アット・ホーム

 テルの家はとあるマンションの5階にある。

 10階あるマンションなのだが、父親のなるべく地面に近いところがいいという意見と、母親のあまり地面に近いのはいやだという意見の折衷案せっちゅうあんでそうなったらしい。


 仲が良いのか悪いのか?


 5階になったということは悪くはないのだろうけれど、初めてその話を両親から聞いたとき、テルはちょっと両親の間を心配しつつ、自分とお兄ちゃんだったらどうだろう?お兄ちゃんのいいほうでいいかな、などと考えていたものだ。


 マンションのエントランス、共同玄関にはお世話用のメイドロイドがいる。

 もちろん、セキュリティも兼ねており、住人でないかどうか判断し、挨拶して通したり、問い詰めたりといろいろしてくれる。さらに、管理人としての役割もあり、24時間住人の相談にのってくれるようになっている。


 テルはいつもどおりにその管理人メイドロイドに「ただいま、ヨシノさん」と挨拶した。


 メイドロイドには、その個体ごとにつけられた名前がある。

 ペットにも名前を付け慈しむ、そんな人間とコミュニケーションを円滑にとるためであるのは言うまでもないだろう。この名前は購入者が基本的に命名することになっている。


 ヨシノという名前は古風に聞こえるかもしれないが、これはマンションの支配人が古風な名前好きなのでは無く、最近の流行というか、なぜかメイドロイドには日本風な古風な名前がつけられていることが多いのだ。

 最新技術に対する人の心理的な反発がどうのこうのと以前授業で習った気もするが、どうでもいいことに思えて、テルはあんまり覚えていない。


 こういうとテルがまるで、あまり気にしないタイプのように思えるだろうが、それは違う。


 例えば彼女は、小さかった頃、「ヨシノさんはどうやって私を私だって判断してるんだろう?」という疑問に初めて気づいたとき、気になって気になって一日中ヨシノさんの近くで観察していたものだ。

 その話を両親から聞いた兄は、そんな妹を心配してくれたのか丁寧に説明してくれた。


「メイドロイドは、他の場所にある大きなコンピュータにつながるようになってるんだ。その大きなコンピュータの中に、テルや俺の情報、外見とか住所とかいろいろ記録されてて、その情報をもとにいろいろしてくれるんだよ」


 兄の言葉はとてもわかりやすかった。

 まだ小さかったテルなので全部理解はできたとは言いがたいものの、なんとなく理解できた。そうに落ちた、というのが適当だろうか。


 さて、ヨシノさんはテルを認識すると「おかえりなさい、テルちゃん」と微笑みつつ、エントランスから中に入るための扉を開けてくれた。

 テルは「ありがとう」とおじぎをするとマンションの中に入った。そのままエレベータで5階まで上がる。テルの自宅は、エレベータを出た後左側4軒めにあった。


 各家の扉の前にはメイドロイドはいない。扉についているカメラがその家の住人であるかどうかを判断し開閉するようになっている。

 テルはいつもどおり、笑顔を浮かべながらカメラに手を振った。


 以前家に遊びに来た友人には、「作り笑顔なんてしなくていいのに、手の振り方もぎこちないし……テル、気持ち悪いぞ」と散々な言われようだったが、これは習慣であるので仕方ない。これをしないと気がすまないのだ。なぜかは自分にもわからない。


 兄は、「うん……テル、人にはその人に一番いいやり方ってもんがあるよな。大丈夫だ。お前は気にしなくていい」と言いながら頭をこれでもかという程なでてくれたのだが、流石に兄にべったりのテルにしても、かなり兄が気を遣ってくれたのはわかった。

 もっとも、兄が気を遣ってくれたということは嬉しかったが。


 大体考えてみると、その友人だって「こうするんだよ」と言いながら変なポーズをとっていたのだ。人のことはいえないはずだ。

 

「あ、タマヒメ、ただいまっ」


 家の扉が開くとそこにはテルの家のメイドロイド、タマヒメが出迎えてくれた。


 テルが小学校に入るか入らないかの頃に、そろそろ働きに出たいという母親が父親に相談して、結果として家に彼女、タマヒメがやってきたのだったが、この彼女がやってきた日のことは今でもテルは覚えている。


 春、マンションの前の通りの桜が満開だった。彼女が歩いて近づいてくる。気まぐれな風に吹かれて、桜の花びらが舞う。とても綺麗だった。


 タマヒメの外見は、20代後半くらいである。

 メイドロイドの外見年齢は購入者が選択することができるが、これも父親母親の「私の代わりなんだから私と同じくらいの年」「いやいやテルのお姉ちゃんくらいがいいだろう」という意見の真ん中だったらしい。


 テルからしてみればヨシノさんでメイドロイド慣れしていたので特に違和感はなく、むしろ外見など気にしない体で、7年ほど前から今まで変わらず、タマヒメとして慕っている。


 なんというのだろう、母親がわりでも姉代わりでもないけれど、でも家族、そんな不思議な関係性なのであった。


「おかえりなさい、テル」

「パパとママはまだ仕事から帰ってないわね?」

「ええ」


 時計を見ると17時を回ったところだった。


 もう少しどこかで時間を潰せばよかったか……今からでも、という考えが一瞬頭をよぎったが、父も母が帰ってくる前に自分が準備をしなければ、という使命感が勝り、彼女は素早く自分の部屋に手荷物を置くと、そのまま台所に向かった。


 冷蔵庫を見ると、今日のために準備された食材がたんとある。

 テルはそれだけで満足してしまいそうになった。


 ……いやいや、ここからが勝負!

 少なくとも両親が帰る頃にはほぼ準備が整っていなければならないのだ。


 今日はクリスマスなので、いつもの夕食より手の込んだ品が多い。

 料理が得意であると自負している彼女にしてもすぐに取りかからなければ。


「タマヒメ、始めるわよ」

「はい、お手伝いします」


 それから1時間ちょっとが経過したころ、両親が一緒に帰ってきた。

 いつもどおり待ち合わせたのだろう、仲の良いことであると、実の子であるテルも思わずにはいられない。


 机の上に並べられつつある品々を見て「おおー、テル、これはすごいな!」と父、「そこは、『流石お母さんの娘だ、宇宙一だ!』でしょ。お父さん」と母。


 いつものやりとりではあるが、今日はクリスマススペシャルなこともあり、母親の口癖「世界一」が「宇宙一」までグレードアップしている。

 自分の努力が報われているのを感じてテルは「当たり前でしょ」とややそっけない風に両親にいいつつも、嬉しさを感じていた。

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