第13話 歌姫と大地と真実と

「さて、次はどっちへどれくらい?」

二十日はかかるみたいです。うぎゃん。


地図を半分歩かないと行けない旅路にちょっとやる気が抜ける。四分の三倒したから家くらいもらえるんじゃないか。

「王からの命令を無下にするとは何事だ」とラクトに怒られましたが。だろうな。

「だけど流石に遠いですねぇ。せめて歩くのが楽になる歌とかないんですかぁ?」カシスがのんびりと訊く。

「今のところ『歩き』に関する歌は全部出し切ったよ。それで効果がないから、もう無理と思って。」思わずため息が出る。

「じゃあ歩く以外の方法はどうだよ。」ランスの一言。

「走る?」

「違うって。」ランスの冷静なツッコミいただきました。サビナが吹く。漫才ごちです。


うーん。

歩く以外の歌。

長距離移動の歌。

あったはず。


そう思った瞬間、ちょっと周りが暗くなる。そしてみんなが息を飲む。

もしかして、ウチ今レグシナ様の援護もらってます?

体光ってます?

暖かな感覚とともに、一つのメロディが頭に響く。

なるほど。今までは光とか見えなかったけど、パニクった時とか咄嗟に歌や行動が出せたのは今まで女神様の援護付きだったからなのかな。正直ウチにそんなのを考えつく反射神経や頭脳ないし、実際その行動で状況を打開してたし。

さすが勝利の女神様。ウチを勝利へと導いてくれていたんだ。

無意識なんて呼んじゃってごめんなさい。後々お供え物します。


「みんな、ちょっと捕まってて。」

女神パワーを受けているウチの命令に逆らう者はいない。

伴奏石も、立体音響もいらない。

最初のフレーズで十分。


さ、伝説の元へと飛ぶかね。


「♪でんでんでんでん伝説の ほとり目指して三千里 いにいにいにいに古の 伝書に記された」


平和の鳩のような白い(魔力で構成された)翼を広げ、いざ、最後の魔物の元へ。


ウチたち六人が降り立ったのは、地図を半分越えた地点。常に霧が隠している、山の上の湖。

あ、これポケダンで見たわ。

そしてそのほとりに、伝説……いや、魔獣がいた。

大地の獣王。

見た目ごつい牛。ウチたちの中で一番背が高いアーサーが三人タテに並んでも越えられないであろうデカさ。それに見合うでっかいツノ、黒い体毛。真珠のような小さく白い目。


「キングベヒんモス」とつぶやいたウチは悪くない。


『……おお、そなたがアルテリアが送ってきたとされる歌姫か。』でっかい図体からは思わないような優しい声が響く。

「そうです。」そんな声されたら正直に言うしかない。

『では問おう。なぜ我々神獣を討つ?』

「王本人による依頼だ。」ラクトが剣を抜く。でもウチは立体音響をちょっとそっちに振り、抑えるようにと合図する。

「詳しく言うならば、アルテリア王国に害をなそうと目論む魔物の討伐依頼だ。」アーサーも杖を構えかけたけど、抑え込む。このチームの男性陣、結構血の気が多いよね。

魔獣はふむ、と鼻を鳴らし、ウチに視線を向けた。

『では、歌姫よ。交渉をしようではないか。』

「交渉?」こんなの初めてだ。もしかしてこの最後の魔獣は比較的穏やかなんだろうか。

『うむ。我の提示する……試練とでも呼ぼう。その試練を越えてみせたなら、アルテリア王国に一切害をなさないと誓おうではないか。』

命育む大地の神獣ゆえ、無益な殺生は求めない。それが敵であろうとも。この命と、女神レグシナの名にかけて誓おう、と。

その言葉の、なんと効果的なことか。


考えてください。

ウチ、血なんて怪我した時や不調なときにしか見てない、平和〜な国からここに来たんですよ?

時間経過で光になって消えるとはいえ、血みどろが日常茶飯事なこの世界。


正直言ってもう嫌だったんで。

「いいですよ」と返してしまった。


みんなの驚き、そして不評の声を振り切って、ウチは問う。

「で、その試練とはなんですか?」

『そうだな。』大地の魔獣は考えるような仕草の後、大きなツノで湖の周りに生えた木々を指す。全て真っ黒になった枯れ木だ。

『ここは命を育む聖地。だが最近の人間らの横暴な扱いにより、大地は血で汚れた。その汚れを吸い集め、新たな命が育めるようにはしているが……。』

「限界、なのかな。」サビナがつぶやく。魔獣がそれに対して頷くものだから驚いてる。

『歌姫よ。そなたの歌は奇跡を起こせるのだろう。ならば、』


ここの木々全てに命をふきこめ。

それができたなら、アルテリアに危害はない。


「ちょっと時間をくれますか。」

そう言ってウチは他のみんなと会議を始めた。


「で、そんな歌あるのか。」ラクトが呆れた顔で訊く。まさか最後の魔獣がこれほどの平和主義者なんて、彼も思っていなかったんだろう。そして、ウチがそれに乗ってしまう弱い人間だってことも。

「あるけど、ちょっと限定的なんだ。」さらにすでに頭にそのメロディは流れてる。あとは歌うだけなんだけど、条件が合うか否か。

「限定的ぃ?」ランスが驚いた顔。ここ一帯を覆う霧のせいで、金髪がちょっとしんなりしてる。

「限定的、とは……どのように、でしょうか?」アーサーも疑問に満ちた顔だ。

「……ある特定の木の種類じゃないと効かないかもしれない。」

「その木の種類って何?」サビナが心配に満ちた表情でこちらを見やる。

「ウチの故郷の名物。小ぶりな花を大量に咲かせる木だよ。」ウチの過去のことはあんまり言ってないけど、これでどんだけ特殊な歌か、どれだけ限定的かはわかってくれただろうか。


でも人生、案外簡単ですね。


「どんな種類かはわかりませんが、ここの木々は自分を『サクラ』と名乗ってますよ。」

「限定解除ぉ!!」

カシスの情報で迷いが晴れた。

あと周りのみんなを大声で驚かせてしまった。

ごめん。


「もう汚れは吸いたくない、咲く気力もないと言ってますね」なんて忠告、聞くに足らず。

気力を突っ込むだけよ。

立体音響を湖に向け、伴奏石をひねる。

和風の笛、そしてアレンジで入れられた三味線の音。

イントロとともに流れ出すロックギター。

湖に音を反射させ、そこの周り全体に効果が出るように拡散する。


日本の心、見せてやるわ!


「♪巡り巡るこの季節 暖かくなってくるころに 花を咲かせては色彩 虹を夢見ては来来 南から北にかけて 廻る廻る世界を覆う この小さな花弁に託された その大きな夢物語」


歌声に押され、霧が少しずつ晴れていく。声ってのは空気の振動ですから。

気のせいか、黒いだけだった木々が、ほんのりと色づき始める。

後ろでウチの歌う姿を見ているみんな、そして優しい魔獣はほう、と息をついていた。

歌が進むにつれ、その色は確信へと変わる。ざわり、ざわりと枝が揺れる。まるで、咲く合図を待っているかのように。一番近くの木をちらりと見やると、確かに蕾が見える。あとちょっとだよ。

さぁ、ラストだ。


「♪枝を伸ばして 蕾を増やし 大地に根を食い込ませ 高く高く 咲き誇れ」


「咲き誇れ」の「れ」で一斉に花が咲く。ウチの知っている品種よりは花が赤に近いのは、汚れた血を吸った大地の木だからか。


最後まで伴奏を流し、綺麗に終わる。立体音響も含む、ちょっとした決めポーズも入れちゃったりして。ひらりひらりと赤い花が舞う。感謝するかのように。


『約束通りだ。我、大地の神獣テレモティス、女神レグシナの名とこの命にかけ、誓う。王国アルテリア、およびその周辺には危害は与えぬ。』


「王の依頼は魔獣の討伐だったよな? あれでいいのか?」王都に戻ろうと歌いかけたところでランスが訊く。

「無力化したからいいんじゃないかな。」その一言の後に、ウチはアルテリアを思い浮かべて。


「♪でんでんでんでん伝説の」


同じ歌だけどいいじゃん。


===


やっと帰ってこれた! 懐かしいとも思える城門、マーブルヴェール外の森の嗅ぎ慣れた匂い。久しぶりな気がする。

城門前の兵士が天から降り立ったウチたちをみてちょっとびっくりしたが、すぐに上に報告したらしく、門が開いて大勢の兵士たちに囲まれた。

……え、ちょっと敵対イベント?


「王の元へとゆくぞ。」

この兵士たちの中で一番偉そうな奴が用件を伝え、ウチたちはそいつらに囲まれて街中を歩く。ウチの知ってるマーブルヴェールの石畳が、もっと滑らかな石畳に変わった。なるほど、ここが王都。周りをもっと見たいけど、ウチを守るように囲む五人の仲間たち、そしてそれをさらに囲む兵士たちで見えない。くぅ。


城なんてゲーム以外で初めて入ったよ。

RPGでよく見る、洋風な城。柱はローマ風、白いから大理石かな。垂れ幕とかが国旗デザイン。ちょっと威圧感。赤いビロードの絨毯、金糸で縁取りされてる。税金とかここに使われてるのかな。

兵士たちと兵士長様?がウチらをまっすぐと玉座の前に連れて行ってくれた。

そこに座ってましたのは、どこの誰が見ても王様と言える人物でした。

柔らかな紫色のゆったりとした服、銀色のヒゲ、鋭い眼光。金に色とりどりの宝石が埋まった王冠も輝く。

ウチ以外が跪く。ウチも急いで真似する。


「いやいや、かしこまらなくていい。」そう王様は笑う。……え、いいの?

でもまぁ、とりあえず姿勢は崩さない。

咳払いが聞こえる。

「……さて、この王国に害をなす魔獣退治、よくやった。だが一体討ち損ねたようだな?」

「はっ。彼奴は女神レグシナの名にかけ、害をなさないと誓いました。故に危害は加えないだろうと判断した所存でございます。」

……あ、ラクト驚いてる。ジャパニーズ舐めんな、敬語は基本よ。

「ふむ。年端のいかぬ子としては十分な成果だ。」と、王様が頷く。

この世界の成人年齢は18。ウチ、18。そんな幼く見えます?


「では、良いものを見せよう。ニクト、こちらに。」王が手をパンパンと鳴らす。

玉座の左後ろ、カーテンの隙間から、深緑色のローブを着込んだ老人が、水晶玉を手にしてこちらへやってくる。

「ニクトは我が専属大魔導士。依頼の手紙にも書いたはずだ。」王の顔が笑みに変わる。


なぜだろう、あの笑み。

嫌な予感しかしない。


そして、その予感は正しいものとなる。


大魔導士の水晶玉から光の靄が登る。その靄の中に映されていたのは、


大地の獣王を襲う、ガーゴイル型の魔物の大群。


サビナの息を飲む声が聞こえる。映像を映すだけなら耐えられたが、あれは音声も拾うらしい。


ずっと、ずっと。

魔獣は恨んでいた。

ウチたちを信じてはいけなかったと。

アルテリアは悪だと。


ガーゴイルの大群が黒い霧のように魔獣の体を覆う。

それが晴れた時、残っていたのは骨と少量の肉。


映像はそこで終わり、光の靄は消え去る。


「これで依頼は完了だ。」王が笑みで目を輝かせながら、こちらに話を向ける。

目が、冷たい。同じ人間とは思えない、狂気を宿している。


「さぁ、望むものは叶えよう。それが報酬だ。」


「その前に少々、質問をよろしいでしょうか。」

ウチは恐怖で震える声を押さえ込み、王と目を合わせる。


「魔物同士での食物連鎖。これは普通にあると見て間違いありません。」

自然の掟に反するものはない。

「ですが、あれほどの知性を、あれほどの力を蓄えた魔獣……いえ、『神獣』を一瞬で食い尽くす魔物の群れなぞ見たことも、聞いたこともありません。」

様々な話を歩いている途中に聞いた。

「そしてあの動き。一糸乱れぬ連携。あれほどいながら、抵抗する神獣と相打ちし、亡骸同士が地面を汚すこともなく。」

そこにあった骨などは、神獣のものだけだった。

「あの四体の魔物らは全て、アルテリアの国、そして王のあなたを邪悪と呼びました。」

そして、光と闇を除く、魔力の四元素の獣らは生き絶えた。


「彼奴等は、本当に『害をなす魔物』だったのですか?」


もう、答えは知っている。


「……いや。違うな。」

王の眼光がさらに冷たく、さらに狂気を孕む。


「我が王国の邪魔、それのみ。」


空気が重い。光溢れる暖かなシャンデリアの火も、いつの間にか紫色に。

ああ、つまりは、そういうこと。



「スタート地点が魔王城って有りかいな。」



ウチの言葉で王の目が見開かれ、膨大な瘴気が巻き起こる。暴風とも思える、黒い霧。『運の魔法使い』の出したあれより数十倍強い。

カバンが突然開き、暴風の中で浮くことがないであろう銅貨や銀貨が宙を舞う。黒い渦が包み、金属製の煌めきは翼を生やした亜人や、筋肉隆々の人ならざるものへと姿形を変える。

「おい、逃げないとやばいぞ!!」ランスが闇の暴風に耐えながら叫ぶ。

ウチだって知ってるわ。

「全員集まれ!!」号令をかける。五人分の手がウチを掴む。王……いや、『魔王』が高らかに笑う。

ああもう、逃げてやるとも!


「♪散々だなぁ逃げたいなぁ 期待しちゃうよ もう私を見ないで なんて言葉も ポケットにしまおう」


月のような輝きをまとい、短距離ワープで逃げ出したウチたち。城の外に出たはいいけど。

「嘘……!」

嘘じゃないよ、サビナ。


城から突如吹き出した黒い霧は王都どころかマーブルヴェール自体を覆って、住民が苦しんでいた。

己に角がメキメキと生えていることも気にせず、魔物と化した母の名を泣き叫ぶ子供。

悪魔の羽を生やしながらもなお、神に祈りを捧げる神父。

屈強な男らがしぼみ、子供が膨れ上がり、皆が皆魔物になっていく。


「魔王が本性を現したな……!」アーサーが魔窟になりつつある街に杖を向ける。

「今は逃げる、それしかねぇ! おいマリ、もっと遠いところに移動できないのか?!」ランスが無茶振りを振る。

ウチも無茶するよ。命かかってますし。


「♪HOW TO WARP今あなたの星までHOW TO WARPすぐに跳んでゆくから……」


歌えば魔物も気づく。すでに精神が汚染された町の住人たちはウチらめがけて襲いかかる。

が、危機一髪。


目を開けると、城門の前。

緑と黄色の旗が目に入る。


「ここまでいけば、なんとかなるかな」

そう呟いて、ウチは気絶した。

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