エピローグ 歌姫達のその後の話
「で、でたぁ!!」
そんな声が、普段は平和な牧地から響く。
魔王が滅され、一年が経った。滅された魔王から流れ出た瘴気は、未だに世界を巡っている。
この世界はバランスから成り立っている。いくら悪であれど、光だけではバランスは取れない。同じくらいには闇も必要だ。
その世界中を流れる瘴気は特に夜に強まり、欲深い人間や、欲にまみれた金などを魔物に変えるんだとか。
そんな世界になった今、牧地に魔物が出てもおかしくは無い。
毒々しい緑色の毛皮を持つ、一つ目の狐の形を取ったモンスター。
この辺りじゃよく出る。家畜を食ってしまうらしい。
「来るな、来るんじゃ無い!!」
怯えながら片手鎌を向ける農家。だがそんなちっぽけな刃でビビる魔物でもなし。
抵抗はあれど、魔力を秘めた人間の方がいい餌となる。
そう思ったか、魔物は農家に飛びかかる。
そいつの爪が届く前に、俺の投げナイフが両目を突き通す。
どさりと地に落ちた狐は一拍おいて光の渦と化し、投げたナイフと100ピリン銀貨一枚を残して消えた。
たまたま見かけたから参戦しただけだ、というかのように俺はのこのこと道から外れ、ナイフを回収する。
と、農家が感謝の意を述べる。俺が助けなかったら命はなかっただろう、だの。
そして、やっと俺の正体に気がついたようだ。目がまん丸に見開かれる。
俺は人差し指を口元に当て、「しーっ」としてから、目的地へと歩き出した。
銀貨一枚くらい持ってけ。気にしないからさ。
ここは神樹に守られしリスメイ王国。アルテリア無き今、ここが文化や武力、財力や知識の中心となった。どっかの誰かさんの助言のおかげで、アルテリアで幅を利かせていた冒険者ギルドもこっちに建設された。ちなみに当時の受付嬢、ディースが引き続き受付をしている。いや、まさかあいつの言っていた「氷の魔法使いか」ってのが本当だったとは。……まぁ、厳密には水と風の複合適性持ちでランクSで二つ名が『雪の令嬢』だったんだが、まさかその力で戦い、生き残っていたとは。
そんな奴がいるギルドだが、そこに用事があるんだ。
扉を開ける。
「よっ。ここのギルド長に呼ばれたんだけど。」
俺の登場によりざわつく冒険者ら。
そりゃそうだろ。ここの新規ギルド長によってあてがわれたランク、「X」を持つ六人中の一人だぞ俺。
「……おかえりなさいませ、『凩の旅人』様。ランクXの集いはギルド長の部屋となります。」
それでも顔色を変えないディース。すげぇなお前。
「知ってる。」と一声入れてから階段を登る。
通路の端あたりに『ギルド長の部屋』と書かれた小さな看板がかかった扉が。小さな看板の四隅には、小さく四属性の神獣らが描かれている。天空の大鳥、ヴェンティオーレ。海原の大蛇、クリオアクエリオ。火炎の魔獣、パイロベスティア。そして大地の獣王、テレモティス。一年前に神樹と共に復活させたばかりだから、今現在こいつらはリスメイの城の中、神樹に育まれながらペット感覚で育てられていると聞いた。いずれ属性を司る獣になるだろうに。……でもまぁ、今の内に人間になれておけば、人間を生贄だとか見ないようになるかね。
ノックをちょっとして、扉を開ける。
「よう、ギルド長さん。……いや、ランクX冒険者、『戦線歌姫<バトルフロント・ディーヴァ>』さんか?」
「厨二なのはわかってるけど他人のつけた名前だから恥ずかしくは無い。」
木製の机に頬杖をしてこちらを見つめるのは若すぎるギルド長。
この世界を救った女、本人だ。
結局は平民としての生活ができなかったと嘆いていたなぁ。
「他の連中は?」この部屋には俺とマリ以外誰もいない。
「3、2、1。」マリがそうカウントダウンする。
そして、ゼロになるタイミングちょうどで他の四人が部屋に入ろうとドアをノックした。
いやなんでわかったし。
……とにかく。この部屋に揃った、ランクX…通称、『勇者達』。
『不屈の剣士』ラクトはリスメイの王国騎士長。王本人からのご指名だったそうだ。ちなみにその王、「新しい騎士長になりたくば、ラクトを倒せるくらいじゃ無いと安心できんぞ!」と、新しい騎士長を決める際の法律を作ったようだ。心配性というか、なぁ。
『全魔大魔導士』サビナは故郷のエルギーノで魔道書ばかりを集めた巨大図書館を作っているらしい。建物は作れたから本をくれ、と全国に呼びかけているんだと。信じられるか? この女、一人で大図書館の枠組みは作れたんだぜ? もう本も作っちまえよ。ちなみにサビナとラクトは式を挙げた。知ってた、としか言えなかったな。
『森詠み』カシスはエルフと人間の間の友好条約を結び、神樹の世話をしている。あいつみたいなハーフエルフも、もう数年したら爆発的に増えるかも知れない。アルテリア跡地の周りの森も、いつかは元どおりにしたいと息巻いていたっけ。あそこはいい薬草が取れたからな、賛成。
『煉獄の使者』アーサーは……まぁ、ブレないと言っちゃあブレない。マリの身の回りの手伝いだの、書類だのをしている。あとは基本的な魔力の扱い方の講座も開いている。いい先生になるな、あいつは。最近髪の毛が生え戻ってきている。
『戦線歌姫<バトルフロント・ディーヴァ>』マリ。もう、言うまでもない。リスメイにギルドを復活させ、冒険者などの立場や目線を持ちながら、王に助言するほどの地位を持っている。ので知名度だけでなく冒険者に支持される、我らが若すぎるリーダー。
……あー、俺も言わないとか。『凩の旅人』ランス。所構わずフラフラと旅して、情報をまとめ、マリやリスメイ王に報告してる。あと、ちょっとここで言うのは恥ずかしいんだが、俺も結婚した。はい次。
「で。チーム・レグシナとしての集まりは久しぶりだな。要件はなんだ。」ラクトがいつも通りの口調で接してくる。ここまでくると安心感さえ覚える。
「うん。リスメイって神樹で守られてるじゃん? その影響を他の重要なところに分けてやりたいなって思って。」神樹の聖域は光属性じゃなくて厳密には命の象徴なだけだから、属性の均衡を崩す心配もしなくていい、とはギルド長の弁。
「どうやって?」マリの目標を耳に、最初に浮かぶ疑問をサビナが代弁する。
マリが机の下から、四つの苗木を持ち上げた。全てが若々しく、付いている葉も明るい緑色だ。
「ここに神樹から折れた小枝が四本あるじゃろ?」ニヤリと笑う歌姫。
「「「把握。」」」と全員の声が揃う。察せざるを得ないだろ、その言い方。
四体の神獣のすみか、その近くでいいから神樹のかけらを植え、聖域として守りきれというミッションのようだ。
「ウチとラクトは定位置じゃないと周りから不満が巻き起こるから、他四人に任せるよ。その間の神樹の世話は……それくらい、人間でもできるって王に押し負けたわ、ごめん。」パチン、と両手を合わせて謝るマリ。
「いや、大丈夫。神樹様はそれくらい自分でなんとかできるからね。」カシスが笑い飛ばす。
「ではマリ様、誰がどこへと行けばよろしいでしょうか?」アーサーがすでに神樹の小枝を一つ持っている。
「んー。アーサーは炎、確定。サビナはパイシズ行って来て。あとは……うん、カシスが風、ランス大地でいい?」机の上に敷かれた地図でそれぞれの位置を指差しながら、マリが確認を取る。
俺が一番遠いし、山の上だから辛いじゃないか! と言える前に、マリが「おし、散!」と号令をかけ、みんなが頷いて部屋から出て行く。
……素早さが売りの俺が出遅れた。ショック。
「片道送るぞ?」マリがため息をついた俺の顔を覗き込みながら問う。手には魔杖「立体音響・真」が握られている。魔石はサビナ作、杖自体はオリハルコンとミスリルの試験的オリル合金でできた代物だ。
というか、ため息の元凶はお前だよ。
「頼むわ。……あと。」
そう言って、俺はマリの耳元に口を当てる。
帰ったら、覚悟しとけ。
「わかってるさ、『旦那様』。」
そう笑って俺の妻は伴奏石をひねった。
言語も知らない歌と音楽で飛ばされた先は、あの日見たときと同じ。鏡のように透き通った池の辺りを囲うように咲いた、赤いサクラ。薄く煙る霧が幻想的な空気を生み出す。あいつはここが一番好きって言ってたっけ。
「まったく、人使いが荒いぜ。」
そう笑いながら、俺は池のほとりの開けた場所に神樹の苗を植える。
さて、帰るか。
俺は追い風を背に、飛び降りた。
歌姫<ディーヴァ>がいく! はっこつ管理人 @UT_AU_kanrinin
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