祈ヶ丘高校の錬金術部

てんつゆ

第1話

「諸君等は今年から栄誉ある祈ヶ丘(いのりがおか)高校の生徒となったわけだが…………」


 私は入学式の校長先生の退屈な話を適当に聞き流しながらあくびを噛み締めていた。

 何てこの世は退屈なんだろう。高校生になれば刺激的な生活が待っていると思ってたのに、この調子だと中学の時と大した変化は無さそうだ。


 先生の挨拶が終わり、後は帰宅するだけだけになったのでクラスメイトとのおしゃべりは程々に終わらせて下駄箱から外に出るとそこには苦手な景色が広がっていた。


「君からはなかなか素質を感じるね。陸上部で共に走らないかい?」

「それより君、映画とか興味ない?」

「麻雀って楽しいよね!」

「バスケ部なら即レギュラーになれるよ!」


 私は高校では部活に入らないと決めていたのでうっとおしい声を無視して校門に向かう。


「――ねえ君。錬金術とか興味ないかな?」

「錬…金…術……ですか?」


 やっちゃった、聞き慣れない言葉につい足を止めてしまった。

 そこには何か変な格好で杖を持ったいかにも怪しそうな人が立っていた。

 これ系の人と関わると面倒なことになるので、早めに退散しなくては。


「――興味無いです」


 歩き出した私に、おかしな格好をした先輩? が抱きついてきて離れようとしない。


「ああああ。ちょっと待ってぇ話だけでもねっ? ねっ? いいでしょ。新人が入らなかったら錬金術部がぁああああああ」


 ……なんだこの人。

 急に泣き出しちゃったけど私はどうすればいいんだろう。


「ぐびっ。名前だけでいいからああ。お願い致しますぅううう」

「……わかりました。名前だけでいいなら入りますから離してください」

「本当?」


 さっきまで泣きながら私に抱きついていた人は急に元気になって笑顔を見せてきた。

 

「いやぁ。去年先輩がみんな卒業しちゃって、今年新入生が入らなかったら廃部になる所だったんだよね」

「――知りませんよ」

「じゃあ、明日から活動だから授業が終わったら部室に来てね」

「えっ。ちょっと――」


 おかしな格好をした人はこちらの返事を聞く前に走って行き、次の勧誘をしているようだ。


「……入学早々、変な人と関わってしまった」

 

 まあ、ヤバそうな部活ならすぐに退部しよう。

 たしか最初の一ヶ月はお試し期間で自由に辞めることが出来たはずだ。


 私はおっくうになりながら家への帰り道を歩いていると、ふと本屋が目に入ったので気晴らしに寄り道をしてみる。


「今ってどんな本が流行ってるんだろ」


 私は店員おすすめの棚を流し見しながら歩いていると、ある一冊に目が止まった。


「……錬金術入門書?」


 自然とその本を手に取ってパラパラと読んでみる。

 入門書なのに専門用語だらけでよく解らない。

 あの先輩、これが理解出来るってことはかなり優秀なんだろうか。

 

「……まあ、何も知らないで行くよりはいいかな?」


 私はその本を持ってレジへと向かう。


「えーと。この本の値段はっと…………えっ!? 4000円!?」


 嘘でしょ!?

 入門書なのにこんなにするの?

 ……財布に入ってたかな。


 私は財布を開いてお札を数える。


「……ギリギリ……かな」


 思ったより高い出費をしてしまった。

 ……そもそも何でこんな本を買ってしまったんだろう。


 家に帰った私は制服のままベッドに寝転がって入門書を読んでいく。


「ほへぇ〜。なるほど、こうなってるのか〜」


 最初は難しいと思ったけど、読み進めていくと結構わかり易く書いてあるみたいだ。

 私はしばらく本を読み進め、気が付いたら数時間立っていた。


「結局全部読んでしまった……」


 錬金術って意外と奥が深いのかもしれない。

 私は明日から始まる生活に不安を感じながらも、少しだけ期待もしていた。


 ――次の日。

 授業が終わり、各々が部活や帰宅に向かう中私は錬金術部の部室に向かっていた。


「そういえば、場所を聞いてなかった……」


 おそらく文化部? だと思うので、文化部が入っている部室棟を一つ一つ確認しながら歩いているみる。

 

 すると、髪の長い美人な女生徒が歩いてきたので場所を聞いてみることにする。


「あの〜。この辺に錬金術部の部室ってありますか?」

「錬金術部ですって!?」


 なんだろう。

 なぜだが凄く嫌な予感がする。


「貴方。錬金術部に入ったの?」

「あ〜その。まだ仮入部といいますか……」

「ぐぬぬ。せっかく問題児の先輩達が卒業して今年こそなんとか出来ると思ってたのにぃいいい」

「……あのぉ」

「コホン。まあいいわ。他にもやりようがあるもの。錬金術部なら一番奥の部屋よ」

「……あっ、ありがとうございます」


 この学校はこんな先輩ばっかなんだろうか。


「ちょっと貴方」

「えっと。なんでしょう?」

「あの部活に入るって事はそれなりの覚悟をしておいた方がいいわよ」

「はっ、はぁ……」


 先輩は私にビシッと指を指して宣言した後、歩いていってしまった。


「本当になんなの……」


 廊下をしばらく歩くと、古びたプレートに錬金術部と書いてある部屋を発見した。


「……ここ、だよね?」

 

 私が部室に手を掛けようとすると、中から誰かが飛び出てきた。


「わ〜っ。爆発するから逃げてぇええええ」

「えっ?」


 物騒な言葉に私は考える暇もなくその場から走って逃げる。

 ――数秒後、凄い爆発音と共に錬金術部の中から黒い煙が廊下を覆い尽くした。


「――ケホッ、ケホッ。いったい何が?」


 私は起こったことに理解できずにいると、遠くから先程道を訪ねた人が大急ぎでこちらへと走ってくる。


「こぅるらぁあああああ美里。まぁた貴方の仕業ねぇええええ」

「あっ沙織ちゃん。えへへっ、また失敗しちゃった」

「また失敗しちゃった。じゃなぁああああい。いったいアンタの部活は何回やれば気が済むのよ」

「錬金術に爆発はつきものだよ!」

「私は爆発させるなって言ってるの!」

「あのぉ……いったい何が起こって……」

「あっ、昨日の新入部員さん。ちゃんときてくれたんだねっ」

「私の話を聞けぇええええ」


 ――数分後。


「――ぜぇっ、ぜぇっ。いい事、美里。あんまり問題を起こすと生徒会が黙ってないんだからねっ」

「大丈夫だってぇ〜」

「わかってないでしょ!」


 沙織と呼ばれた先輩はそのまま帰っていってしまった。  


「――え〜と」

「あっ、こんな所で立ち話もなんだしとりあえず部室に入って」

「はぁ……」


 私は美里先輩に案内されるまま部員へと入って行く。


「――これは」


 部室の中は爆発のせいでめちゃくちゃになっていた。


「あはは〜。まあ、こういう事ってよくある事だから」

「爆発がよくあるんですか!?」

「あ〜でも、最近はだいぶ減って週一くらいだよぉ〜」

「週一で……爆発……!? やっぱり私帰らせて」

「わああん。ちょっとまってぇえええ」


 先輩はまたもや私に抱き付いて泣き出した。


「錬金術って、とっても楽しいから。ねっ? 少しだけやってみない?」

「まあ、せっかくここまで来ましたし少しだけなら」


 へんに期待されるのも嫌だし参考書を買った事は言わない方がいいのかな?


「じゃあ、まずは中和剤を作ってみようか」

「中和剤ですか?」

「うん、錬金術の基礎中の基礎だよ。ちょっと待ってて」


 先輩はビーカーに水道水を入れて、部室の真ん中にある大釜へと入れた。


「水道水で良いんですか?」

「まあ、本当は品質の良いミネラルウォーターとかがいいんだけど、うちの部は部費が少ないからねぇ〜」

「――大変なんですね」

「まあ、しかたないよぉ〜。ちょっと見ててねぇ〜」


 先輩は水を入れた大鎌を杖のような物でくるくるとかき混ぜ始めた。


「えへへっ。く〜る、く〜る」


 先輩は30分くらいかき混ぜ続けている。


「でっきたぁ〜」

「結構時間がかかるんですね」 

「まぁねぇ〜」


 先輩はビーカーで釜の中の物をすくうと、先程入れた水とは違う液体が出てきた。


「何ですかそれは?」

「これは中和剤って言って、色んな物を中和するんだよぉ〜」

「意味が解らないのですが……」

「まあ、すぐに解るようになるよ。じゃあ次は……え〜っと……ごめん名前何だっけ?」

「ああ、そういえば自己紹介をしてませんでしたね。奈央です、今年入学しました」

「奈央ちゃんかぁ〜。私は美里、二年生だよ。ちなみにさっき話してたのは沙織ちゃん。私の幼馴染なんだ」

「そうだったんですか、それではよろしくお願いします。美里先輩」


 ――あれ、なんだか先輩の様子がおかしいような。


「――ぐふふっ。先輩かぁ。そうだよねっ、私も先輩になったんだし、しっかりしないとだよねっ」

「よっ、よろしくお願いします」


「じゃあ私がしたのと同じ感じでやってみて」

「はいっ」


 私は水道から水をビーカーに入れて、そのまま大釜へと投入した。


「あとは混ぜるだけだよ。今日は私の杖を使っていいからね」

「はいっ」


 私は慎重に釜を混ぜていく。

 見てるときは思わなかったけど、30分間ずっと釜を混ぜているのはかなりの重労働だ。


「奈央ちゃん。そろそろじゃないかな?」


 私は釜を覗いてみると、先程先輩が作ったような液体が釜の中で完成していた。


「出来ました。出来ましたよ先輩」

「わぁ〜っ。いきなり出来るなんて凄いよぉ。奈央ちゃん天才だよぉ」

「いやぁ。実は昨日本屋で買った本に――」


 しまった、こっそり予習してたのがバレちゃう。


「本屋? もしかして駅前の本屋で錬金術の本を買ってくれたの?」

「あーその。偶然目についたと言いますか……」

「あそこの本屋は私がバイトしてておすすめコーナーも担当してるんだぁ」


 ――アンタの仕業かい。


「……へぇ。そうなんですか……」

「少しでも錬金術に興味を持ってくれる人が増えたらいいなって思ってね。けど、やってよかった。だって奈央ちゃんが読んでくれたんだもん」

「――先輩」


 この先輩は本当に錬金術が好きなんだな。

 私も興味が出てきたし、もう少しだけならこの部活を続けてもいいかな。

 

「じゃあ、今日は基本的なのを作って今度、私のレシピを――――」


 ――ドタン。

 不意に部室のドアが開け放たれた。

 ドアの向こうには沙織先輩がなにやら紙のような物を持って立っていた。


「あっ、沙織ちゃん。今度はなぁに?」

「生徒会の決定が下りました。錬金術部は二年以内に全国錬金術大会で優勝しなければ廃部とします」


「ええぇ〜っ」


 これが、私と先輩。

 そして、これから入部してくる仲間達との物語の始まりでした。

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