第16話 ワープの部屋

        ワープの部屋



「ん? これは何だ?」


 扉をくぐると、下に通じると思われる通路の横に、今までとは違った、一際明るい小部屋があった。危機感知には、特に反応が無い。


「これはワープの部屋ですわ! 長野様に助けられた時、ここから直接ダンジョンの入り口に移動しましたわ!」

「はい。そこに魔法陣のような模様があって、認められた者が触れると、登録されると聞きました」

「ふむ、とにかく入ってみよう」


 入ると、部屋の中央の地面に大きな魔法陣のような模様があり、壁にも同様の小さな模様が沢山あって、そのうち4つが光っている。


「その光っている所に触れるらしいです。あの時は、私達が光に触れても反応しませんでした」

「なんかドキドキするな。大丈夫だろうか?」

「それなら、先ずは私から試しますわ!」


 クレアが光っている模様の一つに触れると、その光が消えて、部屋の中央の魔法陣が一瞬光った。


「なるほど、これが登録されたってことなのだろう。皆、触れてみよう」


 全員がそれぞれ触れると、光が消えて、その都度部屋の中央が明滅する。


「後は、その中央の魔法陣のようなのに乗ると、入り口に飛ばされる訳だな」

「はい、私達が長野様と乗ったら、ダンジョンの入り口でした」


「推測だけど、これは、この階層と入り口を結ぶショートカットだろう。クレアとミレアは、その時はダンジョンに認められていなかったと言う事だな。だが、今回は全員反応した。つまり全員認められたと考えていいはずだ」

「きっとそうに違いありませんわ!」

「そう考えると辻褄が合います。乗ってみますか?」

「ちょっと待ってくれ。少し考える」


 恐らく、入り口にも同様の仕掛けがあって、すぐにまたここに戻れるはずだ。

 しかし、今は追われる身。俺がカサード(皇帝)なら、ダンジョンの入り口に見張りを置く。

 俺達が入った時は、他国領だし、まだ配置が間に合っていなかったと考えるべきだ。

 また、クレアとミレアの件もある。下手すれば、出た瞬間に冒険者に囲まれかねない。


「リスクは避けたい。でも、これは絶対に確かめておきたい事だな。出てきたところを襲われる可能性が高いだけに迷うな~」

「えっ、勇者様を襲おうなんて連中は居ないですにゃ?」

「あ~、スコットにはまだ言ってなかったな。しかし…、そうか、やるなら今か」


 スコットはきょとんとしている。


「先ず、スコット、俺達は訳あって追われている。追っているのは、勇者を利用したい奴らと、世界中の冒険者だ。多分、俺達には、結構な額の懸賞金が懸かっているはずだ」

「そ、そうなんですかにゃ?!」

「ああ。だから、ダンジョンを出た瞬間に御用って可能性も高い。こんなお尋ね者と一緒に居ると、いつかとばっちりを喰らうぞ?」

「勇者様と一緒にダンジョンに潜れるのなら構わないですにゃ!」

「嬉しいけど、今ならまだ、お前一人で戻れば無関係を装える。また、俺達を売れば金になるぞ?」

「ぼ、僕は言ったはずです! 勇者様に忠誠を誓うと! 僕は確かにアラタさんと会って日が浅いですし、何より元盗賊です。信用できないのは分かりますが、信じて下さい!」


 余程興奮したのか、スコットの言葉遣いがまともになった。

 クレアもミレアもそんなスコットに気圧されしたのか、俺の後ろに後退ってきた。


「うん、スコット、ありがとう。疑って悪かった」


 スコットはまだ興奮しているのか、肩で息をしている。顔が真っ赤だ。


「じゃあ、スコット! 俺達は今からこの魔法陣に乗って、地上に戻れるか、また、ここに帰って来られるかを確かめに行く! クレアとミレアはここで待機してくれ!」

「そんな! 私達はどこまでもアラタさんに付いていきますわ!」

「危険です! 私達はどうなっても構いませんから、一緒に居させて下さい!」

「そう言うと思ったよ。しかし、お前達を連れて行くことはできない。これは命令だ」


 俺は躊躇いなく切り札、『奴隷に対する絶対命令』を使った。


 彼女達を連れて行くのは、余りに危険だ。町で見かけた者も多いだろう。これだけの美人だし、覚えられていると見た方がいい。

 クエストが出た以上、サラサの冒険者がここいらで張っている可能性が高い。


 一方の俺はどうだろう? 

 町では基本、ロッタの帽子の認識阻害の下で行動していたので、余り面は割れていないはずだ。

 帝国の追手なら俺が分かるだろうが、連中なら俺をすぐに殺そうとはしないはずだ。

 スコットに至っては、誰からもノーマークのはず。


 また、これはあまり考えたくないことだが、もしスコットが俺達を裏切るつもりなら、入り口に戻った時、特に冒険者達に見つかった場合に、何らかの行動を起こすのではなかろうか? 

 例えそうなったとしても、俺一人だけなら逃げおおせる自信はある。


「後、クレア、ミレア、もし俺が2日以内に戻って来ないようなら、お前達の判断で動いてくれ。無責任なことは承知しているけど、許して欲しい」


 2日と言ったのは、この装置がここに戻してくれなかった時の為だ。2日もあれば、今の俺ならば、一人でもここに戻って来れる。


「分かりましたわ! 絶対に帰ってきてくださいね!」

「そんな放置プレイは好みじゃないですが、信じています。お気をつけて」


 俺はクレアとミレアからロッタの帽子を貸してもらい、一つをスコットに渡す。

 帽子を被りながら、


「スコット、もし出た先に人が居た場合、俺はただの冒険者で、『モーテルさん』と呼んでくれ」

「分かりましたにゃ!」


 そうして、俺とスコットは魔法陣に飛び乗った。



 出た先の足元には、先程と同様の魔法陣が描いてある。

 急いで周りを見回したが、誰も居ない。半径5m程の円形の小部屋だ。

 前方に靄のかかったカーテンのようなものがある。


「これは…? うん、くぐるしかないよな」


 横を見ると、スコットも頷いている。


 ゆっくりと靄のカーテンをくぐる。

 視界が開けた瞬間、やたらでかい耳、象のような耳をした亜人と鉢合わせした。


「うわ! びっくりした! お前達何処から湧いて来た?」

「あら、驚かせてごめんなさい。今まで探索をしていて、少し外の空気を吸おうかと」


 俺は咄嗟に用意してあった台詞を吐く。

 少し声が裏返ったもしれない。

 どうやらこいつには、認識阻害が効いていないようだ。

 そいつはさして不審がる様子も無く、俺達を通した。


 右手から、陽の光が差し込んでいる。

 うん、思った通りダンジョンの入り口に出られたようだ。

 少し危険だが、外の様子も確かめておかないといけないだろう。もし追手なら、人数も把握するに越した事はない。


 ダンジョンから出て辺りを見回すと、5人くらいの亜人の集団が居た。

 危機感知には何も感じない。


 うん、気付かれてないようだ。


 俺は回れ右をしてダンジョンに戻る。

 その時! 遠く離れたところに1つ、危機感知に反応が出現した!


 チッ! やはり斥候が居たようだ! かなりのスピードで近づいて来る!


 俺は足早に引き返す。スコットも無言でついて来る。

 さっきの像耳男とまた目が合った。


「もう戻るのかい? 熱心だねぇ~。俺らのキャンプで休憩していかないか?」


 全く、どいつもこいつも!


「いえ、仲間が待っていますので」


 俺は必死に言い訳する。

 横を見ると、スコットが像耳男を睨んでいる。

 ここで事を起こせばかなりまずい。俺は後ろ手でスコットを制する。


 あ~、面倒臭い!


「そりゃ残念だ。ところで、赤髪と青髪の女に会わなかったか?」

「いえ、誰にも会いませんでしたよ」

「そうか、もし見かけたら教えてくれ。教えてくれたら金を払うぞ。俺達はここに居るから宜しくな」

「分かりましたわ」


 そう言って俺は一気に靄のカーテンをくぐる。背後から声が聞こえる。


「い、今の奴、いや、女の方、知り合いか?」


 もう一刻の猶予も無い!

 俺は魔法陣に飛び乗った!

 スコットを心配したが、彼もちゃんと俺と一緒に魔法陣に飛び乗っていた。


 いきなり頭に選択肢が出る。


 『そのまま ・ 10階』


 俺はスコットの手を握り、迷わず『10階』を選択した。



 目の前にミレアが映る。その横でクレアが満面の笑みに変化した。


「ふぅ~、心配しました! それで、どうでしたか?」

「説明は後だ! 追手が来るかも知れない! すぐに下の階に行こう!」


 部屋を出て後ろを振り返るが、誰も追って来る様子は無い。

 ワープの小部屋が発見されなかったか、追手はここに飛べなかったかのどちらかだろう。


 さっきの危機感知に引っかかった奴は、間違いなく俺の事を知っていた。

 恐らくは帝国の偵察兵。あの距離で認識阻害が効かないのなら、高レベルかもしれない。

 もし実力のある奴なら、正攻法でも、2日あればここに辿り着けるだろう。

 冒険者を雇う可能性も高い。


 とにかく急ぐに越した事はない。


 俺は全力で通路を駆け降りる。

 後ろを見ると、3人共、少し離れたが、ちゃんとついて来ている。

 通路を降り切った瞬間、危機感知に反応があった!

 次の小部屋に3体、中型だ!


「小部屋に3匹! 突っ込むぞ!」

「「「はい!」」ですにゃ!」


 小部屋に入ると、牛程の大きさの、真っ黄色な蛙の化物が3体居た。

 真ん中の奴と目が合った瞬間、俺は呪文を唱える!


「ハイスタン!」

「ファイアウォール!」

「風の加護!」


 蛙が3匹火達磨になり、そこに矢が3本、それぞれに突き刺さる!

 オーガならこれで終わりなのだが、まだ倒れない。

 その時、不思議な感覚が俺を纏った。

 周りを見ると、左右の2匹が大口を開けている。


 しかし、特に何も無かったので、そのまま真ん中の無防備な奴に、飛び蹴りを入れる。

 骨の折れた感触が伝わり、そいつは突っ伏した。


 次はどいつだ? と思い横を見ると、クレアが蹲っている。


 ??? 

 普段ならここで、クレアが他の奴に鉄球をめり込ませているところだ。


 攻撃を喰らったのかと周りを見ると、俺の左右前方に一匹ずつ、さっきの位置に魔物が居る。

 クレアとの距離はそれ程近くは無い。


 事態が呑み込めていないが、とにかく敵を殲滅するのが最善だろう。


 俺はクレアに近い方の蛙に狙いを定める。

 目と目の間に正拳を叩き込むと、あっさり倒れた。


 もう一匹は?!


 振り返ると、まだ一匹生きていた。普段ならここまで長引かない。ミレアやスコットの追撃で片付いているはずだ。


 そいつを睨みつけると、いきなり大口を開けた!

 俺は理解した。こいつらは何らかの魔法、スキルを発動したのだ!

 前回の不思議な感覚は、俺も何らかの攻撃を喰らっていたのだろうが、効かなかったということか?

 しかし、今回は何も感じない。


「ブラインカット!」


 声に振り返ると、クレアが立ち上がった。

 ミレアとスコットは、頭を抱えて蹲っている。


「気を付けて下さい! こいつらのスキルは盲目化ですわ!」

「分かった! あいつらの回復を頼む!」


 俺が最後の一匹を仕留めようとダッシュすると、そいつは、口から舌を伸ばしてきた!

 躱せたのだが、なんかムカついていたので、その舌を掴み取る!


 蛙の化物はその舌を引き戻そうとしたが、そうはさせない!

 逆に踏ん張って、力任せに引っ張る!


 ブッ! という音ともに舌が根本から千切れた!


 蛙の化物はそれで力尽きたようで、横に倒れ込んだ。


「「ブラインカット!」」


 俺とクレアで、ミレアとスコットを回復させる。


「厄介な奴だったな。俺には効かなかったようだけど。あの一瞬で3人喰らったということは、全体に対して効果のあるスキルのようだな」

「いきなり真っ暗になったですにゃ!」

「そのようですね。でも、アラタさんとお姉様が回復できたのが幸いです」

「多分、目を見えなくしてから、あの舌で絡めとって食べるつもりだったのですわ!」

「そうだな。取り敢えず、この騒動でも追手は来なかった。俺の危機感知でも後方の気配は無い。援軍を呼んでからか、地道に1階から来ているのか分からんが、今のところは大丈夫のようだ」

「そうですにゃ」


 クレアとミレアが不思議そうな顔をしている。


「ああ、言い忘れた。魔法陣に乗ったら、ダンジョンの入り口、来た時には見えなかった小部屋に着いた」

「え? 私もここに入る時に探したのですが、うろ覚えでしたし、見付けられませんでした」


 ミレアが申し訳なさそうに俯く。


「いや、これは推測だけど、あの小部屋は、認められてワープできた奴しか入れないんじゃないかな?」

「そう言えば、僕もあの入り口の部屋は知らなかったですにゃ。ちょっと注意したら気付きそうなはずですにゃ!」

「と言う事は、追手はこのダンジョンに潜った事が無いと見ていいだろう。もっとも、冒険者を雇われたらどうしようもないが。あ、これもまだだったか」


 うん、今追って来ないという事は、暫く猶予はあるはずだ。

 今のうちに全部説明してしまおう。


「はい、詳しくお願いしますわ。」

「うん、ワープの小部屋を出たら、冒険者のパーティーと鉢合わせした。1パーティーだけだったが、お前ら目当ての冒険者のようだ。そこは誤魔化せたのだけど、明らかに俺を知っている奴が1人居た。危機感知に反応したから、拘束する気満々だったのだろう」

「それはまずいですわ!」

「まあ、それで急いで戻ったという事だ。後、スコットには謝らなければならない」


 スコットは不思議そうな顔をする。

 まあ、当たり前か。これだけで理由が想像できたら、かなり怖い。


「え? ぼ、僕にですかにゃ?」

「お前を試すような事をした。あの場でお前が裏切るかどうか、怪しんでいたのは事実だ。すまん!」

「そ、そんな事、あり得ないです!」

「とにかく、これで俺の気は済んだ。これからもよろしく頼む」


 俺が頭を下げると、スコットも慌てて頭を下げた。


「こ、こちらこそよろしくお願いします!」


 スコットの顔がまた赤くなった。

 なるほど、興奮すると語尾がまともになる…と。


 それを見ていたクレアとミレアに、殺気を感じたのは気のせいだろう。


 皆、落ち着いたので、魔核を回収することにした。蛙の化物の肉も美味いと聞いたので、一体だけ、丸ごとアイテムボックスに突っ込む。


ジャイアントトードの魔核×3

ジャイアントトードの死体×1


 ふむ、解体しないと、単に『死体』と表示される訳ね。


「ところで、蛙対策なんだけど、良い手は無いかな? 俺の世界のパターンだと、この手の魔物には、氷系統の魔法が良く効くんだけど」

「あ! それなら多分何とかなると思います! 火の魔法書に確か載っていました!」


 ミレアが喜々として答えた。


「え? 火なのに、氷って?」

「はい、私も間違いじゃないのかと思って無視していましたので…」

「じゃあ、それを最優先で覚えるべきかもな。先ずは安全な場所を探そう」


「はいですにゃ! でも、ここから先は僕も知らないですにゃ」

「うん、下への通路も探さないといけないし、マッピングしながら進もう。何か目印……」

「それなら、壁の光る石を集めましょう。それを通ったところに落として行けばいいです。良く使う方法です」

「お~、ミレアありがとう。早速集めよう」


 ミレアは、今度はスレンダーな胸を張る。


「ぼ、僕も知ってたですにゃ!」



 光る石を集め終わったので、1つを部屋の中央に置いてみた。


「うん、これなら良く分る。光っているのは、何故か壁だけだしな」

「では行きましょう!」


 俺は危機感知を頼りに、なるべく敵の数の少ない道を選んで進む。


 蛙対策としては、単純に考えた。つまり、一匹ずつ確実に、スキルを使われる前に仕留める。

 俺が【ハイスタン】を唱えたら、そいつをクレアが叩く。

 スコットは一匹に集中して三連射。

 残った奴には俺が突っ込み、ミレアが援護に【ウィンドカッター】

 盲目化は俺には効かないようなので、こんなところだろう。


 どうやらこの戦法で良かったらしく、問題無く3グループ程倒したところで、運良く下に降りる通路に辿り着いた。この階層はどうやらジャイアントトードだけのようだった。


「降りられるなら降りてしまおう、先を急ぎたい」

「「「はい」」ですにゃ」


 通路を降りながら自分のステータスを確認すると、新にスキルが2個追加されていた。

 【暗闇耐性中】、【マッピング】


 簡単に覚えたな。


 3人にも聞いてみると、クレアが【暗闇耐性小】というのを獲得し、ミレアが【マッピング】を覚えたようだ。

 スコットが少し悔しそうだ。


 通った道が、頭の中で自動的に地図になる。これは便利だ。

 クレアとスコットにも取らそうと思い、二人には石を撒き続けさせる。


 そうして進んでいると、お目当ての行き止まりの小部屋が見つかった。


「よし、ここで休憩だ。準備が出来たら、俺とミレアは魔法書。クレアは食事の用意、スコットは魔核の実験を頼む」

「「「はい」」ですにゃ」

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