第2話

 俺は放課後、教室で一人、ではなく、准条さんと残っていた。

 なぜ准条さんと教室に残っているかというと、それは俺が言ったからだ。


 ――准条さん。今日の放課後、すこし話したいことがあるからちょっと教室で待っててくれないかな?


 もちろん告白。愛の告白だ。

 だが従来のものとは一つだけ、違う点がある。

 それは別に俺は准条さんに特別な感情は抱いていない、ということだ。

 准条さんからはその「好き」という感情を抱いてもらっているが、俺はそこまでだ。

 沢山嘘を吐いてきた中で、一番にやりたかったのが、この嘘の告白だ。


 おおっと、顔がにやけてしまう前に、終わらせてしまわないと。ばれてしまう。


 ぎぎぎ、と椅子を引く。


 「ッ!?」


 今日の呼び出しを告白だと予感している雪が身を縮みこませる。


 タッタと足音が連なるたびに臆病にも耳を傾かせ淡く赤く染めている。


 俺はそんな純情な准条さんについ、頬を緩ませてしまう。

 なにをしているんだ! と頭の中で叱咤するが、治るどころか、膠着して動かなくなっている。


 どうすれば。

 きっと今何もしなければ、恥ずかしがって動けずにいるが、いずれは何もしない俺を不審がりこちらに振り向くだろう。

 どうすればいいのだろう。

 そんなの、簡単なことだ。


 「准条雪さん。そのままでいいので僕の話を聞いてくれませんか?」


 動かさずに、声をかければいいだけのことなのだ。


 「……はい」


 准条さんは小さく頷いた。

 その拍子に見えた耳は、淡くほんのりと赤に染まっていた。


 「准条さん。僕は二年前から、もといあなたが僕のことを気にかけてくれたときから、あなたのことが気になっていました」


 「……っえ? 気づいてたの?」


 「うん。それで僕も君のことを調べてたんだよ。それでさ、目を追っていくうちにだんだんと君の仕草や、友達と、下篠したしのさんと笑い合っている時とか、美味しそうにご飯を食べているところとかさ。僕は君の行動全てみ魅了されたんだ」


 二年前から立てていたこの計画。

 失敗をしないようにと、ノートに何回も書き直したこのセリフ。

 実際に告白をしないとは言え、緊張もするし、恥ずかしさもあるし、セリフもまじめに考えたし。

 失敗してはいけないんだ。


 「今も、恥ずかしさと期待に悩まされるように縮こまるさまもね」


 笑いかければ、「うぅ」と可愛らしい声を出してさらに体を縮こませる。

 期待の部分が含まれていることが確認できると、俺はそっと、足を進めた。


 「愛してる。僕と……俺と付き合ってもらえませんか?」


 両手を准条さんの座る椅子に置き、返事を待つ。

 だが幸運なことに、ここからならば上から准条さんのことを覗き見ることが出来る。


 可愛らしく顔を赤く染め、緊張で結んでいると思った口は、見事に綻ばされており、いつもよりは可愛く映り、不意にも心臓が鼓動を強くする。


 「そ、その。私でもいいの? 付き合ったら直ぐに彼女面しちゃうよ?」


 「そうなったら俺も彼氏面しちゃうから」


 「そ、それじゃあ……」


 グズグズと引き留まるように、口から出される言葉は現状を進めようとしないものばかりだ。

 恥ずかしさ、それが今の准条さんにストッパーをかけているのは分かるが、何かとイライラとしてしまう。

 可愛いは許されるが、込み上げてくる怒りは抑えられない。


 俺はそれをとめるため、准条さんの首に手を添えた。

 すると張り詰めた意識の中敏感になってしまっていた感覚を撫でられ、体をビクンと震わせる。


 「ね、准条……雪ちゃん。僕と付き合ってくれませんか?」


 最終手段の強行突破だ。

 この手の行動には慣れている。

 人をだますために精神を鍛え、人をだますために体を鍛えた卯園うそのには簡単なことだ。


 「……はい」


 恥ずかしそうに頷いた。


 「……っほ。本当によかったよ」


 「え?」


 「だって緊張してたもん! なんかずっと返事渋ってるようだったからさ。もしかしたらふられちゃうんじゃって」


 すると突然に、赤く染めた顔を見せようとしなかった雪がこちらに勢いよく振り返った。


 「そんなことないよ! 私だって卯園くんの、月、くんのこと、好きだもん」


 恥ずかしそうに首をかしげる雪。

 そっと、そんな雪の頭を撫でてやる。


 「……ちょっと、嬉しい……かも」


 嬉しそうに微笑みを向けてくる。

 夕焼けの日が程よく教室に影をつけ、安らぎを与えてくれる。

 俺はこの時、このムードに酔ってしまっていたのだろう。


 「は、恥ずかしいなコレ……」


 「でも私は嬉しいよー。月くんに撫でてもらってるからね!」


 「……はぁ。よくもそんなことを恥ずかしげもなく言えるよな」


 酔っていた。だからこそ惑わされたんだろう。


 「なら、俺も」


 だからこそ忘れていたのだろう。自分の目的を。


 「俺も好きだよ、雪」


 すこし頬を染めながら呟いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る