禁じられた青と精霊王

風都

第1章 微睡み

第1話 朝

 ふかふかのベッドが嫌いな人っているのかしら?と、私リリアーゼ・モンテリオールは思った。

 柔らかい感触に埋もれながら、うつらうつらとした意識の中で、ガチャと扉が鳴いた。押し殺した数名の足音が聞こえる。クスクスと笑う人と、鋭くシッとその人を叱る人。そして、もう1人。真っ直ぐにこちらへ向かってくる人。


「リリアーゼお嬢様!早く起きてくださいませ!」


 熟練メイドのマリアは今日も耳に響く高い声をあげながら、無情に掛け布団を剥ぎ取った。

 薄ピンク色のワンピースタイプの寝衣と細い手足が朝の空気に触れる。天国のような温かさに包まれていた私は、突然の現実の冷たさに体を丸めて縮こまった。

 毎回思うが、マリアの起こし方は手荒すぎる。私は一応侯爵令嬢なのに。


 そう思いながら目を開けると、もう太陽が燦々と輝いていた。わかってはいたが、起きたくはなかったのだ。


「マリア、あと5分」

 お天道様は見えなかった。うん。

 まだ大丈夫な時間だ。

「まぁ、5分で満足に寝られますか?」

 呆れた調子のマリアはわざと大きな声で言った。眠気が飛んでしまいそうになる。

「なら、1時間で」

「却下します。もうラジミィアお嬢様もルティアス坊っちゃまも起きてらっしゃいますよ!」


 姉様とルティが早起きだからといって私も早起きしなければならないかと言えば、必ずしもそうでないと思ったが、言葉ごと呑み込む。

 朝に鍛錬する必要がない私が言ってしまうと、棘があるように聞こえるから。

 精一杯の気遣いかつ言い訳を寝起きの頭で考えながら、ゆっくりと眼を開けた。


 これまたゆっくりと体を起こして、両手を上に突き出す形で伸びをした。すでにマリアは顔を洗う用の水桶を用意していた。

 勇気を出して手を水桶につけると、案の定冷たい。我慢して顔を洗い、水滴が滴る顔を波立つ洗面台に映しながら左手を出すと、マリアがタオルを手渡してくれる。柔らかくてふかふかのタオルで拭くと、他のメイドと目が合った。

 どちらもまだ若いお嬢さんのようだ。じっと見つめると咄嗟に目を逸らされたが、目線を外さない。

 どちらだろう、さっき笑ったのは。


「お着替えでございます」


 タオルから顔を上げると、マリアが着替えを持って控えていた。

 マリア、さすが慣れているのか仕事が早すぎる。


「ありがとう」


 毎日欠かさず私はマリアと他のメイド達にお礼を言う。礼儀はしっかりしないとまた、変な噂がたてられるから。

 他人の口をふさぐのはできないことだから、できるだけ、話の種は作らないようにと礼儀正しく心がけるのが私の精一杯の努力。

 そうでもしないと、また辞めさせなければいけなくなってしまうから。

 マリアをチラと見て、私はドレスを受け取った。


 差し出されたドレスはAラインで白ベースのシンプルなものだ。すごく愛用している。特に、襟元に小さく申し訳程度になされた赤い糸の刺繍が気に入っている。


「若いのですから、もっと派手なドレスをお召しになってくださいませ」


 そう言ってマリアが差し出すのは、決まってショッキングピンクがベースでキラキラ輝くラメが散りばめられている派手なものだ。


「絶対それだけは着ない!!」

「お似合いだと思われますが」

「姉様の方が絶対似合うって」

 いや、これは姉でも着ない。

 そう思ったが口には出さない。

「御二方は顔もスタイルもそっくりなので、リーゼお嬢様にもぴったりでございますよ?」


 毎日飽きもせずマリアは派手なドレスを勧めてくる。私の趣味はモノクロで装飾がシンプルなもの、ハッキリとした暖色系はあまり使用せず、ごくたまにシャーベットカラーのピンク色のドレスを纏うだけだ。

(同じ顔とスタイル、ね)

 背を向けてドレスをしまっているマリアには気付かれないようにため息をついた。が、同時にドレスを見ていたメイドの1人とバッチリ目が合ってしまった。

 眉をひそめた表情をしていた。

 ああ、今度も長く居させられない。

 私は少し気が重くなった。


「マリアは心配です。このままではリリアーゼお嬢様は恋もせず、したとしても実らず、若いうちから老婦人のような服を召して、枯れたまま老けていくのかと思うと……胸が痛うございます」

「まだ12歳だから」

「リリアーゼお嬢様がジミィアお嬢様やルティアス坊ちゃんより目立ちにならないのもその為かと」

「そもそも屋敷から出られないし」

「せっかく目鼻立ちのしっかりした麗しいお顔をお持ちでいらっしゃるのに、もったいのうございます」

「めのい……」

「ああ!私は多くの人に愛されるリリアーゼお嬢様が見とうございます。これがこの老いぼれの最後の夢です」

 老人とは思えない大きな声で、私の言葉を遮ったマリアは、くるりと回って天に両手を突き出した。

「……姉様とルティ、それからあなたがいれば充分よ」


 マリアは私がこう言えば、一瞬訝しげな表情はするものの、笑ってくれる。

 これが毎朝のルーティン。


 私には姉と弟がいる。

 そして、私たちは何時間、いや何分の差で生まれてきた。そっくりな見た目で。



 つまり、三つ子なのだ。

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