第6話

 退屈な授業。それは何か。

 大体の場合が教師だったり、好き嫌いの科目だったりとするが、俺にとっては些細な事だ。

 退屈な授業。それ即ち、全部の授業なのだ。


 そしてなぜ、俺がこんなにもご機嫌かというと。


 「あーら月汰くん。今日は遅いんだねぇ。お寝坊かい?」


 「杉田のおばさん、おはようございます。そうなんですよ、今日は珍しく寝坊しちゃって」


 寝坊で午前中の授業を受けなくて住むからだ。


 居間は正午とまでは行かないが、いつものように朝の登校ではなく、太陽が完璧に上がっている時間帯だ。通いなれているはずの通学路が日光に照らされ、とれも華やかで明るいものにかわり、俺の気分を高揚させる。


 「フフフーンフフーンフフフーン」


 いつの間にか流れていた鼻歌を気にする事もなく、近所の人が朝、地面にまいた水で程よく濡れた通学路を歩く。

 さすがに朝のような食卓での会話などは聞こえてはこないが、通勤ラッシュという騒音にも似た大量の車の音は控えめに日常に溶け、母親たちの近所同士の花を咲かせている会話もよく思えてしまう。


 「……本当に最高だわ」


 声を荒げるのを抑え、ひっそりと呟く。


 でも、学校に行くのは嫌だけど。






 二、三度深呼吸をする。

 普段はありえない遅刻だ。遅刻してからのみんなが集中している教室に顔を出すのはほんの少し緊張がある。


 「……よし」


 覚悟を決めた俺は、大雑把にも教室の質素なドアを引いた。


 「おはーっす」


 中に入れば、皆一斉にこちらを向いてくる。

 俺もよくする奴だ。

 誰か入ってくれば無償に気になって、みんなに合わせて一緒に後ろを向いてしまうやつ。

 実際にやるのは少し小恥ずかしいものだ。髪型は変でないか、顔は崩れていないか、ズボンのファスナーは下がってはいないか、など心配する必要のないことばかり急に意識してしまう。


 「……」


 俺は平然を装い、自分の席に向かう。

 注目を浴びるのはほんの僅かな間だけで、歩き始めた頃には殆どが見ていない。

 少し寂しさを覚えながら、友人に、俺の前の席に座る女性、智乃とものあいに声を掛けた。


 「おっす智乃。珍しく寝坊しちゃったよ」


 「へぇー、寝坊だったんだ。あんたにしては珍しいじゃん。何かあった?」


 「ちょっとな。まあ夢の中でだけど」


 異性だというのに、中々にフレンドリーに会話を返してきてくれてる彼女は、俺の小学校からの友達で幼馴染だ。


 眠たげに中途半端に閉じており、髪も肩にかかり、少し伸びている程度で、所々に跳ね毛が見られ、髪の手入れを怠っている事が分かる。

 それ以外にも、膝にかかる程度の今時では少し長いと考えられる長さのスカートに、第二ボタンまであけたYシャツに、それに下着が見えないようにと赤色のリボンでとめている。

 口調も興味なさげで、ザ・サバサバ系女子というべきものだ。


 「んで? 今の授業は?」


 「見てわからん? 現代文」


 「あぁ。だからお前そんなにやる気がないのか」


 智乃は国語が、特に現代文が苦手らしい。普段は小説というか、ライトノベルというものを読んではニヤケてを繰り返している友のだが、ラノベと小説とではまるで違うといい、興味どころか理解をしようともしていない。そのせいで授業に着いていけずに苦手科目となっている。


 「あ、言い忘れてたけど、おたくの彼女さんがさっきまですっごいしぼんでたよ」


 「しぼむってお前……いや、お前が合ってたわ」


 智乃の指摘で雪の座る前列を見てみてば、明らかにおかしいほどに浮かれていた。

 きっと先ほどまで俺がいなくて寂しくて智乃のいう萎んでおり、今は俺が来たことで喜んでウキウキなのだろ。

 やめろよそういうの。不意にも可愛いって思っちゃうだろ。


 「おーい卯園、教室に来たなら早く座って授業を受けろ! 智乃、お前もシャキっとせんか!」


 「分かってるよ……そんなに叫ぶと少ない毛までなくなっちゃうよ?」


 「う、卯園! 言ってはならんことを。それに俺はまだまだ髪はあるわ!」


 「あー、はいはい」


 「……はぁ、これだから可愛くない生徒は」


 いつものように俺が煽り、先生が怒り、それを軽く受け流して勝手に失望する。

 そんなことに、クラスの少数は微笑を漏らす。

 先生への哀れみか、それとも単に俺と先生とのかけひきが楽しく見えたのか。

 俺はため息を吐いた。

 いつもと変わらない日常に。


 「ほらほらー。授業の続きやるぞー!」


 先生の一言で、授業が再会された。

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