第8話
「雪が屋上でイジメられてるんだッ!」
ゾワっと、体の置くから湧き出るものを感じた。
月汰のことを汲み取ってか、智乃は机に広げてある弁当を片付け始めた。
「ふーん、で?」
「え?」
「は?」
弁当を片付けていた智乃はもちろん、喋ることすらままならなかった下篠も苦しさを忘れたように呆けた声を上げた。
「女同士の喧嘩に男が挟まる理由なんてある? 無粋ってもんじゃないの?」
「女の子だけじゃないの! 男の人も三人いてッ」
「え!? それって間に合うの?」
「だから今急いできたんですよ!」
酷い血相で急かしてくる二人とは対照的に、俺はゆったりとした雰囲気を纏いながら箸を進める。
「ほら月! ご飯なんて食べてないでさっさと助けにいくよ!」
「……別にいいよ。それに男がいたってそこまでのことは学校ではしないよ」
「あんたってやつは。彼女はイジメられてるのにそんなのかよ! 夢と同じように助けてやれよ!」
無鉄砲に胸倉を掴み上げられ、箸を落としてしまう。
「夢ってなぁ。てかさっきいったけど、俺は今はそこまであいつのことは好きじゃないんだよ。なのに男三人と喧嘩になるような危険を背負ってまで助けはしねぇよ」
「好きじゃなかったら、彼女でも助けないって? 危険があったら助けないって?」
「だからさっきからそう言ってるだろ」
「なら。あんたは助けなきゃいけないわね。だってあんた見てたら分かるもの。なんか変な蓋はしてるけど、ちゃんと好きだってことが」
「だから好きじゃ……」
言葉が詰まる。
蓋を好きだけど、好きという気持ちはある。
蓋が何かなんて分からないし、好きという実感もわかない。でもなぜかしっくりと、嫌になるほどに説得力が今の俺にはある。
感情に何かの蓋をしてしまっているのではないのだろうか。
もし、その蓋があるのならば……。
それでも俺は。
「好きだとしても俺は助けには行かないよ」
これにも蓋をしてしまえばいいだけのことだろう。
だがそれを良しとしないように、ダンッという音を立てて智乃がテーブルに手をおきながら、俺を見下すように席を立った。
「私、あんたのそーゆうとこ、一番嫌いなんだけど」
「おう、なら俺は自分のそういうところが一番大好きだわ」
「ふざけないで!」
威嚇をするように声を荒げてくる。
先ほどの下篠が教室に入ってきたときはヒソヒソと小話をされる程度に留まったが、今回はさすがに流せずにいるのか、教室の注目が一身に集まった。
「分かってるの!? あんたがカッコいいと思ってやってることの全部、一番かっこ悪いんだよ!」
「流石にかっこ悪いのは嫌だけど、そう思ってるのお前だけなんじゃねーのか?」
「またそうやって。あんたがそうやって誰かに嘘吐くたびに悲しそうな顔をしてるのが一番かっこ悪いって言ってるんだよ!」
「はぁ?」
帰ってきた前後が噛み合わない言葉に困惑をする。
俺が嘘を吐く度に悲しそうな顔をしてるのか?
ためしに自分の顔を触ってみるが、少し目元が歪んでいる程度で、悲しんでいるとは到底感じられない。
「それが悲しんでるのよ! 今も! 自分は悲しんでないって思ってるでしょ!」
パッとしない顔を浮かべた俺に怒鳴りかけてくる。
俺は心情をあてられたことに驚きはするが、顔には出さない。
「だからかっこ悪いのよ! 本気で思ってないから、嘘っていう板を挟んでるから。本当の気持ちを出すのが臆病だから! あんたはかっこ悪いのよ!」
「さっきから聞いてりゃ人のことをかっこ悪いかっこ悪いってよ。お前は俺の何なんだよ!」
俺が席を立ちあがり目線を合わせようとしたところ、一瞬、前に拳が現れた。
「――ッがぁ!?」
顔面を殴られた。
「私はあんたの幼馴染よ! だからあんたには幸せになってほしいって思って諦めたのに! それなのにお前はなんだよ! 怖いから嘘を吐くって? 臆病だから本気にならないって? お前の本心はどうなのよ! お前が隠した本心が訴えてんだろうが!」
殴られた勢いで後ろに倒れこみ、その先には椅子や机などがあり、それを倒し、大きな音を立ててしまう。
いつまでが智乃しか声を出していなかったのか。そう思えるほどに、割れんばかりにクラス中が声に溢れた。
ざわつく内容は、先生を呼んで来いだのや、先に智乃を何とかと、なぜ智乃が暴れているかの理解が出来ていない。
「お前は、お前の心は胴なんだよ! 助けたいんだろ? 助けたいのに怖くて情けなくて痛いんだろ? 臆病で悔しいんだろ?」
そこまで言うと、クラスの混乱を収めるためか、手を伸ばし落ち着くように指示する。
冷静さを欠いたクラスの皆は、その原因を作った本人でも指導者に回ればその冷静が戻る。
皆は拭いきれていない不穏な雰囲気に黙りはするが、日常に戻ることはない。
だが智乃はそれだけで十分だったのか、また口を開ける。
「今は本当にかっこ悪いよ。でも。今助けに行ってやれば准条さんにはくそかっこよく映るぞ!」
「――ッ!!」
その言葉を聞いた途端に俺の体は動いていた。
その言葉を聞いたと単に、先ほどまで走っていた動悸も止み、機能から続いた違和感は爽快に変わっている。
「やっぱり俺はあいつのことが好きなのかも……いや」
――好き、なんだ。
「はぁ、今日は生徒指導室でお説教、かな?」
卯園がいなくなった教室で、智乃は自傷気味に呟いた。
「ならなんであんなこと、したの?」
「それはね下篠さん」
――私がまだ月のことが好きだからだよ
小さな声ではあったが、それはしっかりと下篠の耳には入った。
だが呆けた表情で、ゆっくりと歩いていく智乃のことをみることしか出来なかった。
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