第3話
本当に、なんであんなことしたんだろうな。
後悔に後悔が募るのは、中庭のお昼時。
俺が座る三人ほど入るであろうベンチの隣に雪は座って、楽しそうな笑顔を浮かべている。
今も鼻歌を奏でながら、膝に乗せたバケットの紐を解いている。
でも、まぁこんな風に過ごすのも悪くはないかな?
確かに俺は雪のことが面倒だし、付きまとわれてあまりいいとは言えない気持ちになるときもある。
だがそれは嫌いという感情に変わることはない。
可愛い子に笑顔を向けられたり、友好的な態度をとられれば嬉しくなるのは当然だ。
ふと、辺りを見渡した。
レンガ造りの地面に、円を描くように配置されたベンチの中に植えられている四季折々を見せてくれる大樹に、綺麗な校舎の肌色。
その他にも気まぐれに飛んでくる青の小鳥や程よく肌を撫でる風。
なによりのものが、肌が触れあい、伝わる雪の熱。
「ん? どうかした?」
長い事見つめていたら、首を不思議そうに傾げてきた。
「ははっ。なんでもないよ。あるとしたら雪がかわいいってことだけだよ」
そっと撫でてやると、意地らしく体を倒してきた。
恥ずかしいのか目を瞑っているが、顔が赤く、唇も硬く結んでいる。
「なんだ? ご飯はいいのか?」
「そ、その……今はいい」
そう答えた雪の顔には余裕が無いのは丸分かりだ。
ほんの少しだが、普段よりも鼻息は荒く、緊張している事が伝わる。
「そうか」
そう言って、緊張をやわらげさせるために頭を撫でた。
「やっぱり月くんはやさしいね」
「は? なんで俺が優しいの?」
嘘に嘘を重ねて交際を続ける俺が優しい筈もないし、それにいずれは分かれようとも思うほどだ。こんな男が優しいわけがない。
だが雪は本当に俺のことを優しい人間だと思っているのか、今も撫でている手を嬉しそうに受け入れてくれている。
「だって撫でてくれるもん。それに私のわがまま聞いてくれてるし」
「……別に。たいした事じゃねぇよ」
「ふふっ。やっぱり月くんは優しいよ」
そう言うと、さらに抱きついてくる腕の力を強めてくる。
微妙に伝わるのは、布地の上からも違う、肌とは違った、柔らかい感覚。
それが俺の腕を抱きしめるたびに擦り着けているのではないかと思うほどに揺れる。
どうしてもその感覚が卑猥な想像を加速し、顔を赤面させていく。
「な、なぁ、雪、すこし離れてくれないか?」
「えー? なんでー?」
雪の胸が腕に触れ恥ずかしがっていることを気づいているのか、俺で遊ぶように悪戯な笑みを浮かべる。
「もしかしてまだ恥ずかしいの? もう付き合って一ヶ月は経ってるんだよ?」
俺と雪が付き合い始めてからは既に一ヶ月ほどの時間は過ぎていた。
だが、未だに手をただつなぐ程度のことしかしていない。
すこし焦らしすぎた、とでも言えばいいのか、登下校時などは何か物足りないような視線を向けてきている。
「それじゃあもっと恥ずかしいことしたいの?」
「……もう」
恥ずかしそうに顔を赤らめ、腕を放す。
行き手を失いすこし宙を彷徨う手は、バケットに行き、蓋が開けられた。
「今日はサンドウィッチか」
加工された木で造られたバケットから察する事は出来たが、やはり中身はサンドウィッチだ。
中に入っていたのは、水々そさを表すようにレタスやトマトが入っていたり、僅かながらだが肉の要素でハムや薄切りにしたカルパスなどが挟まれている、三角形の普通のサンドウィッチだ。
「昨日ママからサンドウィッチに合う具材とか貰ってたんだー。どう? 美味しそうでしょ?」
「ああ、美味しそうだ。今度家にお邪魔したときにお礼とか言っておかないとな」
「そうだねっ!」
母親を褒められるというのは嬉しいことなのか、気分を高める。
それとも俺に何かを褒められるのが嬉しいのか。
雪の母親は料理研究家や料理人ではないが一児の母ということもあり、それなり以上には料理が出来る。
以前にお邪魔したときには、夜にポトフを出され、調理時間が短い割にはとても美味しかった事がいまだに記憶に新しい。
「それじゃあ、月くんにはこれ! 召し上がれ!」
「ありがとな。んじゃいただきます」
渡されたトマトとレタスの野菜のサンドウィッチを口に入れる。
パクリ、とパンに歯を立てると、ふんわりとしたパンの触感が現れ、そして噛み進めるとトマトとレタスの歯ごたえが現れた。
どちらも美味しいものを使っているのか、トマトの果汁がパンに絡みつき、パンのすこしくどい触感を、レタスの歯ごたえで相殺している。
本当にこの野菜サンドウィッチを作った人には感謝だ。
ふと隣を見てみれば、そこには真剣そうにこちらを見つめこんでいる雪が居た。
「……ん? どした?」
「え? あ、いや……おいしい、かなって……」
期待に膨れた頬の色彩を隠した雪は、残念そうに、バケットに手を伸ばした。
きっと「美味しい」といってくれることを期待していたのだろう。
だがいつまでたっても美味しいということや、味に関しての評価を言ってきてくれないことに落ち込んでしまったのだろう。
美味しくないのかな……と。
俺はそんな表情を見ると、一気に口に詰め込み、雪の頭を撫でてやる。
「そんなに落ち込むなって。ちょっと意地悪しただけだよ。それに雪の作ってくれたやつが美味しくなかった事あったか?」
「なかった、けど……」
「ならそれでいいじゃん。美味しいんだから」
「……うん! 月くんが言うならそれでいい!」
うん、ほんの少しウザったい。
なぜこうも思ったことを誰かに言われたから直ぐに意見を返るのか。
先ほどまでの落ち込みが演技だったかのように直ぐに持ち直したり。
なぜか雪には馬が合わないのか引っかかるところが多少なりとある。
でも雪の顔を見ればそんな気など直ぐにうせてしまう。
「あっ、もう一個いい?」
「うん! もっと食べていいよ!」
未だに不安げの残る翳た表情。
平然を装うためにほんの少し上げた声のトーン。
それを悟らせないために歌う鼻歌。
その動作全てが、俺のためだけにというプレミア感を纏い、俺をたらしこむ。
「……くん、月くん? 食べないの?」
「っえ? あ、あぁ、いや、戴くさ」
考え事をしすぎていたせいで、雪から差し出されたサンドウィッチに気づかなかった。
またしても反応をよこさなかった俺を怪しんでか、プクリと頬を膨らませ、少々お怒りのようだ。
「もう。この可愛い雪ちゃんをほったらかしにして、なに考えてたのかなぁー?」
「そ、そんな怒るなって」
「えー、でもなー」
すこし俺を見つめるt、直ぐに口から空気を吐き笑顔になる。
絶対に遊んでいるだろと思うほどにニマニマとしつこく笑顔を見せ付けてくる。
「あーあー! もう、考えてたのはお前のことだよ」
「え? 私のこと?」
完全に予想外だったのか、呆けた顔を見せる。
「ああ。雪が可愛いとか雪が好きだと雪を愛してるとか……それに」
「それに?」
「雪を今すぐにでも押し倒したいなーって」
「ももも、も、もう! なに言うのよ!」
「えー、だって雪、次のステップに進みたいとかどうとか言ってたじゃん」
「それはっ、そう、だけど……さ?」
恥ずかしそうに顔を鎮める。
自分が今先ほどなにを言ったのか意識したのだろう。
「だめなの?」
そう聞くと、恨めしそうな視線を向けてくる。
嘘は吐きたくない。でも恥ずかしいのだろう。
そんな思考に葛藤され悩まされる顔は実にそそられる。
「だめ……じゃないよ」
「……言うねぇ」
返答を聞くと、それっぽく、太ももに置く片方の手に俺の手の平を重ねる。
ゆっくりとその手を動かし、布越しに雪の太ももをさする。
「つ、月、くん……まだ、。早い、よ。それにお昼、だし……」
拒絶、までは行かないが、否定の一言。
俺はそんな雪に笑いがこみ上げてきてしまった。
恥ずかしそうに肩を固めて顔を隠すように顔を伏せ、顔を隠す。
「だーめ。それに俺この間いったはずだよ? 俺の趣味」
耳元でささやいてやれば、可愛らしくもビクンと体を大きく振るわす。
そんな反応に耐え切れなくなった俺の口角は段々に上がり。
「言ったよね? 俺は嘘を吐くのが大好きだって」
そう、嘘だ。
俺はそっと、雪の足から手を退ける。
するととたんに顔だけではなく、体ごと伏せ始めた。
「恥ずかし恥ずかし恥ずかしいよおぉ」
両手で顔を隠すほどに恥ずかしかったらしく、でもすこし嬉しそうに肩を左右に大きく揺らす。
「本当に期待しちゃった自分が恥ずかしいよぉ」
「あははっ。あのときの怯える雪の顔も可愛かったよ!」
「も、もう!」
雪はすこし涙になりながら笑顔で叩いてきた。
先ほどのは期待半分で、もう半分は無理やりにも襲われてしまうのではという恐怖心が合ったのだろう。
本当に可愛いよ。
でもウザったいけど……。
内心で悪態をつきながら、雪に差し出されたサンドウィッチを口に含んだ。
おっ、美味いなコレ。
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