第17話 歌う間も無く突入す

「おかえり、サビナ」

役者は揃った。さてと、魔王を叩きに行かないとね。


王に休んだ後に魔王討伐へと向かう趣旨を告げ、宿に戻る。神樹が命を取り戻した場所から、暗雲が少し晴れていく。これで最低限でも時間はわかる。今は夕方のようだ。

宿に戻ると、防衛線で見かけたかもしれない冒険者や兵士たちが集まっていた。流石にあの戦いで消耗したのだろう、グダッている。

ウチが焚きつけたからな。治すか、と立体音響を手にしようとしたら、サビナが前に出た。

「あなたは十分やったでしょ。魔力をもうちょっと使い切っておきたいから、ここは任せて。」と言われたら、お言葉に甘えるしかないじゃない。

サビナは大魔法使いなだけあって、回復も普通にできた。だからって部屋全体を一気に全快させて、それでもまだ魔法を使い足りないってチートやん。

ふと見たら、部屋の片隅で、何か小さくキラキラしているものを作り出し、テーブルの上にジャラジャラと乗せていた。飴玉……じゃない、あれは。

「魔石って作れたんだ。」

「あ、教えてなかったっけ。」

聞いたことがございません。

魔石とは大地の魔力で作った結晶に、属性を持つ魔力を込めて作られるものらしい。その魔力によって色が違い、効果も方針が変わるんだとか。

例えばウチの立体音響にはまっている三つの石。赤い「一つの」は炎属性。炎は広範囲に広がると、術者が想定しない被害を起こす。ので扱いやすくするために一点集中させる魔石、といった感じ。緑の「音声増幅」は風属性。音とはつまり、空気の振動。それを増幅させるってことは波のような風の力が生まれる。青い「広範囲」は水属性。水は流れるもの、故に効果範囲を広げると絶大なポテンシャルを手にできるんだとか。

なんて説明しながら、サビナはジャラジャラと魔石を作り続けた。

「……そんなに魔力ぶっこんだっけウチ?」ジャックポットのような感覚を覚えながら、ウチは魔石の小山を見届ける。さっき説明された三色の他に、茶色と黄色と黒、白と紫がある。それぞれ大地・光・闇・補助・妨害の石だと。後ろ二つは属性じゃなくて、様々な属性を援護するための石らしい。

「うん。あと、これだけあれば、魔法が使える人全員に、それぞれの適正属性の石をまわせるでしょ?」

なるほど。己の力の無駄な部分を消費し、なおかつ武器や物資不足を解決しようと。

確かにこれだけあれば、ウチたちがリスメイを離れても、街に残ったみんなで神樹を守れるはずだ。

明日、ウチたちは魔王を倒しに向かう。


ちょっと寝たと思ったら、警告で目が覚めた。

「敵襲だっ! 大群が来たぞ!!」と、知らない男の声。身支度も半ばに、ウチは城下町のすぐ外へ、大きな門の外へと走る。神樹近くの空はまだ暗い。夜中っておい。

昨日の魔王軍とは全く比べ物にならない、地平線を黒く染める魔物の大群。そりゃそうでしょう、リスメイを滅ぼすことに失敗した挙句、歌姫の捕獲も不発に終わったんですから。

今度こそトドメを刺すって殺気がよーく伝わって来たよ。

「おはようさん。で、これどうするよ。」ランスがウチのそばに走り寄って来た。ナイフはすでに出してある。周りを見ると、レグシナのみんなはもちろん、冒険者や兵士たち、魔石を握りしめた一般市民らしき方々も防衛線を張っている。


「一掃するに限るね。」こんな大群、来させてやるもんか。

ウチは一足先に敵の方へと走り、みんなが後ろにいることを確認できる距離で足を止めた。ラクトの声が「おいっ」ってウチを止めようとしようとする声が聞こえたけど、気にしない気にしない。

こんだけ来たんだ、一発で一掃できたらさぞかし気持ちいいだろうね。

立体音響を握り、伴奏石をひねる。

この数を一掃するには、歌姫一人じゃ荷が重い。

10くらい欲しいよね。


「♪『君の中の一人だけを愛しましょう』」


ウチの歌の号令で、ウチ10人の壁が、防衛線と魔物の大群の間に現れる。後ろのざわつきは気にしない。

「目標、大軍団殲滅! 解釈違い許可! 闇属性は避けろ! 殺意高めの歌10選、行けるか?!」

「「「おうよ!!!」」」

ウチのレパートリーを舐めるでない。

十人十歌、歌いきれ!


「♪お願いキスで目を覚まして欲しいの 白い棺から連れ出すように」

「♪寂しい夜も二人の朝も 誰かが僕を塗り替えて」

「♪そして何もかもが手遅れの灰になった後で 僕は今更 君が好きだって 君が好きだったって言えたよ」

「♪核融合炉にさ」

「♪さぁさぁ狂ったように踊りましょう どうせ百年後の今頃にはみんな死んじゃってんだから」

「♪曖昧なスピーカー 矛盾点はないか 感情伝いに燃え上がった後の灰は誰が埋めてくれるんだ」

「♪あんな空でミサイルが飛ぶのなら そんなもので幸せを乞うのなら」

「♪さぁ光線銃で撃ち抜いて」

「♪さぁ皆舞いな空洞で サンスクリット求道系 抉り抜いた鼓動 咲かせ咲かせ」

「♪闇を翔ける星に願いを もう一度だけ走るから」


計10曲。上から解説すれば、死を待つのみ・相手は死んでいた・相手は死んでいた・自殺・頭がパーン・疫病・爆撃・全面戦争・武力のダンス・投石+加速。


我ながらヤる気満々だなこれ。


歌の力に触れた敵からバタバタと倒れ、歌の範囲の淵に金銀銅貨の山ができる。

でも、相手の数がどうしても多すぎる。十名十曲でも殲滅には足りない。ウチが歌で生み出した分身たちは歌が終わった瞬間、虚空へと消える。

ウチに全速力で突進してくる、猪のような魔物。

あれ、ちょっとヤバくね?


「唸れ、煉獄!!」と、男の声。

「滅ぼせ、灼熱!!」と、女の声。


赤と紫の炎がウチの左右から吹き出て、迫り来る敵を焼き尽くす。


「ユグドラシアス・メィズ!!」青年の声が鳴り響く。


木の根らしきものが突然地面から生え、敵の進行を防ぐ。この神聖ささえ感じる雰囲気、神樹のものだろうか。


と、ウチの頭をぽんと押す大きな手。


「他人に迷惑をかけたくない気持ちはわかる。だが、お前一人じゃ何もできないだろうに。」ラクト、なんでウチの本心を知ってるのさ。

ああそうだよ、ウチはこの世界じゃよそ者だから、何かするときは他人の迷惑にならないように頑張りたかったんだよ。なんでバレてるの。


「あれだけ倒したんだし、残りはリスメイのみんなが食い止められると思うよ。」サビナが後ろを確認する。魔石を握りしめた一般市民、あの魔石は昨日サビナが作ったものだろう。

「あと、神樹も何もできないわけじゃない。絶対にリスメイは大丈夫だよ。」カシスのおっとりとした口調も、今回ばかりはしっかりとしている。安心感を与える周波数。

「さて、マリ様。魔王討伐作戦を開始いたしましょうか?」アーサーがウチのそばでアルテリア……いや、魔王城を睨む。


当然、答えは。


「そのために起こされたんだよ。行くしかなかろうて!」


ラクトが頷く。

「許可は出たな。ランス! 加速だ!」

「おうよっ!」突然ウチらの頭上に後方から飛び上がる金色の髪の毛。パリンと何かが割れる音、ウチたちに降り注ぐ白い光の粉。その粉を巻き上げて、ウチの隣に着地するランス。

「……知ってたか? 魔石は砕いても効果が出るんだぜ。」白い「加速」効果を持つ補助の魔石を空中で砕いた男はしたり顔で告げる。

「知らんわそんなこと。」ニヤリと笑ったランスに、ウチもにたりと笑い返す。


「よし。チーム・レグシナ! 散っ!!!」


あ、宿屋にカバン忘れてたわ。通りでやけに動きやすい思った。あちゃー。


掛け声と同時にウチたちは神樹の根の迷路を突き破り、魔物の足元をくぐり、頭上を跳び越え、魔王の本拠地へと走った。サビナの作り上げた魔石は効果が高いらしく、スタミナのないウチでも全力疾走をキープできて、数分程度でマーブルヴェール跡地に着く。加速何段階入ったんだこれ。

「このまま城に突入する?」と、壊れた建物の陰に隠れながら、みんなに聞いてみる。

「この勢いのままは無理だ。途中で魔石の効果が切れる。」ラクトが冷静に現状を告げる。

「ちなみに追加はないよ。」サビナの追い討ち! メンタルに効果は抜群です。

「……よし、二人一組で城下町を乗り越え、城に突入。魔王を見つけ次第攻撃開始、遅れた奴らは戦いの音を頼りに集合、ってのはどうか。」いくら魔王でも生きてるやつなら、疲労はする。次々と対戦相手が増えるのは結構効くと思うんだ。

「だったら魔法と物理でバランスが取れた組み合わせがいいね。」カシスは賛成なようだ。他のみんなを見やると、頷いてくれる。

「私はラクトと行くね。一番気も知れてるし。」サビナが真っ先に告げる。……なるほど、そんな関係だったのかな? 気づかなかったや。

「魔法と物理……ですか。マリ様、残念ながらこのアーサー・アイボリー、その条件でありますとお供できないようです。」アーサーが本当に残念そうに言う。ウチを守りたいのはわかるが、ウチはこのチームでは固定魔法砲台という立場だ。魔法と魔法では条件に合わない。

「安心してよ、アーサー。ランスなら守り切れると思うよ。」その代わり僕と一緒だけど、とカシスがランスをウチに押し付ける。……って、え?そんなでいいのウチ?

「……大丈夫だよ。お前が派手に暴れて、逃げないといけないときは俺が運んでやるから。」ランスがそっぽを向きながら言う。暴れることと逃げること前提の組み合わせか。だったらウチも納得がいく。ウチは補強がないと結構鈍足だしな。それにしてもなんで周りのみんなが微笑ましげな表情で見ているのか。

「よし、これで決まったな?」ラクトが確認する。

彼らに反対する意見もない。ウチはただ頷いた。


ウチとランスの『陽動逃走組』はこの隠れた地点からまっすぐ城に向かい、暴れ逃げながら魔王に向かう、またはおびき寄せる。

ラクトとサビナの通称『王道冒険者組』は比較的西から、アーサーとカシスの通称『火種組』は東から、城へと侵入を果たし、ウチたちが魔王と戦い始めたりしたら参戦する、といった流れになりました。


うまくいくかわからないけど、なんとかなるはずだ。

ウチたちは、勝利の女神と共にある。


「よし、散!!」

ウチたちは駆け出す。魔王は、ゴールは、すぐそこだ。

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