第2話

「じゃあ要件は伝えたから、私はもう行くわよ」

  

 沙織先輩はそのまま勢い良くドアをバタンと壊れるくらい強く、というかヒビが入ってしまった位の強さでドアを閉じて部屋を出ていってしまった。

 何か武道でもしているのだろうか。

 可憐な姿からは想像がつかないくらいの怪力みたいだ。

 って、今はそんな事は重要じゃない。


「ええと、美里先輩これからどうし――」

「ど、ど、ど、どうしよぉおお奈央ちゃん。部活が廃部になっちゃうぅううう」

「お、落ち着いてください。まずは状況を整理しましょう」

「そ、そうだねぇ。え〜っと、何が起こったんだっけ?」

「錬金術の大会で優勝しないと廃部とか言ってたような――」

「そうだよぉおおおお。廃部にぃいいい」

「ですから落ち着いてください」


 ――それから美里先輩が落ち着くまで30分くらいを要した。


「それで、大会って何なんですか?」

「それはねぇ〜。毎年夏と春に全国の学校から錬金術をやってる生徒が集まって成果を発表して雌雄を決するすっごく大規模な大会があるんだぁ」

「――錬金術って結構全国的なんですね」

「まぁ、メジャーになったのはここ最近だしねぇ。けど、歴史を辿ると100年以上前から研究されているんだよ」

「そうだったんですか」


 ちょっと、胡散臭い気もするけど。


「それに最初の頃は錬金術なんて怪しい物なんて信じられるか〜とか言われてたんだよ」


 やっぱりそうなんだ。


「けど、最近は凄い錬金術師の人達が活躍してくれてるお陰で少しずつ社会で重宝されるようになってるんだ」

「その……それで結局大会って言うのは?」

「あぁ〜っ、そうだった。えっとねぇ。大会は学校毎に1チーム10人まででチームを組んで出場するんだよ」

「あの、今って私と先輩以外の部員は?」

「ん? 私と奈央ちゃんの二人だけだよ?」


 ……大丈夫なんだろうか。


「一人で出場して優勝した人とかもいるし人数は関係ないよ! ……たぶん」

「それって、凄く天才の人とかですよね? 先輩はともかく、私は今日が初めてなんですけど……」

「まっ、まあ人数の事は後で考えよう――」

「それで、どうやって勝負をするんですか?」 

「え〜っとねぇ。毎回ルールは違うんだけど大きく分けて二種類かな。錬金術で作った物を提出してそれを採点してもらう事と、錬金術で作った物で戦う事。それぞれの順位によって点数がつけられて合計が多いチームの勝ちだよ。まあ、たまに変な競技をやらされる事もあるけど対策出来るのは大きく分けてこの二種類だね」

「――錬金術で戦うんですか?」

「うん。爆弾や剣とかを錬金術で作るんだよ」

「その……危なくないんですか?」

「まあ、会場の不思議な力で死んだり怪我とかはしないから危なくはないよ。……気絶したりはするけど」

「危ないじゃないですか!」

「ま、まあ錬金術師も戦えないと色々と困るしね。それに錬金術の材料を探しに行く時にはどの道、戦うことになるんだし」

「材料を…探す?」


 なんだろう嫌な予感がする。


「そ、それもおいおいね?」

「はぁ」

「とりあえず今は夏の大会に向けて、練習を続けないと。それに出来れば部員も増やしたいし」

「錬金術をやった事無い人でも大丈夫なんですか?」

「そこは安心してもいいよ。錬金術は学校の勉強とかそこまで関係ないから。何も才能が無いと思ってた人が錬金術を初めて突然大錬金術師になる事だってあるんだから」

「そうなんですか、もしかしたらこの学校に凄い才能の人がいるかもしれないって事ですね」

「そうだねぇ〜。あっ、でも他人任せにしないで私達も練習しないとだよ」

「もちろんです」


 まあ、そんな都合の良い人材なんているわけないしひとまずは先輩と二人で活動する事になるんだろうけど。


「それじゃあ、練習を始めますか?」

「あ〜ちょっと待って。調合の練習もだけど、まずは資金をなんとかしないとね。奈央ちゃんついてきて」

「――はぁ」


 美里先輩の後ろについて廊下を進む。

 資金調達ってアルバイトでもするのだろうか?

 ――部室棟をでて隣の本校の校舎へと入って行き、購買部へと辿り着いた。


「あっ美里ちゃん。また何か買ってくれるの?」

「ううん。今日は依頼の方だよ〜」

「そっか。いつもありがとうね」

「まぁ。錬金術部はお金がかかるからね〜」


 私がついて行けずに立ちすくんでいると、気付いた美里先輩が話し掛けてきた。


「あっ、こっちは購買部のコウちゃんだよ。こっちは新入部員の奈央ちゃん」

「――その、初めまして」

「ふふ、今後のお得意様候補ってわけね」

「えっと、先ほど依頼とか言ってたようですがアルバイトをするのですか?」

「う〜ん。ちょっと違うけど似たような物かな。これを見てみて」


 美里先輩は購買部の隣に設置してある巨大な掲示板から、そこに貼ってある紙を一枚目外して私に見せてきた。


「えっと、陸上部のスタートする時に足を置くアレの修理――てすか?」

「うん。この学校はこういった雑用をこの掲示板に張り出していて、解決したらこの学校で使える専用の金券が貰えるんだ〜」

「現金じゃないんですね?」

「まあ、さすがに学生同士でお金のやり取りはね〜。でもこの購買部で使えるから、色んな素材や道具を買ったりできるんだ〜」

「ここで素材を?」


 購買部の商品を見ると、よく見るボールペンやノートなどの日用品から見た事もない草のような物や遠心分離機のような誰が買うんだと言う様な物が並んでいる。


「……いったい何処で仕入れてるんですか?」

「おっとぉ。購買部の飯の種を聞いちゃぁ行けないよ」


 コウちゃんは人差し指を口の前に置いて秘密だよとポーズを取る。


「美里先輩。この人いったい何者なんですか?」

「えっ? 私のクラスメイトだけど? 一年生の頃からコウちゃんと生徒会の沙織ちゃんとはずっと同じクラスなんだ〜」

「普通の学生なのですか?」

「まあ、私は販売がメインで仕入れは先輩がほとんどやってるんだけどね〜。ホント何処で仕入れてくるんだろ」

 

 まあ、扱ってる商品についてはあまり踏み込んで聞かない方が良いのだろう。


「あっ、この依頼が報奨金が凄く高くて良さそう。――フムフム、危険も無さそうだし。コウちゃん、この依頼でお願い」


 美里先輩は紙をコウちゃん先輩に渡して依頼の手続きを始めた。


「オッケー。じゃあ頑張って来なさいよ」

「うん。じゃあ奈央ちゃん行こっか」

「はい」


 私達は部室棟に戻って錬金術の部室へとの帰り道を歩いていた。


「ところで、どんな依頼を受けたんですか?」

「えへへ〜魔獣退治だよ」

「へ〜。そうだったんですか……ん? 魔獣?」


 ――聞き間違いだろうか。

 まっ、まあとりあえず部室に戻ったら依頼書を見せてもらおう。


 私達は部室の扉を開いて部屋に入って行く。

 部屋の中は相変わらず爆発して散らかっていた。

 出かけた時と全く同じ部屋に、見知らぬ女の子が漫画を読んで座っている。

 女の子はこちらに驚いたようで、警戒しながら話し掛けてきた。


「誰? ここは希(のぞみ)の秘密基地なんだよ」

「あの〜ここは錬金術部の部室なんだけど」

「貴方いったい誰?」

「――錬金術部? 入り口に何も書いてなかったんだからここは希の物なんだよ」

「美里先輩、ここ部室じゃないんですか?」

「そっ、そんなはずはちょっと待ってて――」


 美里先輩は部室の外へと走っていって、しばらくして看板のような物を持って戻ってきた。


「爆発した時に看板が吹き飛んで行っちゃったみたい」

「――真っ二つに折れちゃってますね」

「ふ、ふんだ。それじゃあここが何部なのか解らないからねっ」

「――困りましたね先輩」

「そうだ。錬金術で直しちゃえば、あの娘も納得してくれるんじゃないかな?」

「錬金術ってそんな事も出来るんですか?」

「もっちろん。――そうだ、せっかくだし奈央ちゃんが直してみない?」

「私で大丈夫なんですか?」

「私も手伝うから大丈夫だよ。ねっ、やってみない?」

「解りました。それではやってみます」


 先輩は紙にさらさらとメモを書いて私に渡してくれた。


「この材料を使ってみて。足りない材料はそこのコンテナに入ってるはずだよ」

「――あれですか?」


 部室の片隅に少し大きめの木で出来た四角い箱のような物が置いてあった。

 私はコンテナを開けると、中はとてつもなく広い空間が広がっていた。

 

「せっ、先輩。何ですかこれは?」

「あ〜錬金術って色々と使う物が多いから、材料の保管場所は広くないとね〜」


 それにしたって明らかにおかしい。

 絶対にコンテナの大きさより大きい物まで入っている。

 あの先輩って、ああ見えてかなり凄いのだろうか。

 とりあえず驚くのは後回しにして、私はメモに書かれている素材を取り出した。

 そのまま大釜に素材と折れた看板を入れて、先輩の杖を借りてクルクルと中をかき混ぜ始めた。


「なになに? 何してるの?」

「えへへ〜今からあの折れた看板を直すんだよ〜」

「何それ! 希も見たい」

「あ〜調合中は危ないから近づかないようにね〜」

「ええ〜。希もみ〜た〜い〜」


 希と名乗る少女は錬金術に興味を持ったようで、先輩にちょっかいをだしているようだ。

 けど、今の私はそんな場合じゃない。

 失敗しないように錬金釜の中だけに集中して、かき混ぜ続ける。


 ――数分後。


「――出来ました」

「おお〜っ」


 私は中から元通りに直った錬金術部の看板を取り出した。

 希ちゃんは驚きながら看板をツンツンと叩いたりしている。


「う〜ん。どうやら本当にここは錬金術部の部室みたいだねぇ……」

「――いや、だから始めからそう言ってたんだけど」

「ううう、せっかく希が授業後にダラダラ出来る場所を見つけたと思ってたのに〜」


 希ちゃんは狭い部室の中で転がりながら駄々をこね始めた。

 これはいったいどうすればいいのだろうと思っていると、美里先輩が希ちゃんに近付いて行った。


「ねぇ、希ちゃん。良かったらウチの部活に入らない?」

「……えっ!?」


 希ちゃんは少し驚いた様子で美里先輩を目をパチパチさせながら見返している。


「名前を貸すだけでもいいし、ちょっと手伝ってくれるだけでも私達は助かるんだけどな」

「――え〜と。ところでここは何をする部活なの?」

「……そういえば知らないで部室に侵入したんだっけ? まあ私も入部したばかりで詳しくは解らないんだけど」

「ね〜っとねぇ。大まかに説明すると錬金術って言うのは鉄や銅を分解して金や銀に錬成(れんせい)する事なんだ。最近では金属以外も錬成出来るようになってきて、元々の物質をより完全で高次元な存在へと変化させる力……かな?」

「……難しくてよく解りません」

「要するに何か凄い物が作れるって事なんだねぇ」


「まあ、最初はそんな感じでいいんじゃないかな。――それで、希ちゃんはどうする?」

「――う〜ん。何か面白そうだし、とりあえず入って見るよ」

「先輩。これで部員が三人になりましたね」

 

 ――やる気があるのかは少し心配だけど。


「そうだね〜。私達はこれから依頼を解決しに行くけど、希ちゃんも来てみる?」

「うん。行ってみるよ」


 ――ほっ。

 何か嫌な予感もするし、誰であれ人数が増えてくれるのは嬉しかった。

 私達は部室から出ようとすると、美里先輩が入り口付近でくるりと反対を向いて私と希ちゃんに向き合った。


「そうだ、まだ挨拶をしてなかったね」


 美里先輩は軽く咳払いをしてから満開の笑顔を作って。


「ようこそ。祈ヶ丘高校 錬金術部へ」


 

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