第18話 歌よ、我等を導き給へ
「よし、散!!」
ラスボスエリア突入ってテンション上がるよね。
ランスの指示通りに隠れて敵をやり過ごしたり、「待ってろ」って言われたから待っていたら見張りをKOしてたり。そんな彼のおかげであまり騒ぎを起こさずに城の玄関ホールみたいな部分まで入りこめました。
灰色の石でできた重厚な城。それが魔王の起こした暗雲のせいか、はたまた闇の魔力で満たされた空気のせいか、邪悪な雰囲気を醸し出している。…前者だろうな、ウチは魔力は感じ取れない。はず。赤と黒の国旗が威圧感を振りまき、金の装飾も今はギラギラと嫌な感じしかしない。まさに魔王の本拠地。
「……暴れてないといけなかった気がするけどいいの?」ふと疑問に思ってランスに訊いてみたら、「あっ」て顔した。ちょっと待てや。
「今からでも遅くないはず。ここで一発……」と立体音響を構えたウチ。
一瞬の間。
「マリ!!」とウチを突き飛ばし、一緒にゴロゴロと転がって元いた地点から離れるランス。
ウチの手から離れ、地面へと落ちる立体音響。
ウチの立っていた場所に、大地を揺るがす勢いで落ちてきた巨人。
その足によって潰される私の相棒。割れる魔石の音。
魔王本拠地突入早々に武器を一個無くしました、白川真理と申します。
「ギガントか……ここでかよ?!」ランスがナイフを鞘から引き抜き、飛びかかる。狙うは首筋。人型だから急所も同じらしい。
でもランスにこういった大きな相手は難しい。
と、巨人がこっちをぎろりと睨んだ。
まるで、目標は最初からウチ一人かと言うように。
急所を狙い跳び回るランスを片手で払いのけるギガント。吹っ飛ばされ、壁に背中から激突するランス。
「ぐはっ……!」と、赤い目が苦痛によって閉じる。
何かが、切れる音がした。
こっちに向かってくる巨体。でも、構わない。
むしろ、近づいてくれないと困るんでね。
「♪震えるリズム さぁ、打って」
そう口にした瞬間、体が構えを取る。
こちらに飛びかかってきた大きな亜人をスウェーで避け、攻撃が始まる。
こういった土壇場じゃないと歌が思い出せないウチの脳も変なものよな。なんで接近戦用の歌を思い出そうとしてこいつが出てこなかったのか。
某リズムゲームの連打歌。そのタイトルに恥じないラッシュを、ウチは突きと蹴りでかます。ウチの体には存在しない筋力で、着実にダメージを重ねる。歌詞は滑舌殺しだけど、ウチは歌いきれる方だ。
十連、十連、十九連、もう一セット。
「♪心に 体に 刻む君のビート \アソーレ!/」
四連、四連、七連打、そして最後は自分のアドリブの掛け声に合わせて回し蹴り。
計算しました。このサビ一つで九四連打。
フルボッコだどん。
回し蹴りでギガントの巨体がホールを高速低空飛行、向かい側の壁に大きな音と共にめり込む。倒されても光になってコインが落ちてこないのは……多分、こいつは硬貨じゃなくて人をベースに作られたからだろう。うーん、後味悪い。
猛攻が終わった瞬間、ウチの体にどっと疲労がたまる。そりゃあんなラッシュを歌いながらやったんだもん、酸素が足りないわ。でも最初はランスのところへ。
「ほら、起きな。倒したよ。」そう言いながら、ランスの上半身を起こしてやる。
「……なんだよ、白兵戦、できるじゃねぇか。」赤い目が薄く笑う。
「まーね。追加がお出ましだけど。いけそう?」と、立ち上がる手助けをしたら、雑踏が耳に届く。
お城って入ったら大きなホールの奥に一つのでかい階段、それが踊り場につながって、そこから左右にまた階段があって、それで二階に繋がるって感じのデザインが多いよね。その左右階段からドカドカと全身甲冑な奴らが降りてくる。完全武装状態の大群。やっぱり巨人を壁に叩きつけるくらいの騒ぎを起こさないと、作戦はうまくいかないよね。
「無理でも行く気だよ。ナイフ貸して、もう一個可能性を思い出したから。」ランスがふらつきながら立ち上がったことを確認し、ウチは彼から片方のナイフを奪い取る。
……この歌、一緒に歌ってくれる異性の人がいたらいい感じだけど、そんなことは傷ついているランスに強制させたくない。一人二役と参りましょうか。
指に残っている伴奏石をひねり、イントロのロングトーンを発する。
十周年バージョンだ、ラスボスみは高いぞ。
歌い始めと共に、ナイフを片手に敵軍へと突っ込む。
「♪朝まで踊る夢だけ見せて 時計の鐘が解く魔法 曖昧な指誘う階段 三段飛ばしで跳ねて行く」
歌の通りに階段を駆け上り、行く手を阻む兵士たちの成れの果てを切り伏せる。狙うは急所のみ。プレートの隙間、肘などの可動部分。そこなら肌に届くし、守りも薄く、相手の動きを止めることができる。
だが相手もフル武装。突っ込んできたウチに対してレイピアだのが振り下ろされる。肌が切れて血が流れ、髪が不揃いに短くなり、服もスラッシュファッションと化す。
流石に一人じゃ部が悪いかな?
そう思った瞬間、ウチの目の前にいた一人が倒れ、鎧から元肉体であろう塵が流れ出る。
黄金の、女神レグシナ様の加護の光を纏ったランスが、もう片方のナイフを手に、そこに立っていた。
「♪馬車の中で 震えてた」
ランスの爽やかな、男らしい歌声で気づく。
あ、デュエットだこれ。
好都合。
「「♪惨めな古着 捲り廻れ夜の舞踏」」
背中合わせに敵のど真ん中、サビではじき出されるかのように飛び出す。
踊るかのように廻り、ステップで避け、刃で喉元や肩を貫く。もう痛みさえも感じない。この歌で、ここは切り抜ける。ウチらは今、二つの体を持った一つの機械だ。体をひねり、蹴りなどで相手を怯ませ、容赦無く命を刈り取る、機械だ。
「「♪まるでフェアリーテール」」
オーケストラのフィナーレが響き、肩で息をするウチたち二人。
こんだけ大きな伴奏を流して、こんだけ大きな声で歌を歌って、こんだけ大量の甲冑兵を斬り伏せて。
そりゃあ他の部分から兵が追加で流れ込むよね。
陽動は成功。
あとは逃走のみ。
「逃げっぞ!!」ランスが流れるような動作でウチからナイフを奪い取り、鞘に収め、ウチを背負う。……って、待て待て待て!
「ウチ重くない?! 大丈夫?! 体力切れるぞこれじゃあ!」
「体力が切れそうなのは俺でもわかる! だから逃走に関する歌を早く思い出せ!」もう時間がない、と叫ぶ彼の声の後ろでガシャン、ガシャンと鎧の動く音が大量に響く。
ああもう、今回はシンデレラスペシャルだ!
「♪私の恋を」
さらにこっちは、
「♪無下にしないでよ」
東のゲーム風アレンジ版じゃ! ループだからいつまでも逃げきれるぜ! ごめんなランス!!
歌詞と伴奏が流れると同時に、ランスはウチを背負って駆け出す。歌いながら高速で移動する、そんなことしてるから城全体がざわつくのがわかる。
これで他の二組も潜入できただろうか。
魔王の手下の群れという好ましくない状況から逃げ出し、魔王という好ましい状況へ。
さぁ、ウチを奪い去ってみなよ、盗賊さん!
細い通路を抜け、不要な戦いや追手を全て撒いたと感じた。疲労が募り、その場でがくりと崩れ落ちるランス。すぐに背中から降り、壁際に座らせてやる。
「無理させちゃってごめんな。あとはウチがなんとかする。」
「安心できねぇよ。」ランスがはぁはぁと息をしながら笑う。
いや、ウチをここまで連れてくるのにマジで無理させすぎた。ほんと休め。肉体的損傷を治す歌は把握してるけど、疲労を治す歌はまだ知らない、思い出せない。とにかく今は休め。
周りを見回す。ビロードの赤色が紫の光を帯びて、禍々しい血の色に見える。
ここは、王の間だ。空っぽの玉座、その後ろには王の肖像画。気のせいか、前に顔を合わせた時に見たのと比べると、若い。若すぎる。まるで少年だ。
そして、玉座の裏から、深緑色のローブを着た老人が、水晶玉を手に出てくる。
魔王専属大魔導士、サビナの師匠であり封印者である、ニクトだ。
「ここまで来ることは予測できましたよ、歌姫様。」しゃがれた声でそういうと同時に、水晶玉が黒ずむ。お得意の闇の魔法が来る、と感じ取れた。考えろ、闇から自分を、いや、ランスも守れる歌はあったか。なお伴奏はあるが効果を増やす立体音響はないぞ。
……やばい、積みか。
「ですが、この先は未来を読まずともわかります。さぁ、我が王の理想の世界のために、消えなさい。」ニクトは老人らしい穏やかな笑みを浮かべ、水晶玉をウチに向けて掲げる。黒と紫が入り混じったような無数の魔力の矢が空中に生まれ、その矢じりがウチに向けられる。
スマホゲーで見たぞこれ。王の宝物庫を開いたっていう宝具のあれかな?
と、見当はずれな場所がキラリと光ったように見えた。
そうか、守るんじゃない。耐えればいいんだ。この一瞬だけでいい。あとはどうにかなる、他のみんながどうにかしてくれる。
だって、さっきの光は、ラクトの剣だよね。
「♪ねぇ あなたはいつも笑いながら 私に全てを教えてくれた 楽しいこと悲しいこと私が」
矢の雨がウチを穿ち、魔力がぶつかったことにより余分な威力で爆風みたいなものが巻き起こる。後ろからランスの声が聞こえた気がする。
でも、ウチはまだ。
「……死なないこと♪」
血が流れても、衝撃で体が一部言うことを聞かなくても、この歌でなら生き延びることは可能だ。
この解釈、しておいてよかった。
あとで血を増やす歌とか考えておかないと。ここまで耐えて失血死とか笑えへんで。
「なっ……?!」ニクトがビビる。だよね、死者蘇生やネクロマンシーの魔法はあるだろうけど、術者本人を死だけに対して無敵にする、そんな局所的な魔法なんて存在しないだろうね。
ウチが次に何をするだろうか予想もつかない老魔術師は、何が来ようと大丈夫なように構えを取る。
さて、この歌はちょっと著作権的に封じておきたかったけど、みんなにチャンスだと知らせるためだ。許せ。
「♪颯爽、登場! 驚いたかい? 退屈な日常変えてみせるさ ほいほい飛び出すサプライズ」
瞬きなんてする暇はないぜ?
突然、ニクトの後方から降ってきた、一本の煉獄を纏った矢。
だが、その矢に使われた魔力に反応して、とっさに闇で矢を消し去る魔導士。そのまま光を部屋全体に放ち、隠れていたチームメンバーを照らし出す。上の方の通気口みたいな穴で潜んでいたラクト、サビナ、アーサー、カシス。魔王がいるなら玉座だろうと思って、自主的にここに集合したんだろうなぁ。
うーん、奇襲失敗。
でも。
「数だけなら六体一なんだよなぁ?」
いくら魔王に認められた魔法使いでも、相手は勝利を司る女神の加護を受けられるフルパーティ。奇跡の力くらいないとこれは難しいんじゃないかな。
地面に降り立った他四人を確認して、ウチは頷く。
ここから全員一斉に攻撃を放てば、確実にこのじーちゃんはやられる。
まぁ、それだと物理なラクトが巻き込まれるだろうからやらないだけで。
「……ここで死んでは、我が王に示しがつきませぬ。」
突然、ニクトはそう言い放ち、水晶玉を高く掲げ、
地面へと叩きつけた。
割れた水晶から立ち上る、黒と金の光の渦。
「あの水晶、水晶じゃない! 魔石だよ!!」サビナの声が渦にかろうじてかき消されず、反対側に立っているウチに届く。
何の魔力も封じ込められていない魔石、ただそれを媒体として、奴は魔力を増幅させていた。そして魔力を通せば、中に残留としての魔力が残る。魔石が属性の色に染まらなかったのは、ニクトが光と闇、相対し合う魔力の使い手だからだ。
それを一度に放出したら?
「ココデ、トメル!!!」
渦が引いて、目の前に現れた、魔法使いの成れの果て。
筋肉と目玉と魔法の本。それを全て混ぜたような肉の木が、生えていた。
「うわきっも」
魔王の第一の部下。こいつを倒せば、魔王への道を防ぐものはない。
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