第6話 勇者開放ギルド 1
勇者開放ギルド 1
周りを見回すと、木々に囲まれた、半径数十メートルくらいの、円形の草地だ。
状況を理解しようと戸惑っていると、俺の前方10mくらいのところが丸く光る。
目を奪われた先には、赤髪のメイド服。変態侍女の片割れ、クレアだ。
「これは、いったい…? おい、説明して貰おうか!」
クレアが俺の目前まで駆け寄って来て、ミレアもその横に立つ。
「おい!」
いきなり2人が跪いた!
クレアが顔を上げる。
「突然の不作法、申し訳ございませんわ」
「いいから説明してくれ! まず、君達は一体?」
「私共は、勇者開放ギルド。勇者近衛様、失礼ながら、保護させて頂きましたわ」
「保護って…。俺はあの皇帝の側にいる限り、そうそう危険な目には合わないと思っていたけど? ってか、この状況、どう見ても拉致だろ?」
「そうなりますわね。勇者様を拉致したのは事実。しかし、何処から説明したらよろしいかしら……」
クレアはそう言って、隣のミレアの顔を見る。
俺は覚悟を決めて、その場に座る。胡坐を組んで、二人を交互に睨む。
二人が顔を見合わせて困った様子なので、こちらから切り込む。
「それで、この場所は?」
今度は、ミレアが顔を上げた。
「帝都から南西に5kmほど離れた、森の中です」
「え? じゃあ、魔物とかうじゃうじゃ居る? 今、安全?」
「魔物は、はい、居ますね。でもこの近辺の魔物はそれ程強くありませんので、私共でも対処できます」
「一応安全と…。では、勇者開放ギルドとは?」
「勇者開放ギルドとは、勇者様を本来の目的、ダンジョンに挑んで頂く為に支援する組織です。近衛様も、勇者様の立場は承知しておられたようですが、僭越ながら、まだまだ認識が足りません」
「なるほど、あそこに居たら、俺は人間兵器として飼殺されたという訳?」
「はい、皇帝の言った事に明白な嘘はありませんでしたが、近衛様がある程度の力を付けられたら、何某か理由を付けて、精神的に拘束していたでしょう」
「具体的には?」
「4年前に召喚された勇者様は、召喚と同時に奴隷にされかけ、奴隷化は失敗したのですが、その後、逃亡なされました」
「げ! 勇者を奴隷にって、凄い発想だな。ってか、奴隷制度あるんだ」
「この世界では奴隷制度は一般的です。金に困って、子供を売るのは良くあることです。ただ、奴隷にするには、基本的に本人の承諾が要ります。承諾が無くても、魔力の低い者はできますが、勇者様の場合は、魔力が高かったので失敗したのでしょう。勿論、この話は非公式です」
「他には?」
「2年前の勇者様は、ある程度の実力を付けられたところで、無理矢理皇女と結婚させられそうになりました。勇者様が断ったところ、キレた皇女に毒を盛られたので、這う這うの体で逃亡なされました」
「う~ん、じゃあその2人が死因不明って人達か。国からしたら、逃亡=死んだも同然ってことか。カサードさんは、さっきの感じでは割と好印象だったけど、その2人の話が本当なら、この国、かなり腐ってるな」
「はい。それでも、あの皇帝は他の王に比べれば、かなり分別がある方です。ですが、決して気を許されないがほうが宜しいでしょう。先程も、子供が出来れば人質にできる、くらいの思惑はあったはずです。ですが、男性に戻るという枷で、暫くは大丈夫ということでしょう」
「後の2人は?」
「3年前と6年前に召喚された勇者様方ですね。私共の認識でも、ダンジョンから帰って来なかった、というだけしか判りません」
「じゃあ、ナガノさんは?」
「あのお方は別格です。長野様こそ最初にダンジョン最深部まで攻略されたお方です。7年前、この国で初めて召喚に応じてくださり、そして、数々の異世界の知識をくださりました。対外的には、この国の勇者となっておりますが、あのお方を支配するのは、誰にも不可能でしょう」
「なるほど。食事や便所とかは、彼女が普及させたのだろうな。女にとっちゃ死活問題か」
「はい、長野様のおかげで、この国の衛生面と食生活は、飛躍的に進歩しました」
「ところで……、あれ、何?」
俺は立ちあがって、右手前方の茂みを指さす。
そこには2mくらいの、狼のような動物が居た。しかし、俺の知る狼とは大きく違う。色は青、6本の牙が口から大きくはみ出しており、そこに黒い靄を纏っている。
二人は同時に立ち上がって振り返り、揃って手を虚空に突っ込む。
手首から先が消えた!
「!!!」
その手は何かを掴んで出てくる。
虚空から出現したのは……。
クレアの右手にはチェーンフレイル。棒の先端に鎖がついており、その先に棘のついた、直径30cmくらいの鉄球。
ミレアの左手には、大きな盾。
「魔物です! フォートウルフ! 近衛様は私の後ろに!」
ミレアが叫ぶと同時に、クレアがその狼もどきに突進する!
呆然と立ち尽くす俺の前に、ミレアが割って入る!
狼もどきも、こっちに突進してくる!
クレアの右手が大きく振られる!
狼もどきが飛び上がり、大きく口を開けた瞬間だ!
クレアの鉄球が、その開いた口に直撃した!
何本かの牙が折れ、飛び散る!
「ウガッ!」
狼もどきが悲鳴を上げ、地面に崩れ落ちると、目の前でミレアが叫ぶ。
「とどめ! ファイアショット!」
ミレアの右手人差し指から直径20センチくらいの炎の玉が弾き出され、魔物の顔面に直進する!
魔物の顔が炎に包まれ、一瞬体をひくついかせた後に動かなくなった。
「やったか?」
フラグを立てた瞬間、俺は背後にヤバイ気配を感じた。
「後ろ! 近衛様!」
俺が振り返ると、俺の前方に大口が迫っていた!
さっきと同種のフォートウルフのようだ。
「アクアダーツ!」
斜め後方から、5本くらいか? 10cm程の透明な矢がその大口に突き刺さり、真っ赤な血をまき散らす!
が、奴の突進は止まらない!
「うんだらぁ~~!」
思わず俺は右拳を握りしめ、その鼻先にぶちかました!
拳を通して、相手の骨の砕けた感触が伝わる!
自分の右手の痛みを覚悟したが、少し痛い程度。これも勇者補正か?
「ギャン!」
体を丸めて地面をのたうつ魔物に、俺は殴った勢いそのままに突撃する!
「あれ?」
俺はいきなりバランスを崩した。
ハイヒール! 邪魔!
顔面から魔物に突っ込みそうになる!
ヤバ! と、思った瞬間、身体が勝手に反応した。
咄嗟に身体を捻りこみ、目前に転がっている魔物の頭に、左肘を打ち下ろす!
すると、当たり所が良かったのだろう、魔物は先程と同様、一度ピクッとしてから動かなくなった。
ヒールを脱ぎ捨てて立ち上がった俺に、二人が口元を吊り上げながら駆け寄ってくる。
「あらあら、流石は勇者様ですわ。惚れ直しましたわ」
「ちっこい身体のくせになんて力なのですか? これからは昨日のように行きませんね」
ちっこいって…、なるほど、俺の身体は多分150cmくらいだろう。
しかし、傍から見ていたら、そんな小柄な美少女が、2mの狼をぶん殴っている様は、さぞかし凄まじい光景だったろうに。
そして、それ見て欲情するこいつらのほうが怖いわ!
「とにかく、守ってくれてありがとう。あと、変態はもういい! 全く余計なスキル付けやがって!」
二人とも一瞬上を向いてから、にこやかに返してきた。
「当然のことをしたまでですわ。しかし…、あらあら、そういうことですのね。嬉しいですわ」
「遂に勇者様にも…、期待してしまいます。でも、早めに移動しましょう」
全くこいつら…、ブレないな。
「ところで、さっきのは何? 何もないところから武器を出したようだけど?」
「あら、アイテムボックスですわね。魔法の倉庫とでも言いましょうか? 私達の場合、200kgくらい収納できますわ」
「アイテムボックスは、念じるだけで出し入れ自由です。少し気力を消費しますが」
そう言って、二人は武器と盾をそれぞれ虚空に仕舞い込む。
「なるほど、便利そうだな。俺にも使えるかな?」
「アイテムボックスは媒介となるものが無いと使えませんわ。私共はこの指輪ですわ」
「あと、その媒介を魔道具と呼び、身に着けるとスキル扱いになり使用できます」
「そうなのか…。移動するって言っていたけど、歩きやすい靴とかある? 流石にこれでは……」
「そうですわね。では、こちらをどうぞ。そちらはお預かり致しますわ」
俺がクレアにハイヒールを渡すと、アイテムボックスから可愛らしいサンダルを出して、俺に渡してくれた。
「ありがとう。これなら何とかなりそうだ」
「後、こちらもどうぞ」
ミレアがアイテムボックスから、黄土色のレインコートみたいな上着と、真っ黒な、毛皮の帽子を取り出した。
「流石にこの格好では目立ちすぎますので。あ、でも、少し待ってください」
俺がコートを着て帽子を被ると、二人はそれぞれ、倒した2体の魔物の側で、ナイフを出してごそごそしている。
「何してるの?」
「魔核を回収しているのですわ。本当は丸ごと持って帰りたいのですが、アイテムボックスに入りきらないのですわ」
「魔物は必ず魔核を持っています。そして、魔核は高く売れます。魔物の身体も売れますが、解体する時間が無いようですので」
二人は回収した魔核を見せてくれた。
直径20cmくらいの球状で、ごつごつした感じ。一見真っ黒だが、光を通すのだろう、中心部がぼんやり赤く光っている。
二人は魔核をアイテムボックスに入れ、その代わりに、2着のコートを取り出し、それをメイド服の上から羽織る。
そして、クレアの右手が俺の手を握り、ミレアを抱き寄せた。
すると、クレアの左手が光った!
「テレポート!」
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