第19話 剣の舞と消えた歌
「うわきっも」
ウチとて女子。そういった感性くらい持ってるよ。
変身した老魔術師を前に、ウチは背を向けずにランスを庇える位置に立つ。
「まだっぽい?」
「すまねぇ」と一言、苦しそうな、悔しそうな声。うーん、こんな隅っこじゃなくて、もうちょっと安全な位置に運びたい。
「♪おいで、おいでよ さぁ……」
外に飛び出す、つまりは移動に関する歌を口ずさんだ瞬間、肉の木から枝がウチに向けて飛び出す。ウチの喉を突き刺すかの軌道。
「っとぉ?!」かろうじてしゃがむのが間に合い、後ろの壁に枝が刺さる。
すいません、それ、石なんですが。
肉が石を貫いたんですが。
「うひぃ」と変な声を上げながら、歌の加護なしにランスを引きずる。ウチが歌わない限りは……いや、魔力を感じない限りは、行動を起こさないみたいだ。ランス意外と重い。これ全部筋肉だろうな。
ちょっと広い、玉座の間の中心近く。ビロードのカーペットの残骸の上にランスを寝転ばせ、敵を見る。ランスとニクトの間に壁をはるかのように、ウチら五人は並んだ。ぎょろりとこちらを睨む黄色い目玉、うねる肉。
「で、どうしましょ。」
「あなたの方がそれを把握してると思ったんだけど。」サビナが言う。いや、ウチとみんなと、こいつを見てる時間は同じですが。とりま、頭脳展開。
「光と闇以外で攻めるしか無いんじゃないかね?」こいつはその二つの魔力で生まれたも同然。つまり、その二属性は吸収間違いなし。
じゃあ、弱点があるとしたら、何か。
こいつの見た目は目玉で、肉で、本で、木。
……つまりは。
「全部炎に弱そうじゃね?」
炎の破壊的な力は、属性の特徴などをつかめていないウチでもよくわかる。
なるほど、といった表情で頷く魔法使い二人。
「一撃で決める。アーサー、サビナ、火炎の魔力を貯めて。カシスは着火の際に燃えやすくするように植物召喚。魔力が貯まるまでウチとラクトは攻撃を受けて避けて、後ろを守る。」
立体音響をなくしたウチは、後衛から前衛にジョブチェンジ。それができるくらいの歌はあるし、やる気もある。
「それでいいなら、開始。散!!」
そう叫び、ウチとラクトはニクトの両サイドに回り込む。炎の魔力が溜まり、部屋の温度がちょっと上がる。それに反応し、ニクトの枝が魔法使い二人に向けて伸びる。
ああもう、受けて立つよ!
「♪離さないでよ!眼差しを 僕たちはもう止まらないよ 魔法が解ける、それまで 繋いでいてよ 手を 手を!!」
この歌はとにかく「力」を象徴にした歌だ。サビナとアーサーに向かって真っ直ぐに伸びる枝を、横からの圧倒的な力で吹き飛ばす。ボキィと嫌な音がする。
だよな、大木のままじゃ燃やしにくい。適当に折っておかないと。
そう思ってパワー系の歌を思い出そうとした時、もう一本の枝が生え、
ラクトの肩を貫いた。
「ラクトっ!!」血しぶきと剣士の呻く声で、ウチの思考は止まる。
だがそこで止まるほど、あのじーちゃんは慈悲深く無い。
さらに深く貫き、持ち上げ、ラクトの体を近づける。
まずい、このままじゃラクトも燃える。それどころか、どんな攻撃にも巻き込んでしまう。
こんなところで死人が出るなんて、ウチは信じたくない。
「ザンネン」
その一言とともに、
肉の木は二つに折れた。
「……っつつ、ザンネンだったな。俺はそんなじゃ諦めないんだよ、このジジイ!」
ラクトが貫かれた肩の反対、利き手じゃない方で剣を握る。
敵の懐に潜り込み、一刀両断。
「俺が王宮兵士に向けた特訓時代、『不屈の剣士』って呼ばれた理由を教えてやるよ。」
ラクトが貫かれた肩を抑える。よく見ると、傷跡が黄色い光に包まれている。
「一つは、俺の魔力適性。『自分の回復速度を速める』だけの、生まれつきの光の魔力。」
光の魔力に適性を持ち、自己治癒能力のみに長けていた剣士。他者を癒すことも叶わず、ならば己を犠牲にしても他者を守る力を得ようと騎士を目指した剣士。
「もう一つは、この諦めの悪さだ!!」
そう叫んだ頃には、肩の傷は完治していた。両手で握りしめた片手剣を、ニクトに振り下ろす。 全ての目玉を切り潰すかのように、彼はひたすらに剣を振った。
唸り声ともうめき声とも叫び声とも取れない、頭がおかしくなりそうな声を上げ、ニクトだった魔物は沈黙した。
「そら、燃やせ!!」
ラクトが肩で息をしながら、ニクトから飛びのく。
その合図に合わせ、カシスが柏手を打つ。全ての肉片に突き刺さるかのように石から生えた神樹の根。
その剣山にサビナとアーサーが小さな炎の球を打ち込む。
凝縮された炎の魔力。質の違う二つの炎がぶつかり合い、灼熱は爆発を起こす。
ああ、ウチもこればかりは参加したい。
灰さえ残らないようにしてやるよ。
「♪壊れてゆく喜びも やがて消える哀しみも 思い描く全てを抱いて 今焔を闇に浮かべる」
炎が勢いを増し、全てを消す灯火へと進化する。熱気が玉座の間の中で渦巻く。
その火が消えたところには、何もなかった。灰も、硬貨も、回復薬なども。全てまとめて燃やしてしまった。
今回ばかりは仕方ないよね。
「……やっべ、ランス。」カシスが我に帰ったかのように振り向き、倒れていた盗賊の元へと走り寄る。ウチも、他のみんなも走る。
「あっちいんだよ……。」と笑うランスにホッとする。よかった、生きてる。
そう、ウチが考えられたのもつかの間。
ウチの胸から、紫の光を放つ、黒い楔が生える。
その楔をつなぐ、黒い鎖。
その鎖を握る、黒い瘴気をばらまく少年が、いつの間にか玉座の上に立っていた。
服装と王冠から、アルテリアの王……魔王と言うことは一目でわかった。
だけど、なぜあのような姿かは完全にわからない。
なぜなら、そんなことを処理する間も無く、ウチの意識が闇に沈んだからだ。
目を覚ますと、ウチは電車の中で座っていた。
どうやら、バイト先から帰る途中でうたた寝してしまったらしい。
「……あれ?」
それにしても、なんだか生々しい夢だった。
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