孤独。

 孤独、ひとりだけ。いつもひとり。だいじなものにはとうの昔に捨てられた。

 誰も私のことを気にかけない。そりゃそうだ、だって私は「出来損ない」だから。

 誰もいない、誰もいてくれない。

 どんなわたしだったら、、、だれかがそばにいてくれますか。


 声が聞こえる。そうこれは自分の声だ。真っ黒の世界に反響して虚ろに響く。


 ひとりはいやだよ

「さみしい、だれか」

 でもだれもわたしのことなんか

「もういないに決まってるだろう」

 ねぇおねがい、

「わたしのそばに」


 ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるくろいきおく。いらないいらないふうじこめて。すきだったものももうぜんぶないのごめんなさいいらないこでごめんなさいごめんなさいごめんなさい


 自分の口から出ている声なのか、心の声なのかはもうわからなかった。

 この空間が何なのかとかはもう考える余地がなかった。いやなことつらいこと、ふうじこめてきたものが全部全部牙を剥いて少女に襲い掛かっていた。

 目を開けているのか閉じているのかわからぬ暗闇で、それでも少女は希望を求めるように手を伸ばして


 ――なにかに、触れた。


 きぃぃん、と静かで冷たく鋭利な、でも不思議と心地よい音が響いた。

 何が起こったのか、と前をみると


 そこには満天の星空が広がっていた。

「星・・・空・・・?」

 なにかを掴んだ手をゆっくり開けると、そこにはちいさな星のかけらがあった。

 そのかけらはゆっくり、ゆっくりと少女の周りをくるくると舞い、少女のつけている星型の髪留めに溶けていった。

 少女は不思議そうに、髪留めをなでながら周りを見渡す。

 明らかに少年と出会ったところではなかった。いちめんの草原と上に満天の星空・・・。あまりにも星の数が多くて、明かりなど一切存在していないのにも関わらず薄明かりに満ちていた。

「ここは・・・」

 座った状態からゆっくりと立ち上がり、宙を眺める。

 小さいころから星だけは好きだった。

 星だけは自分を裏切らない、そんな気がしたから。いつも夜になれば、絶対私を見守ってくれる。

 だから星に縋った。こんな自分でも、魔法が使えるようになりますようにって。毎日毎日縋った。

 だから・・・だからなのだろうか?

〈アナタハ一人ジャナイ〉

 星の声が・・・聴こえる。

〈会話ハ出来ナクトモ〉〈ズット姿ガ見エルワケデナクテモ〉〈ソレデモ〉

 私を、支えてくれるかのように。

《アナタニハ、ワタシタチガツイテル・・・星ノ申シ子チャン》

 ふわり、ぼんやりひかった不思議な空間で、

「私には・・・そう・・・」

 少女は星を感じて、

「一人じゃない」





 ――無力になった少女。美しい金と銀の瞳は生気をなくした今も、まるで宝石か美術品のように眼下にはまっている。

 時々うわごとのように彼女の唇から声が漏れる。祈りの様なそれは懺悔と願いだった。

 いらないこでごめんなさいひとりはやだよ

 その言葉は少年の心をも蝕んでいく。図らずしも少年が少女にかけた魔法のように。

「ここから立ち去らないと・・・」

 ふらふらと立ち去ろうとした少年はしかし、どこへも行く当てがないと気づく。

 どうしたものか、とふと少女の方を振り返る。


「ふふ・・・」

 少女の口からそんな声が漏れた。

 おかしい。

「なんで・・・『虚無』になったはずなのに・・・」


「『虚無』っていうのか、この魔法は」

 なるほどな、ふむふむと少女は呟く。

「それ、なかなか珍しい魔法なのでは?学園に在籍していた時も見たこともないし聞いたこともない・・・なかなか、高度な魔法のようだし・・・あなた、それをどうやって習得したんだ?」

 めずらしいものを見て瞳を輝かせる姿は、まるで小さな子供の様だった。

「……魔法……?それより、どうしてこの力が・・・」

「これはどういう魔法なのか?体感して、少しはわかりかけてはいるが」

「まず魔法ってなんだよ……意味わかんねぇよ」

「ん・・・?どういうことだ?」

 だがわかんなくてそれはすごいな、と少し少年をうらやむように見た後、少女ははっきりとこう答える。


「なぜ、あなたの…多分魔法が私に聞かないのか・・・それは、私にはいつだって星々がついているからだ」


「星・・・?」

 いぶかしげに見る少年の目には、この世界のすべてを拒絶するような瞳を持つ少女のなかに芽生えた『あたたかさ』が見えた。

 それは確実に最初にあった時には少女にはなかったもので。

 そして多分、少年が欲しかったもので。

 そんなことを思われているとは知らず、少女は言う。

「あなたには礼を言わねばならない。ありがとう。・・・まぁいきなり戦闘を仕掛けてきたり町中の人々に魔法をかけたりするのはどうかと思うが」

 少女はそれで立ち去ろうとして・・・再び、少年を振り返る。

「そうだあなた、どこの人間なのだ?黒い瞳に黒い髪とはまた珍しい・・・私があまり言えたことではないが」

 たしかにいえたことじゃないな、と少年は前置きする。

「俺、そのよくここのことはわかってないけど・・・ただわかることはここには俺の定まった居場所がないってことだよ」

「ふぅむ・・・そうか」

 少女は少し考えこんで、



「それならば、私と共に行くか?」



 銀色の少女から発せられた言葉に、黒の少年は面食らう。

「あなたと・・・?俺はあなたを攻撃した、なのにあなたは」

「別にあれぐらいどうってことはない。現に私はちゃんと自我を取り戻した。それに」

「それに?」

 彼女は少し逡巡した様に、言うべきか迷った後で口を開く。


「私も、誰かを支えてみたい。・・・私に大切なもの――星たちのことをきづかせてくれた、あなたなら特に」


「俺を・・・支える?」

「あ、傲慢だったか・・・?すまん、確かに上から目線過ぎた、居場所がないのは私も――」

「いや・・・大丈夫、そうじゃなくて・・・」


 はじめてふれた、なんだろう、この居心地の良さは。

 前に立つ銀の少女からは、世界を冷たく見るような少女からは、あたたかさなんか感じ取れないはずなのに。

 だとしたら、このあたたかさはなんなのだろう。

 ・・・・・・まだそのあたたかさに浸っていたい。


「俺の居場所は、・・・あなたの傍でいいですか」


 銀の冷たい少女は、にこりとも笑わず、でも少年にはわかる『あたたかさ』をまとっていう。


「今日から私の傍があなたの居場所だ。忘れるな」




〈さみしい黒と銀はこうして出会った〉

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星彩エンプティス 零-コボレ- @koboresumomo

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