第12話「私の隣に」

 咽返るような彼女の匂いに、私は溺れていたかった。

 教室で私の隣に佇む少女。彼女から香る匂いは、甘い。

 距離にして30センチ。

 手が触れ合うこともあれば、互いに見つめあうこともあった。


 私はよく、彼女の目を見ていた。

 その目は可憐で、ハイライトの灯る綺麗な目だった。

 褒めてやると、彼女はカラカラと笑った。

 私は次に、髪に触れたくなった。


 休み時間。彼女の膝と私の膝が触れ合った。

 嬉しくて、飛び跳ねそうだった私の心臓は、鼓動を速めた。

 それから、試すようにもう一度触れてみると、彼女が嫌がらなかった。

 それ以来、一人で泣くことが多くなった。


 気が付けば、卒業式だった。

 私は、彼女に想いを告げず。彼女もまた、私に何も言わなかった。

 私は結局、踏み出すことができなかったのだ。

 だから、忘れたいなと努力した。



 ――だが、亡霊が消えることはなかった。



 似たような少女を見た。

 彼女のように明るく、彼女のように自分を持って、彼女のように構ってくれる。

 私は無意識に惹かれていた。

 その少女もまた、彼女になった。


 今、彼女は私の隣にいる。

 そして、私は二体目の亡霊を増やそうとしている。

 一体目を引きずって、二体目の欠片を背負う。

 私はまた、胸が沈んだ。


 どうすればいいのか。その答えは出てこない。

 吐き出せれば楽だろう。

 だが、胃酸をぶちまけたところで、彼女が私を見てくれるはずもない。

 思えば、一度目もそうだった。


 私の彼女には好きな人がいて、私のことなど眼中にない。

 必ずその人は私より優れていて、私はゴミ箱の屑と同然だ。

 誰も見向きをしない。

 ただ、カラスに漁られて、あっけなく散るような陳腐だ。


 ……なのに、なぜ。私は彼女を求めるのだろう。

 その答えは決まって一つで、単純で、明快だ。


 ――つまるところ、私は彼女りそうになりたかった。


 ――叶うなら、彼女りそうの隣に立ちたかった。


 ――そんな『人間りそうの理想』になりたかったのだ。














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