白南関攻防戦 02


  こうして、フェザーミルから南のリンカーフォルへの援軍は兵一〇〇。

 それを率いるのは辺境姫ヘネシー。ストーリア【疾風の】大将軍ライバー。その娘、兵長ターシャと決まった。

 皆が退廷し、残ったのはヘネシーとジノ、トレーフルだった。

「ねえ辺境姫様、オレは行っちゃいけないのかな?」

 ジノが残念そうに、ヘネシーにそう訊いた。

「何を言ってるのよ。主であるあたしが出陣するんだから、侍従贄フィーズであるジノも一緒に行くに決まってるじゃん!」

「おおっ、有り難い!」

 ぱっ、と、思わず破顔するジノ。

「実際、オレだって役に立てると思うし、見てみたいものもある」

「見てみたいもの?」

「うん。白南関そのものさ」

「白南関を? ジノがこの国に入った時、見たんじゃないの?」

「それがさ、空白地帯で捕まってぎゅうぎゅうの檻馬車に叩き込まれてたから、背が低かったオレにはフェザーミルに到着するまで、景色なんか見られなかったんだよね」

「ははあ、そうだったんだ」

 ジノとて、まさかストーリア公国に捕まるなんて夢にも思わなかった。何せ目的地は南の森に住むダークエルフだったのだから。

「ところで、当然のことを訊くけど、ヴァンパイアは昼に弱いよね」

「それはそうね。ヴァンパイアだもん」

「夜なら、きっとヴァンパイアは大いにトロールを討つだろうね。でも、さすがに鈍いトロールだって、そこまで馬鹿じゃない……と思う。主に昼間に攻めてくると思われるトロール軍に対し、どうやって白南関を守るのかな、と思って。それを見てみたい」

「あー、成る程ね」

 ジノの懸念は、昼間に白南関が落とされ、ヴァンパイアらの棺桶を片っ端から開けられることだ。トロールの馬鹿力をもってすれば、どんなに重い棺の蓋でも、片手で開けるだろう。

 では、どうやってヴァンパイアらは戦の時に昼間を凌ぐのか、これを後学の為に見ておきたかったのである。

「基本的に昼を守るヴァンパイアの数は、おそらく五十人程度じゃないかな。それぞれヒトを数人引き連れて、白南関を防衛すると思うわ」

「ヒトを使うの?」

「白南関は砦と街が一緒になったような場所だからね。ヒトだって、トロールに捕まったら食べられちゃうんだから、必死になって戦うわ」

「それは否定しないけど……そうか、こういう場面でも、ヒトは利用されるのか」

 ジノは赤い仮面の下で眉間に皺を寄せ、何とかならないか考えてみた。

「フェザーミルから、矢を大量に持って行こう。どういう戦いになるか分からないけど、相手がトロールなら力対力は避けたい。何せヒトは弱いから、剣や槍じゃ歯が立たない。トロールを一体たりとも城壁に上げないつもりで戦うよ。ヒトを一人でも失わないよう、オレはそこに心血を注ぐ!」

「! ……そうね。頑丈なトロールが相手だもんねえ。ジノの言う通りだわ」

 ヘネシーの言葉に、ジノは己の「一人でもヒトを救いたい」という想いを汲み取ってくれる暖かさを感じ、微かに口許を緩めた。

「あとはその“白南関”というのが、トロールの猛攻に耐えられるかだけど――」

「そこは問題ないわ。何せ、これまで白南関は、東のシルバーキープにある“白麗関”と共に二大国門と呼ばれてて、どちらも一度たりとも落ちたことがないもの。何せ【放逸の】発明家キリエが、仕掛けをたっぷり施してあるらしいからね」

「ううむ、それを聞いたら、益々、見に行きたくなったなあ」

 キリエといえば造り上げた兵器を“作品”と呼び、場合によっては国主であるハーシュタット大公にも兵器を貸さなかったという逸話から、付いた二つ名が【放逸の】発明家である。

 しかし、その発明品の数々によって白麗関と白南関は不落の栄誉を誇っているのだから、その功績はストーリア公国全土に渡っていると言っても過言ではなかった。

「ジノの言う通り、軍事局には矢を大量に用意するよう通達する。矢は幾らあっても、困らないだろうしね」

「有り難う。今日はなるべく夜更かしして、昼に寝ておくよ」

「ジノは、軍略書も読んだのね」

「うん? どうして分かったの?」

「ヴィオラの件よ。だって傭兵団を雇うと聞いただけで、トロール軍の兵站を襲わせる策を出してきているもの。軍略を知らなければ出てくる言葉じゃないわ」

「……辺境姫様は時々、鋭いね」

「時々とは失礼ね!」

 ジノは感心して、ヘネシーに視線を投げた。

「まだまだ模索中だけど、ヒトとしてヴァンパイアの役に立つとすれば、知恵と知識しかないと思ってる。そういう意味で軍略書も読んでおいた」

「本当に、ジノは努力家ね」

「いや、色々と必死なだけさ。何せオレは天才だけど、ヒトだからね。それに、大きな夢があるからさ」

「夢?」

「うん」

「どんな?」

「内緒」

「そこまで言っといて内緒って!?」

 ヘネシーは玉座からダイブし、ジノの背中にぴとっと張り付くと、素早く首に腕を回し、締め上げた。

 ヴァンパイアの力は、市民階級でもかなりのものだ。ましてヘネシーは【黒炎神の現し身である】大公の娘。軽く締めているつもりだろうが、ジノからすれば熊か野獣に締め上げられているような錯覚に陥った。

「ちょ、苦し……離して……」

「言え~」

 ジノが意識を失う直前に残した最後の言葉は、情けなくも「助けて」だった。


          ★ ☆ ★ ☆


 翌日の夕暮れ。

 フェザーミル城の城門前広場には、一〇〇のヴァンパイア兵と、ライバー将軍、ターシャ兵長が揃っていた。

 皆、鎧ではなく、紅のベストに白いズボン、そして首から肩まで覆った鎖帷子に、頭部を守るヘルムを被っていた。

 瞬時にして傷を治せるヴァンパイアにとって、鎧など邪魔にしかならない。しかし、首や頭部だけは守らねばならないので、必然的にこのような装備に行き着いたのである。

 因みに、紅色はフェザーミルの象徴色であり、ヘルムも赤色に塗装されていた。

 やがて、ローブ姿に赤い仮面をつけたジノが、白い馬の手綱を引いて現れた。

 騎乗しているのは、深紅のカーディガンに、白のホットパンツ姿という、艶やかさと動きやすさを掛け合わせた衣装を纏った、ヘネシー・ストーリアだった。

「ジノ、本当に町中を通ってリンカーフォルに向かっていいのね?」

 ヘネシーが、事前にそう聞かされたことを、再度確認する。仮面姿のジノはヘネシーに微笑んで、ただ頷いた。

 そしてジノはヘネシーを乗せた馬を城門前まで移動させると、ヘネシーは腰に差していた剣を抜いて、それを天に掲げて叫んだ。

「皆のもの、よく聞け! 我らはこれより城下町を通ってリンカーフォル領に入った後、白南関へ直行する。先陣はライバー将軍、中軍には私、後に続く輜重隊はターシャに任せるわ。我らの勇姿を、領民に見せつけるのよ!」

『おおおおおおおっ!』

 ライバー、ターシャが剣を掲げ、その後ろにいる一〇〇の兵も歓声を上げた。

「愚かにも我らヴァンパイアの国を侵そうとしているトロールに、正義の剣を浴びせに行くわ! この戦いはリンカーフォルへの援軍だけど、遠慮することはないわ。存分に働き、辺境のフェザーミル侮り難しということを、この戦いで示してやりましょう!」

 ヘネシーの檄と共に、城門が開かれる。


「いざ、出陣っ!」

『おおおおおおおおおおお――――っ!』


 広場に集まった兵はライバーを先頭に出陣する。ジノは別の馬に乗り、ヘネシーと共に中軍の流れに乗った。最後尾は矢などをたっぷり積んだ輜重隊の馬車が三十台並び、兵長ターシャがこれを守った。

 フェザーミル軍は、威風堂々と城下町を通り抜ける。道に面した建物や沿道からは、フェザーミル軍の勇士たちを一目見ようと、市民階級のヴァンパイアや、旅のものたちの衆目を集め、期待を込められた声が雨のように降り注いでいた。

 フェザーミル軍の兵士たちは、腕を振り上げたり、手を上げたりしてそれに応える。

 この地方では殆ど戦がないので、兵士の軍勢を見るのは珍しいのだ。だからといって、フェザーミル軍が弱いということはない。戦がなかったということは、同時に訓練する時間はたっぷりあったということだ。

 それに何より、この軍は【疾風の】ライバー大将軍によって、鍛えに鍛え抜かれた猛者たちである。

 実戦経験こそ少ないが、これまで積み上げてきた苦しい訓練の結果を示せる絶好機として、兵士たちは喜び勇んでいた。

 そして、ジノとヘネシーが通りかかると、沿道からの声は絶頂を迎えた。

 特にヘネシーの、普段は見られない戦場向けの衣装は、彼女の魅力を存分に引き立てていた。領民たちはヘネシーのことを、初めは高貴な家の出でありながら、気軽に下向し、下流サロンで飲み、歌い踊る変わった領主だとか、笑顔が魅力的な可愛い少女くらいにしか感じていなかった。  

 しかし今、凜とした姿で騎乗し、戦場に向かうヘネシーの姿を目にしただけで、ぐっと胸に込み上げてくるものがあり、思わず感涙するものまで現れた。

 ヘネシーは、やはり美しい。

 そして、立派な領主だった。

 深紅のヘルムのフェイスガードを上げ、その顔を堂々と晒し、銀の髪をなびかせるその凜然とした表情を見せつけられたら、どんな領民でも、そう思わずにはいられなかった。

 普段は城に籠もり、女性を侍らせて仕事もせず、いざ戦となったら真っ先に逃げるような領主とヘネシーは、真逆の存在だと思い知らされたのだ。

 この行軍を見せつけられただけで、領民たちはヘネシーへの忠誠心を強く持ったのである。

 ヘネシーはジノが「町中の大通りを通るように」と進言した意味が、この時になって理解できた。

 ジノは、無駄なことはしない。

 その言葉には、必ず深い意味があるのだ。

 ヘネシーは沿道からの声に応えつつ、町中を通り過ぎた。



 フェザーミルの城下町を抜けると、景色は自然豊かな田舎道へと豹変する。

 道は土が抉れ、馬車の轍が伸びているだけで、時折、砂利や岩などが転がっていた。

 こうして改めて城から出てみると、フェザーミルがまだまだ辺境であることを思い知らされているようだった。

しばらくはこの道なりでいいのよね?」

 ヘネシーが、併走するジノに訊ねた。

「うん。進軍ルートはライバー将軍に伝えてある。七ディエ後には、白南関に付いているはずだよ」

「そっか、それなら間に合いそうね」

 ヘネシーは、いつもの緩んだ顔を見せた。ここまで来れば、ヘネシーが暗君ではないということを市民に見せつける必要は、もうない。

「ヴァンパイアの足だったら、二ディエ程度で白南関に行くことは可能だろうけどね」

「そうね。でもこれは行軍だからね。多少、時間が掛かるのも無理ないか」

「まあ、トロールの足はとにかく遅いからね。オレらがトロール軍の侵略を知った時点で、彼らが白南関に向かったとしても、かなりの時間を用意するはずだよ。下手をしたら、オレらの方が先に白南関に着いちゃうかもね」

「それならそれで、いいんじゃない?」

 ヘネシーが、首を傾げる。

「いいかい辺境姫様。オレらはあくまで援軍だ。何も率先して血を流すことはない。それをするのはリンカーフォル軍が先だよ」

「そっか、そうだよね、あたしたちは援軍だもの。でも、遅参して白南関が落とされたら、元も子もないわ」

「その通りだね。でも、ライバー将軍を筆頭とするこの軍勢は戦に飢えている。何も言わなくても、少し早足になっちゃうんじゃないかな。そして戦場に着いたら、張り切っちゃうだろうねえ」

「ライバーやターシャには、存分に暴れて貰っていいんじゃない?」

「止めても聞かないだろうし、いいんじゃないかな。但し、辺境姫様は、絶対に戦場に行っちゃダメだからね」

「分かってるわよ。私は兵の士気を上げるのが目的なんでしょ?」

「うん。ただ、やっぱりオレは、ヴァンパイアがどう戦うのか、見てみたい」

「その為にあたしを利用した、とも言えるわね」

「そんなつもりはないけど……そう受け取られても、仕方ないかな」

「いいのよ、ジノ。あたしだって、実戦はこれが初めてだもん」

「えっ!? そうなの?」

「ヒトもヴァンパイアも生きてるだけで、それは戦だって、お父様が言ってたわ。確かにそうかもしれない。でも、あたしは本物の戦に出たことは、今まで一回もないわ」

「じゃあ、これがフェザーミルの辺境姫様の、栄えある初陣なんだね」

「うん。だから、ちょっと怖いかな」

「大丈夫さ。キミには天才のオレがついてる」

「こんな状況で……よく言えるわね」

「だって事実だから、仕方ないじゃないか」

 ジノは、いつも通りだった。

 この兵士たちから発せられる熱気や、息苦しくなる緊張感など、ジノにとってはま何の影響もなかった。

 何せジノは、遙か東方から無法地域とも言える空白地帯を旅してきたのだ。

 今回のように、相手も、その数も、特徴も弱点も知れ渡っているトロールを相手に、気後れする必要など、どこにもない。

 問題らしい問題といえば、フェザーミルの援軍が辿り着く前に白南関が落ちていたらどうするか、という点だけだった。



 フェザーミルを出立して、五ディエ。

 道中は快晴で、星空がまばゆいくらいに煌めいていた。

 ここまでの道中で、ジノが疑問に思っていたことの幾つかは、明らかにされた。

 まず野営する時、ヴァンパイアはどうやって昼をやり過ごすのか、である。

 フェザーミル地方は平地が多く、洞窟など、日光を遮断する場所が極端に少ない。故に生じた疑問だったが、そこは“遮光天幕”と、鋼鉄製の折り畳み棺桶で凌いでいた。特にこの折り畳み式の棺桶は比較的薄くて軽く、内部から鍵が掛かる仕組みになっている。ジノは本当によくできているな、と、感心した。

 そしてヘネシーが眠る天幕を遮光服を着たヴァンパイアの兵士が五名、ぐるりと囲むように守護していた。

 昼に弱いヴァンパイアが活動するには欠かせないのが、この遮光服である。日光を通さない特別な布で作られたこの服は、量産が非常に難しく、故に高価でもある。

 フェザーミル軍もこの服は二〇着しか持っておらず、全員に行き渡らせるほどの財源はない。とはいえ護衛の兵だけが着用すればいいので、今の数でも充分、眠る八〇の将兵を守るには足りる数だった。

 こうして五ディエ目の行軍が終わり、ライバーの勧めで、ヘネシーが全軍に宿営の準備を命じた。既に街道を外れ、ほんの微かに風を感じる平原に、遮光天幕を張ることになった。さすがに五ディエともなると手慣れたもので、初日は三ハル(時間)掛かっていた天幕を、三〇ミン(分)程度で設営し終えた。

 兵士たちの表情も初めは固かったが、今ではすっかり肩の力が抜けている。焚火を囲んで、注射器で抜き取ったヒトの血を飲んだり、ワインを開けて先勝祝いをしたりと、個々に緊張から解放されるべく努力していた。


「一緒に寝て!」

「駄目だって!」

 そんな応酬を繰り広げていたのは、何とこの軍の総大将ヘネシーと、ジノだった。

「別に変なことしないから、ね、一回だけ!」

「女の子が言う台詞じゃないよそれ!?」

 ジノはこんな時にも本を手にし、明かりの下で読書をしていた。

 因みに、ジノはヘネシーの侍従贄フィーズなので、天幕自体は同じもので眠っている。とはいえ、ジノの平均睡眠時間は三ハル程度で、その他の時間を読書や、各隊の見回りに費やしていた。

「オレが辺境姫様の棺桶に入ったら、出られないじゃないか!」

「そう? 携帯棺桶は鋼鉄製だけど、そんなに重くないわよ?」

「そういう意味じゃないよ! 棺桶を開けて、もし日光が差し込んでしまったら、大事じゃないか!」

「むうう、それはそうだけど」

「いや実際問題、辺境姫様は女侯爵。オレはただの侍従贄フィーズであり、ヒトの男子! 棺桶を一つにするのはまずいでしょ!?」

 棺桶を一つにする。自分で言っておいて何だが、背筋がぞっとした。

 棺桶はヴァンパイアの寝床として定着しているが、大元を辿れば、棺桶は死んだヒトが入るものだ。

 などと考えていると、いつの間にか遮光天幕の中に携帯棺桶が広げられていた。この手際のよさは、もしや、と出入り口を見ると、そこにはやはりトレーフルが立っていた。

 もっとも、ヘネシー付きのメイドなのだから、戦場にも来ていてもおかしくはない。何せ、ヘネシーは女侯爵という身分なのだから……と思っていた矢先に「えいっ!」というヘネシーの声がして、ジノは突き飛ばされ、まんまと棺桶の中に入れられてしまった。

 そこからは刹那の出来事だった。

 ヘネシーは瞬時に棺桶の中に身を滑り込ませ、トレーフルが蓋を閉じた。

「あっ! トレーフルまで!?」

 真っ暗闇の中、ドンドン、と、棺桶の蓋を叩くジノ。そこに、ふわり、と、柔らかな感触がジノの身体を硬直させた。ヘネシーが、抱きついてきたのだ。

「ふふ。もう逃げられないわね」

「……そのようだね」

 ジノは嘆息し、抗うのを諦めた。

 どうせ、この棺桶の蓋はジノの力では開けられない。ならば、逆にヘネシーの色香に惑わされる前に、寝てしまおうと思った。


「ねえ、ジノ」

「うん?」

 棺桶の中なので声がやけに響く。ヘネシーの息遣いまで、身体で感じられた。本来は一人用の棺桶だ。二人入れば、嫌でも身体を寄せ合うことになるのだ。

 ヘネシーが発する吐息や、甘い香りは、ジノの男の部分を激しく刺激した。

「お願いがあるの」

「な、何?」

 ヘネシーはジノの腕を取り、その上に自分の頭を乗せた。

「腕枕。いいかな?」

「え、あ、うん。いいよ」

 ヘネシーは両腕をジノの胴体に回し、密着した。

「ねえ、辺境姫様」

「なぁに?」

「もしもだよ? もし仮にオレが変な気を起こして、キミを抱いたとする。となると、子供は出来るの?」

「ええ、出来るわ」

「!?」

 意外な回答だった。

 つまり……ヒトであるジノと、ヴァンパイアであるヘネシーは、今のままでも男女の関係になることが出来るのだ。

「でもそれは、幸せなことじゃないわ」

「どういう意味?」

「ヒトとヴァンパイア、もしくはヴァンパイアとヒトの間に生まれたものは、ハーフ・ヴァンパイアと呼ばれ、忌み嫌われているの」

「ハーフ・ヴァンパイア……」

 聞いたことのない種族だった。

「ちょっと想像した限りでは、日光を克服したヴァンパイアみたいな感じ?」

「運がよければね」

「そうか、その逆もあり得るんだ。つまり、日光に弱く、膂力も回復力もヒト並みのヴァンパイア……」

「そんな子になったら、悲惨な最期しか待っていないわ」

「…………」

 ジノは、思わず黙ってしまった。

「いずれにしてもハーフ・ヴァンパイアはストーリア公国では最悪の雑種として、国外追放されるわ。産んだヴァンパイアやヒトも、身分に関係なく絞首台行きよ」

「成る程……それだけの大罪ということか」

「だから、安心して。何かする時は、ちゃんとジノをヴァンパイアにしてからにするから!」

「うっ!?」

 ヘネシーがジノを抱き締めて、そう言った。

「ヴァンパイアって案外、孤独なのよ」

「え?」

 ヘネシーが意外なことを言い出したので、ジノはまたも、ヘネシーの顔を見た。

 ヘネシーはヴァンパイアなので、くっきりとジノの顔が見えているはずだ。だがジノの方は、この真の暗闇の中を、精一杯、目を見開いて瞳孔を開き、ヘネシーの顔を認識しようとしていた。

「ヴァンパイアは産まれて十ヤーズもすれば、成人の身体になるの。小さい頃は親と一緒の棺桶で眠るんだけど、成人してからは常に、眠るのは一人よ。仲のいいヴァンパイアは棺桶を一つにすることがあるみたいだけど、あたしにはそんなヴァンパイアはいないわ」

 ジノは淡々と語るヘネシーの、頭を撫でた。

「んー、気持ちいい」

「辺境姫様は、常にこの狭い孤独と戦ってたんだね。オレなら、辺境姫様の心の渇きを潤すことが出来るかな?」

「やってみないと分からない。だからこうして、あたしの棺桶にジノを入れたのよ」

「で、ご感想は?」

「何だか、安心する」

「それはよかった」

「ねえ、このまま腕枕して貰ってていい?」

「辺境姫様の、お望みのままに」

「ちょっとだったら、あたしの好きなところ、触っていいからね」

「いっ、いや、それは、またの機会に」

「ふふ……あははっ。ジノがそういうヒトだから、安心、出来るの、かな……」

 ヘネシーはそう言い残し、突如として深い眠りに落ちた。

 ジノは火照る身体を懸命に堪えつつ、この愛らしい主の頭を抱きしめて、瞳を閉じた。


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