第7話 勇者開放ギルド2

     勇者開放ギルド 2



 また景色が変わった。

 辺りを見回す。

 前方に門のようなものが見え、その門からは木製と思われる、高さ3mほどの塀が両側に連なっている。

 門の前には、鎧を着て、槍を持った衛兵と思われる人物が二人。こちらを見つけたようで、一人が駆け寄ってくる。

 良く見ると、頭の上から茶色の狐の耳のようなものが生えている。背後に尻尾のようなものも見える。

 異世界のテンプレだな。


「亜人?」

「はい、狐人族ですわ。この街の衛兵ですわね」


 クレアが答えると、その衛兵が側まで来て、クレアとミレアの身体を舐めるように見る。


「テレポートの魔法か? いきなり出たからびっくりしたぜ。しかし、えらい別嬪さんだな。で、この町に用があるのか?」

「はい、物資の売買と、宿を取りたいです」


 今度はミレアが答えた。


「ふむ、この町に人族なんて珍しいから、何かと思ったら宿か。売買ってことは、売る物もあるのか? 何を売る気だ?」

「この魔核です」


 二人がそれぞれさっき取った魔核を取り出す。


「ほう、そこそこだな。じゃあ、身分を確認させてもらうぜ。仕事なんでな」


 二人が衛兵に腕を差し出す。多分、ステータスを見せているのだろう。

 俺も意識を集中し、二人の腕を見る。すると…、見えた!


【ステータス表示】

氏名:ミレア・ハミスト 年齢:19歳 性別:女

職業:冒険者 レベル:26


    【ステータス表示】

氏名:クレア・ハミスト 年齢:20歳 性別:女

職業:冒険者 レベル:28


 俺が見えたのはこれだけだ。ステータスやスキルなんかは見えなかった。おそらく彼女は今、最低限の情報しか見せる気が無かったのだろう。


 ん? 職業:冒険者? 

 かなり意外だな。城で俺の世話をしていたことから、彼女達の職業は、メイドとか、侍女とかなのでは?


「よし、入っていいぞ。おっと忘れるところだったぜ。通行料だ! 別嬪さん達だし、銀貨2枚に負けてやるよ! 何なら、その身体でもいいけどな!」


 ふんぞり返って、笑いながら手を差し出す狐耳。気が付くともう一人後ろに居て、ニヤニヤしている。

 ミレアは黙って銀貨2枚を衛兵に差し出した。

 流れからすると、賄賂の要求と見て間違いないだろう。


「まあいいだろう。行きな」

「はい、ありがとうございます」


 俺も確認されるかと心配していたが、衛兵はすんなり通してくれた。

 ここで勇者なんてばれると、かなり面倒なことになっただろう。

 それが分っていたから、ミレアも黙って要求を呑んだに違いない。

 クレアとミレアは、コートについていたフードを被ると、足早に門をくぐる。

 俺も帽子の上から更にフードを被り、コートの前を手できつく締めてからそれに続く。


 町の中を暫く進むと、【食事 宿:フラスコ亭】と書いてある看板が見えた。


「ミレア、この、いつもの宿でいいですわね?」

「はい、お姉様、ここは食事も美味しいですし」


 宿に入ると、二人は正面のカウンターに進む。カウンターの中には兎のような大きな耳を付けた、いかついおっさんが居る。可愛らしいうさ耳との相性は最悪だ。


「いらっしゃいませ。2名様、ご宿泊ですか?」

「いえ、3名ですわ。部屋は1部屋でいいですわ。あと、昼食を取りたいですわ」

「あ、これは失礼しました。え~、3名様用の部屋は、今ご用意できません。2名様用と1名様用なら、すぐにご用意できますが? お時間さえ頂ければ……」


 俺はすかさず割り込んだ!


「それでいいです! いや、それがいいです!」


 クレアとミレアは、恨めしそうに俺を見る。


「仕方ありませんわね。ではそれでお願いしますわ」

「かしこまりました。お部屋は2階になります。それでは、銀貨8枚になります。お食事は1階の奥の食堂でお願いします。お食事の際、部屋の鍵をご提示下されば、お安くなります」


 おっさん顔とうさ耳、丁寧な言葉遣い。そのギャップに苦しんでいる俺を尻目に、クレアが金を支払うと、うさ耳おっさんは鍵を2つ取り出した。


「ごゆっくりどうぞ」


 クレアが鍵を受け取ると、ミレアが奥に進む。俺も黙ってついて行く。

 食堂は、日本のクラシックな少し大きめの洋食屋といった雰囲気だった。奥にバーがあり、4人用のテーブルが5個程と、10人くらいのテーブルが1つ。


 出された定食とやらは、鶏肉のから揚げのようなものと、スープ、パン、サラダ。結構旨かった。何の肉かと聞いたら、蛙のような魔物の肉だそうだ。

 ふむ、この世界、もはや完全に魔物の存在を利用しているな。



 食事中、ミレアがこの町のことを説明してくれた。


 ここは亜人種の町で、サラサ自治領。一応シュール共和国の領土なのだが、実質は、ほぼ亜人の独立国家なのだそうだ。共和国としては、敵対しなければそれでいいという感じで、余程のことが無ければ介入しないらしい。ここの人口は1万人ほど、9割が亜人とのことだ。


 なぜ直接ここに飛ばなかったのかと聞いたら、何の説明もなくこの町に飛んで、暴れられたら困るからとのことだった。確かにいきなりここに飛ばされたら、俺も大声を上げるなり、抵抗したかもしれない。

 ちなみに、俺達に使った移動の魔法は、彼女らの特有の魔法ではなく、テレポートの魔石と呼ばれる物で行ったとのことだ。手に持って魔力を通すと、中に封じられていた固有の魔法が発動するらしい。魔力を通す際に、自分が行ったことのある場所を念じると、そこに瞬間的に移動できるという、誠に便利なものだ。


 食事を終えると、ミレアが説明とこれからのことを相談する為に、一旦部屋に行こうと言い出した。俺も、聞きたいことはまだ山ほどあるので、異論は無い。

 2階に上がり、二人部屋のほうに入る。部屋は結構広く、ベッド2つにクローゼット、書斎用のテーブルと椅子。そして小さなテーブルに椅子2却。

 俺がコートと帽子を脱ぐと、彼女達もコート脱いでアイテムボックスに収める。

 その間に俺は書斎用の椅子を引っ張って、小さなテーブルに寄せた。腰掛けると、二人もそれぞれ腰掛ける。


「では、どこから始めましょうか?」


 どうやら、説明はミレアの担当らしい。


「そうだな~。先ずは君達が使っていた奇妙な攻撃から頼むよ。あれ、魔法でしょ?」

「はい、私が使ったのは火魔法、ファイアショット。お姉様の使ったのは水魔法、アクアダーツです。どちらも初歩の魔法です。あの魔物、フォートウルフは火が弱点なので、ファイアショットが効果的でした」


「俺にも使えるかな?」

「素質がある者が魔法書を読んで理解すれば使えるはずです。ただ、高位の魔法はあまり魔法書も無いですし、使える者も殆ど居ません。しかし、その系統の魔法が使えるのであれば、高位の魔法を見るだけでも、理解できれば使えるかもしれないと聞いています」

「じゃあ、その魔法書は何処で手に入る?」

「初級の物でしたらこの町でも売っているでしょう。私共も数冊所持しています。私は火と風魔法、お姉様は水と回復魔法です」

「なるほど、後でいいから貸してくれる?」

「はい! 喜んで!」


 ミレアは、満面の笑みで、アイテムボックスに手を入れる。

 まあ、彼女達の意図は理解できる。俺に魔法を覚えさせて、ダンジョンに潜らせるつもりだろう。


「ありがとう。でも、それは後でいいかな? それと、そのアイテムボックスも使えるようになりたいな。その触媒ってのは手に入る?」


 彼女は、残念そうに手を引っ込めながらも、ちゃんと答えてくれる。


「かなり高価な物なので、現在の所持金では…。私共の物も一度魔力登録を行っているので、近衛様には使えません」

「確かにかなり便利そうだし、高くて当然か。まあ、そのうち何とかなるだろ。じゃあ、あの魔物について教えてくれる?」

「あの魔物はフォートウルフ。あの付近では、かなり強い部類です。それを素手で仕留めた近衛様には萌えました。ただ、次からは無茶しないでください。噛まれると毒に侵され、運が悪いと麻痺します」

「なるほど、毒で弱らせ、麻痺したところをゆっくりとか…、たち悪いなぁ~。俺、良く勝てたな」

「そうですね。一撃目はともかく、態勢を崩してからの二撃目の肘打ちは素晴らしかったです。格闘系のスキルをお持ちなのですか?」

「祭祀長の前で確認した時はそんなもの無かったと思うけど、どうだろ?」


 俺は彼女達には見せないと意識しながら、【ステータス表示】と念ずる。



    【ステータス表示】


氏名:アラタ・コノエ 年齢:22歳  性別:男

職業:勇者  レベル:3

体力:140/140

気力:190/190

攻撃力:155

素早さ:175 素早さ-1

命中:175 

防御:140  +5

知力:235

魔力:195  +5

魔法防御:175

スキル:言語理解5 交渉術2 危機感知1 格闘術1 人物鑑定2 特殊性癖1 

    水魔法0 土魔法0 光魔法0 家事2 社交術2


 魔物を倒したからだろう、レベルが上がっている。ステータスも20ずつくらいだろうか、伸びている。

 良く見ると、スキルに危機感知と格闘術というのが新しくある。多分、危機感知は一体目を確認した時。格闘術は2体目を一発殴った時、すぐに習得したのだろう。二撃目は明らかに不自然だったしな。

 しかし、一発で習得って、かなりチートだな。 


 そういや、もう1ページあったんだっけと、意識してみる。


    【装備】

ワンピース:防御+5

シルクの下着:魔力+5

サンダル:素早さ-1


    【所持品】

レインコート:防御+10 

ロッタの帽子:防御+1 認識阻害弱


 なるほど、先程の衛兵といい、宿屋のうさ耳といい、この、ロッタの帽子の認識阻害弱という効果だろう。地味に便利だな。


 しかし、下着…、魔力効果あるんかい! 上?下?どっちだ?


 納得したので【解除】と念じて、表示を消す。


「確かに、格闘術というのを習得しているみたいだ。ステータスも上がっていた」

「一度の戦闘でスキル習得とは…。流石は勇者様。呆れてしまいます」

「まあ、転生者はチートらしいからな~。では、本題だ」


 二人の目が険しくなる。

 クレアがミレアの顔を覗き込むと、ミレアが軽く頷く。


「その、君達の勇者開放ギルドだっけ? トップはどういう人で、どれくらいの規模なの?」

「指導者については…、その、私共は末端ですので、良く知りません。今回の件は、私共の独断です。この町に来たのは、ここの冒険者ギルドの長がメンバーなので、便宜を諮ってくれると思ったからです」

「なるほど。じゃあ、さっきの話の、逃亡した勇者二人も、君達の手引き?」

「はい、そう聞いています」

「と、言うことは二人とも生きてるんだ!」


 その2人から情報が得られれば、俺の未来もかなり明るいかもしれない。

 今までの話を聞いた限りでは、国家に所属すれば人間兵器扱い。この開放ギルドとやらを頼れば、ダンジョン攻略に命を張ることになりそうだ。全く、閻魔もとんでもない世界にぶち込んでくれたもんだ。


 しかし、もし、その2人が生きていて、ナガノさんとも協力しあえば、ダンジョン攻略もかなり楽になるのではなかろうか?


「一人は亡くなられて、もう一人は行方不明ですわ」


 少し間が合って、今度はクレアが答えた。

その瞬間、ミレアがクレアを睨む。

 しかし、クレアは続ける。


「ミレア、ここは隠す必要がありませんわ! 4年前の勇者様、伊勢様は、奴隷にされかけたことを知って、完全にこの世界に愛想を尽かされたようで…。その、我々の護衛も拒否され、一人でダンジョンに入られて、その、亡くなったと聞いていますわ」


 俺は頭を抱えた。

 来て早々、奴隷になんてされかけたら、もう誰も信用できないだろう。自暴自棄になっていたはずだ。


「2年前召喚されて、毒盛られたって人は?」

「日立様は去年、保護させて頂いたのですが、体調が回復されると、メンバーの女性一人と共に、行方をくらませたと聞いておりますわ」


「じゃあ、ナガノさんは? 生きてるんでしょ? 連絡取れないの?」

「長野様は、私共では何処にいらっしゃるか分かりませんわ。気まぐれに、帝都の自宅にお帰りになられているとお聞きしますが、皇帝の呼び出しにも完全に無視されているようですわ」

「ふむ、皇帝に従わないというのには、納得できるか。でも、帝都で頑張っていれば、会えるかもしれないと…」


 二人の顔色が変わった。

 ミレアがまくし立てる!


「今、帝都に戻ることだけはおやめください! 軟禁されるのが落ちです! 日立様も、長野様との面識は無かったと聞いてます! あの皇帝が会わすとは思えません!」

「まあ、そうなるよね~。行くにしても最低限、自分の身を守れないときつそうだな」

「はい、ご自身を鍛えられてからでも遅くはないかと」


「そうだ、ナガノさんの従者って人達は?」

「あの方々も分かりません。ダンジョンを攻略されてから、一人を残して行方不明です。残った方、ライン様は、常に長野様と行動されているようですが」

「う~ん、八方塞がりか。何かヒントが欲しかったんだが……」


 俺の考えとしては、虫のいい話だが、ナガノさんについて行ければ、パワーレベリングして貰えて、効率よくダンジョンを攻略出来るのではなかろうかと。しかし、どうも彼女自身がそれを望んでないような気がする。もし彼女にその気があったのなら、後から召喚された勇者を連れて行くはずだ。


 前を見ると、二人とも顔を伏せている。自分達の無力さを嘆いているのだろう。


 しかし、何かひっかかる。


「ところで」

「「はい?」」


 俺は更に追い打ちをかけてみた。


「俺も逃げたいって言ったらどうする?」


 二人ともぐっと口を結んでいる。


 そう、よくよく考えて見れば、俺が無理にダンジョンを攻略する必要は無いのだ。


 この世界も今まで聞いた話では、魔物の出現でかなりの不便はあるだろうが、そこまで危機的な状況とは思えない。昼飯に魔物の肉が出るくらいだし。

 俺が男の身体に戻ることを諦めさえすれば、かなり不自由はするだろうが、この世界でひっそりと暮らすことくらい、可能ではなかろうか? 

 行方不明になったという日立もそうしているのではなかろうか?


 俺は意図して口調をきつくする。


「俺は、この世界でダンジョンを攻略しないといけないとは聞いていないし、俺にそれを押し付けるのは、君達の勝手でしょ?」

「「それは……」」


 もはや二人とも涙目だ。しかし容赦はしない。


「確かにあそこに居たら、俺の自由はかなり制限されていただろう。しかし、君達も俺にダンジョン攻略が本来の目的って決めつける。大差ないのでは? まだ、いい暮らしが保証されている、皇帝の飼い犬のほうが……」


 そこまで言いかけると、ミレアがいきなり立ち上がって、テーブルを叩いた!


「ぞ、ぞれだげはおやべぐだざい…」


 流石に女の涙には勝てない。俺はトーンを落とした。


「だったら、全部話してくれよ。この世界じゃ、ダンジョンは今現在、それほどの脅威じゃないよね。皇帝からすれば、俺は多分、ただの人間兵器だ。なのに何故、君達はここまでするの?」


 すると、意を決したかのように、クレアも立ち上がった。


「長野様のご意思ですわ!」


 思ったとおりだ!


 こいつらの言う、ナガノさんの行動は理解できない点が多すぎる。

 こいつらが、開放ギルドのトップを知らない、なんてのもおかしい。

 ただ、そのギルドのトップに、ダンジョンを攻略した勇者を当てはめると、筋が通りそうだ。

 おそらく彼女は、この世界に転生する時か、ダンジョンを攻略した際に、なんらかの情報を得ているに違いない。

 しかし、それでも疑問は残る。彼女はこの世界じゃ英雄だ。皇帝ですら敵わない。やりたいようにやれるはずだ。何故に、こんな回りくどいことをする?


「腹割って、詳しく話してくれない? でないと、俺も君達を信用できないよ」


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