。


「お兄ちゃん、遅いね……」

「ちょっと前から、仕事が忙しい時期に入ったと言ってたからなあ。まあ、もう少ししたら帰ってくるだろうさ」

「そうねえ、いつもならそろそろ帰ってきてもいい頃ね」


 すでに食事を終えつつのこのやりとりも既に3回目。

 兄に一度通信してみるべきか?

 でも忙しかったら邪魔してしまうことになる……。


 テルの葛藤は最大に高まっていた。


 そんな娘の気をそらそうとしたのだろうか、父親がテレビをつけた。

 リビングのスクリーンいっぱいに映し出された映像では、ニュース番組のアナウンサーが、緊迫した表情で語っている。


「アメリカで、1週間前に輸送中の軍用メイドロイドが何者かに盗まれた件ですが、未だに犯人は捕まっておりません。当局は捜査の網を広げていますが、犯行現場に残された無数の手がかりから追ってはものの、犯人の特定にはいたらず、捜査員を増員してはいますが好転しない状況です。盗まれた軍用メイドロイドについては武装はされていないとのことですが、どのように利用されるかはわからず、市民の安全が危惧されています。以上、現地からお送りしました」


 特派員の報道の後には、スタジオ内のキャスターが、世界的なテロ組織から犯行声明が出ているとか、仮に日本に輸送されて来た場合に軍用メイドロイドの性能から日本の警察で対応可能であるかどうか等の情報、状況の検証が加えられていた。


「物騒だな。まあアメリカでよかった、流石にあれだけの捜査体制の中、1週間で海を超えてこっちまで来ることなんてないだろうしな」


 父親が周りを安心させるかのように言った。

 母親は「そうねえ」と相づちをうったが、テルはニュースどころではない心境だったので、父親には申し訳なかったが完全に上の空だった。

 

 ピンポーン。


 そんな状況でふいにエントランスからのチャイムが鳴った。

 それを聞いてテルは肩を落とす。


 兄であればエントランスのヨシノさんが通してくれる。チャイムは来訪者のあったことを意味しているのだ。それもテルの好まない来訪者の……。


「申し訳ありません。こんなに夜分遅く、しかもクリスマスに……」


 テルの予想通り、来訪者は、兄の職場でアルバイトをしているという女性、夜嶺よみねナミだった。


 年の頃は20手前くらいだろうか。

 肩まである清楚な黒髪に物腰丁寧な口調は両親には受けが良い。

 しかし、テルは彼女のことが好きでは無かった。


 初めてあったのは確か半年も立たない前だったと記憶している。そのときは兄も一緒だった。


 それまでそういう風の無かった兄である。

 両親は「いつから付き合っているのか?」などと既に勝手に決めつけていたが、兄は「いやいや単なる職場のバイトちゃんで」と頑なだった。

 夜嶺も「尊敬する職場の先輩です」と釈明した。


 だが、テルはそんな兄の口調になんだか違うものが隠されているように感じられてならなかった。これは女の勘というやつだろうか?


「そうか、今日もあいつは帰れないのか」

「先輩の仕事は、今大詰めでして、手が離せないとのことでした」

「いつも申し訳ないわねえ、夜嶺さん。これ今日もお願いするわね」


 母親が兄の着替えを手渡した。

 そう、夜嶺は時々こうして、兄の帰れない日に着替えを取りに来るのだ。


「お兄ちゃん、言ってくれれば私が持って行くのに……」

「何を言ってるんだテル、もう夜だし危ないだろう。ここは夜嶺さんにお任せしなさい。……ああ、お前のことを心配しているんだからな」


 父親が、娘の心情を気遣いつつ話してくれているのがありありとわかる。

 テルは父に申し訳なさを少し感じた。

 しかし……。


「テルちゃん、お兄さんのお世話は私の仕事なんだから、安心して任せてね」


 お前にだけは任せたくないのだ。

 逆に安心なんてできない。


 心の中で怨嗟えんさの言葉が駆け巡る。もう我慢できそうにない……だが、そんなことを口にしてしまっては兄が困るだろう。

 兄の顔を思い浮かべながら、テルはそのギリギリな状況を隠しつつ、今日もぎこちなく笑顔を作りながらこう言うのだった。


「はい、お兄ちゃんのこと、よろしくお願いします……」

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