第16話 歌に共鳴せし魔力

「……まじかよ」

完全勝利したと思ったら主力が削がれた。あかんちや、こりゃ。


「魔王軍特攻隊の殲滅、完了いたしました。」とりあえず王には報告しようということになったらしく、気づいたら王の前で跪く自分と仲間らがいた。こういったところだとラクトの方が対応に向いている。

国一つと大量の命を救った、そんなウチたちに対して、さすがに王様も要求を呑むしかなかった。

「……神樹はこの城が守っている。兵よ、彼らを神樹の元へ。」

兵士が一人、ウチたちを城の奥へと連れ込む。

お城の中心部だろうか、そこに枯れ木が立っていた。外から見ると城の真ん中から生えているみたいに見えたけど、ガチだった。

そしてこれはただの枯れ木じゃない。城のてっぺんをぶち抜いてるくらいでかい。樹齢一万年だって言われても納得できそう。

「これが神樹様だ。粗相のないように。」兵士が一礼し、ウチたちはリスメイの中心部、神樹の麓に取り残された。

「粗相のないように、だってな。これ呼ばわりしてるやつに言われたくねーよ。」ランスがごもっともなことを口にする。

枯れた巨木を見上げると、なるほど、魔力もないウチだけど神聖なものだってわかる。

でもこんな状況で生き返らせろって言われても。


「ごめんなさい、でもちょっと処理したいことが先にできました。」

神樹に深く礼をする。

歌の魅力は、どれだけ感情を込められるかという部分もある。神樹を元に戻せる歌に込める感情は、今この時点じゃ出せない。不安が強すぎて、うまくいくかもわからない。魔王討伐作戦の要ともなるこの重要な枯れ木に、そんな不安定な歌なんて使えない。

ウチは聞いているかもわからない神樹にそう説明し、後ろに立っていた男性四名に振り向く。

「サビナが先だ。取り返すぞ。」


なんてカッコつけたけど、方法がわからない。

はい、グダグダです。


「まずは、なぜサビナが攫われたかが知りたい。」ラクトが神樹の麓である部屋、ウチたちの現在いる場所、の角に座り込んで頭を傾げる。その理由がわかれば、彼女は生かされるか殺されるか、殺されるまでどれくらいあるかがある程度把握できるそうだ。

「おいおい、そんなこと知るために俺をあそこに送り込んだりするなよな? 単身突入は辛いぜ。」ランスがおどけてみせる。ウチたちを元気付けようとしてくれているんだろう、優しいなこいつ。

「カシス、お前は木々の心を読めるのだろう。それを通じて魔王城周辺の情報を得ることは不可能か。」アーサーがカシスに問う。カシスのハーフエルフの特徴として、自然と語る魔力。それを活用したいのだろう。

「無茶だよ、草一本も生えてない土地だよ? 無理無理!」カシスは首を横に激しく振る。流石に無理かぁ。


……心を読む?


ウチは座り込んでいた石レンガの小さな山から立ち上がり、立体音響をぐっと握りしめ、上を向いた。

「女神レグシナ様、ウチのこの歌、当てたい標的がかなり遠いんです。ですが、手伝ってもらえれば、この『情報戦に勝つ』ことができます。どうかご協力を。」


『仕方ありませんね。』

そう、笑い声が聞こえたような気がした。


ウチの体を黄金の光が包む。女神様の加護発動だ。男性らが目を白黒させる。話しかけるだけで任意に女神様サポートが来るって十分チートよな。

さて、向こうのあなたの見聞きしたこと、ウチにも見せておくれ。

伴奏石も立体音響も忘れ、ウチは歌を口にしていた。


「♪聞こえたんだ声が盛大に 閉ざした脳をノックする……」


相手の思いを読み取る歌。これで、攫われたサビナの考えなどを読み取り、情報を得る。

すぐに救わず、攫われて事実を逆に利用し、情報を得るウチって冷酷なのかな。


と、聞こえた。サビナの考えが、ウチの頭に流れ込む。

この歌の男の子もこんな感じだったのか。


『嘘でしょ、私を攫った理由が「歌姫と間違えた」って! 確かに私の服はマリちゃんよりは女性的で派手かもしれないけど、歌姫って言葉のイメージだけで狙われたの? そんな間違いでこんなところまで来るって……。』


『様子を見に来たのが看守じゃなくて王宮直属大魔導士ニクトだったときは驚いたなぁ。……記憶がなかったけど、彼の話で全部思い出した。私が魔法を教えてもらった師匠が、彼だ。全ての属性を操れる私に己の立場の危機を察して、私の魔力と記憶に封印を仕掛けたんだ。解く方法は……マリちゃんに相談しよう。あの子ならなんとかしてくれるはず。』


『早く逃げないと。私は間違ってここに来た。必要ないから、処刑される。あとどれくらいかもわからないけど、あとちょっとだ。逃げないと!』


最後の考えを読み終えた途端、繋がりが切れた。はっと気がつくと、ウチの周りに男性陣が立っていた。ウチは歌の効果で直立不動状態だったみたいで、心配してくれたようだ。

ともかく。


「サビナはあと少しで処刑される。今すぐ呼び戻すぞ。」

「そうは言うけど、どうやってだよ?」ランスが疑問をぶつける。

それはウチも心配してたこと。呼び戻す、引き戻す、対象はサビナ。そんな効果が期待できる歌、あったか?

思い出そうとして、頭の中で女神様に呼びかけても、返事はない。今回ばかりは自力でやれってか。

気づかない間に、ウチは震えていたようだ。

「寒いですか?こちらを。」とアーサーが小さな火を灯す。


か細い火?

呼び寄せる、じゃなくて、引き寄せる?


「整ったぁ!!」

突然の大声に男性全員がひっくり返る。うん、地面に近い方が好都合だ。ウチは立体音響をしっかりと握り、男性らに告げる。

「サビナを引き戻せそうな歌を思い出した。でも、ウチも引き込まれる可能性が高い。戦場のど真ん中にウチとサビナを放り込みたくないなら、ウチを押さえ込んでてくれると助かる!」

と、足首に四人分の手が捕まる。ちょっと痛いけど、これくらいないと。


磁石ってのは両者引き合うもの。つまり、片方が固定されているなら、もう片方が動かざるを得ない。この可能性にかけて、ウチは歌う。

有名な歌だけど、まさかこんな用途で歌うことになろうとはね。


「♪か細い火が心の端に灯る いつの間にか燃え広がる熱情 私の蝶不規則に飛び回り あなたの手に鱗粉をつけた」

「♪絡み合う指解いて 唇から舌へと 許されないことならば なおさら燃え上がるの」


二つ目の声はウチがサビナの声を真似したもの。これで標的は彼女へと絞られた、はず。足首のプレッシャーが強くなる。体が浮かび上がりそうな感覚がするけど、ウチは男性らを信じる。


「♪抱き寄せてほしい 確かめてほしい 間違いなどないんだと思わせて キスをして 塗り替えてほしい 魅惑の時に酔いしれ 溺れていたいの」


引き寄せられる力が強くなる。サビナ側の抵抗もかなりあるようだ。それに対してウチの抵抗は、言っちゃ悪いが、人間四人程度。ウチの体を、白い光の泡みたいな幕が覆う。このままでは、ウチは魔王城方面へと引き出される。

ちょっと無理があったかな、と思った瞬間。

引き寄せる力が弱くなった。

そして、部屋の中に虹色の光の玉が飛び込んで来た。

歌からの反応でわかる。この光こそがサビナだ。

ウチのともう一つの光の玉がパチンと割れ、サビナが転がり出て来た。

歌を切り上げ、ウチたちはサビナが立ち上がれるまで手伝う。

「呼び寄せるのならもう少し強引さを直した方がいいかな。」とサビナは笑った。さーせん。


さて、大まかなことはサビナの考えから読み取れたけど、彼女の聞いてないことは流石にわからない。魔王の目的、ウチを攫って何がしたかったか、そこまでは不明。

でも、サビナに関することはちょっとわかった。

彼女ははるか北の国、エルギーノって街出身。そこで彼女は師匠のニクトに魔法を教わった。ニクトは世にも珍しい、光と闇の複合属性適性持ち。普通はどっちかなんだと。

で、サビナは才能がものすごいあった。複合属性適正なんてもんじゃない、全ての属性を上級者ランクまで操れる。そんな子が光と闇の魔法使いに魔法を教えてもらったんだ。そりゃあ師匠越えますわ。

自分の名声を危惧したニクト、ここで下衆い行動をとった。サビナの魔力や記憶を封印し、全ての属性は使えるが、初級の魔法しか利用できないようにしたんだと。

そしてサビナは放置され、ニクトはアルテリア王のお眼鏡にかかって、専属大魔導士に。


「で、封印を解くにはどうすればいいの。」

「……解いてくれるの?」サビナが感謝の意を眼差しに込める。

ここで友達だし、と言えたらカッコよかったんだろうけど、ウチはそんなのはない。

「全属性を操れる大魔導士が仲間だったら、魔王に対する勝ち目はぐんと上がるし。」

「正直でよろしい!」とサビナは笑いながらウチにデコピンをかました。痛い。


曰く、「無属性の大量の魔力を一度に取り込めば、封印は壊れる」とのこと。

だが魔法ってのは普通属性がある。無属性とは、この世界ではすなわち物理。無属性の魔力ってのはそうそうない。そんなものを大量に、となると、ほとんど無理に近い。

「……ふむ。マリ様、どうなされますか?」アーサーがウチに訊く。


「ウチはそのほとんどの外の存在ぞ?」

魔法に関する歌なら、把握済みだ。奇跡の一つ二つ、起こしてやるよ。

「とりあえずサビナはそこに座って。」と指示したら、正直に座ってくれた。


これはちょっと難易度が高い歌だ。今回はあえて伴奏はない方がいい。

純粋な魔力が欲しいなら、くれてやるさ。

魔導兵器の悲劇の歌。永い永い時を生きた、少年の心。

歌ってみせるよ。


「♪ドゥ・パドゥメ ドゥ・ワナ・メリア ル・スィ ル・パドゥエ ゼナ・メクテリィ ル・スィラ……」


ウチの周りに白い光の玉が浮かぶ。弾幕のようなそれは、ゆらりゆらりとサビナに吸い込まれる。短く力強い歌が進むにつれ、光は増していく。と、サビナの周りに黒い鎖が見えた気がした。


「♪ドゥ・ワ・ルマリ ドゥ・ウィ・ガメンナ・プノレア モァ・エ・ジョゥ ラ・カギエヌ・ソエ……」


魔力が膨れ上がり、鎖が軋む。あと少しで、封印は壊されるだろう。


壊れた後はどうなるかなんて気にしてる暇はなかった。


途端、鎖がちぎれた。

サビナから立ち上る、激しい魔力の渦。巻き起こされる激しい風に、魔力に、圧倒されるしかない。

封印を壊すほどの魔力を人間が手にしたら、そりゃ暴走しますわ。

「魔力の暴走だっ! このままでは危険です!」アーサーがウチをかばうように警告をあげる。

でも、ウチの突拍子もない発想は、これさえもプラスにとった。


全属性を操るほどの魔法使いが暴走するくらいの魔力。

それを利用すれば、神樹も、神樹がまとめる神獣たちも。


「サビナっ! カシスに魔力を送れ! カシスは植物治癒にその魔力を使い、神樹を!」

この魔力で、この世界の属性のバランス、とってやる!


カシスがサビナの手首を掴み、もう片手を神樹に叩きつける。懐中電灯に緑の透明なフィルムを貼って、緑の光を出すような感じに。神樹に植物の、命の魔力を注ぎ込む。

でも、それだけじゃ足りない。神樹自体に命を吹き込むのはウチの仕事だ。その命を維持するほどの生命力はカシスがなんとかしてくれる。


「♪チキュウぼっこのラブにオハヨーハヨー あさとひるとよるにオハヨーハヨー ウチュウギンガのリズムにオハヨーハヨー アダムとイブのあいだにオハヨーハヨー……!」


さぁ、生き返れ!!


歌が神樹に届いた途端、枯れた樹皮が剥がれ、下から真新しい皮が現れた。木から発される神々しさはみるみる勢いを増し、歌い終えた頃には上から緑の葉が一枚、二枚と降って来た。

上を見上げると、見事なキャノピー。

うん、成功。


と、神樹の根元で燃え尽きているカシスとサビナに駆け寄る。とりあえず、この二人を治したい。ラクト、ランス、アーサーも同じ考えだったようで、一緒に駆け寄る。駆け寄らないといけないくらい距離が離れている。そんなに魔力の圧で飛ばされたのか。すごいな。

「な、なんとかなったぁ……。」カシスが青い目をパチクリさせながら、疲れた様子でにへらぁ、と笑う。今日のMVPはお前だ。

さてと、サビナの方は。

杖を支えに、座っている状態。しゃがんで目線を合わせる。


「おかえり、サビナ」

大魔法使い、復活だ。

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