「これからどうするか…それが問題だ」

ほぼ一文無し、銀の髪に金と銀の瞳を持つ変わった風貌。

「あのままあそこにいてもどうにもならなかったのは確かだが…かといって私は考えがなさすぎた」

この世のものすべてが鬱陶しい、というような目つきの悪い瞳をきょろきょろとさせる。

「アディフィエルス魔法学園の生徒…そのネームバリューも中退じゃろくに使えもしないだろうしな…

魔法を極めたい、その心は変わらないけどほかの学校に入ったとして同じことだろう…だとすると、、私は・・・」

ぶつぶつ、と呟きながら少女は森の小道を下っていく。後ろには馬鹿みたいに大きい建物が見える。たとえ森の木々を全部伐採してしまったとしても、全貌を地上から一度に見ることは難しいだろう。

その巨大な施設の名は、アディフィエルス魔法学園という。この世界では割と名が知られた魔法学園である。

巨大な施設に背を向け、少女は町へと続く小道を歩む。

町で何をしようというわけでもない、でもここにいたって何も変わらないのだ。数日間この森で少し魔法の練習をした。食料は森の恵みを取り、調理を魔法で行い、魔法で簡素な住居を作った。最初のうちこそ、昼には星の加護が薄くなってしまって魔法で作ったものは消えてしまったが、もう今はだいぶ実態をとどめれるようになってきている。

延々と続くかと思われた緑の洪水が途切れ途切れになってきて、かわって民家がちらほらと見え始める。

「ふぅん…人がたくさん住んでる下町はうるさいのかと思っていたが、そうでもないのか」

少女はそうつぶやいた。

確かに、真昼間だというのに彼女の靴の音しか聞こえないくらいの静けさだ。

異常に思えるが、彼女はあまり取り立てて気にしてはいないようで、そのまま道を進んでいく。

「…ん、向こうに見えるのは市場か」

色とりどりの果物や野菜が見える。そこに人がきっといるだろう、何をするでもないけどこのまわりのことについても聞いておくか、と近くの店に向かって走る。

「…あの・・・すみません・・・?」

店をのぞき込むと店主らしき男性がうつむいていた。よんでも反応がないということは居眠りをしているのか。

客でもないのにわざわざおこすのはどうかと、少女は隣の店へと入っていく。


「すみません…え?」

次の店も。

「すみませ…」

その次の店も。

「…ここも……」

次の次の次の店も。

「――」

店員だけじゃない、そこで買い物をしていた客らしき人たちも全部「眠って」いた。

途中で気づいたことだが、彼らは寝ているのではなく、まるで突然時が止められたか魂が抜かれたかのように――無機物のようにたたずんでいた。

さすがの少女もこの町がおかしいとおもったのか、市場を離れてこの街の「生きて」いる人間を探して走り出した。

…どう考えてもおかしいのだ。

開け放された窓から声はおろか物音一つも聞こえないなんて。

町全体が一気に死んでしまったかのような不思議な現象。

「なにか…きっと原因があるはず……」

少女はいつしか、まともに話せる人ではなく、原因を探して街を駆けまわっていた。

少女の無気力な瞳には、好奇心の色が強く浮かんでいた。

「なにがおこってるのかしりたい」その一心で、少女は路地を行く。


いつしか日は傾き、宙には星々が瞬き始めていた。

「…ん……強い…魔力か?」

(元)エリート魔法学校の生徒だけあり、魔力、というものには少し敏感なようだ。

何か確信したのか、彼女は迷いない足取りで路地を曲がっていく。

いくつか曲がった先にいたのは。


「…あ・・・『起きてる』人間だ」

そこには、黒い瞳に黒い髪を持つ少年が佇んでいた。

少年であるのにも関わらず長い髪は、それだけで人目を惹きそうだったが、そんなことを認識するよりも早く、多くのひとは少年の目に宿るあり得ないほどの「虚」に一歩引いてしまうだろう。


「・・・・・?」

少年は、少女を不思議そうに見やる。

「私が思うところによると…あなたが強い魔力を発してるようだが…町の皆が魂を抜かれたようになっているのは、あなたのせいなのか?」

少女が少年に問いかけた。が。

「・・・・。なんで・・・人が…要らない、要らない要らない要らない要らない要らない要らない要らない要らない要らない」

ブウォッッッッッッッッッッッ!!!と少年からおびただしいほどの魔力が発せられる。

彼の瞳と髪のようにどこまでも黒く、昏い魔力だった。

「__っ!?」

思わず、彼女は来ていたマントで魔力の黒い風を防ごうとしゃがみ込んで守りの姿勢をとった。

「…なんだ、罪人か何かで逃げているのか?___私は役所の人間でもなんでもない、ただの旅人のようなもんだ。お互い、かまわない方が得ではないか?」

対人の実戦は初めてなのか、無機質な少女の声にもすこし焦りが見えた。

そんな少女にお構いなく、少年は独り言のようにぶつぶつと呟く。


「全部『虚無』にしたと思ったのに。全部全部全部。なんで『虚無』じゃない人間がいるんだろう、どうにかしないと」


__何をするのか、と少女が問おうとしたその時。


黒い靄に包まれた少女の視界は暗転する。

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