第7話 生贄

俺が覚えていたのはそこまでだった。

気がつくと俺は、山中夫妻の家で寝ていた。


「お。気づいたのか!良かった。」


見上げると俺を覗き込む山中夫妻と斎藤さん。


「嫌な予感がして戻ったら、あの道で君が倒れていてびっくりしたよ。」


「お前、見たのか。」

「あなた。」


優しかった山中さんがこちらを心配しつつも顔がこわばって聞いてきた。


「了・・・ですか。」

「君のその足の傷。」

「噛まれました。了に。あれ、子供でしたよね?何なんですか?了って。」

「本当は村の人間にしか話せないんだけどな。義樹(斎藤さん)と須藤くんには

 話さないといけないかもな。」


それは、戦国時代の話だったらしい。

この村では飢饉がおこった。山中で今のように交通が整備されていない村は完全に

陸の孤島。村民達は当時祀ってあったお社に祈願したらしい。

しかし、飢饉は続き、餓死する村民まで出たほどだった。


村民達は苦渋の決断で間引きをした。そう、人間の間引きだ。

しかし、そのやり方がいけなかった。


ここで、山中さんは俺にこう質問した。


「須藤くんはホラーも書いているんだろう。なら、中国の呪いの蠱毒って

 知ってるか?」

「はい。一応知ってます。」

「この村はな、村を救うために蠱毒をおこない社に新しい神霊を祀ろうとしたの

 じゃ。・・・人間でな。」

「どういう意味ですか?」


山中さんは話を続けた。


きっかけは突然やってきた旅の僧侶のお伽話が原因であった。

「遥か海の向こう、明の国では蠱毒というそれはそれは強力な呪いがあった。

 蛙やムカデといった百虫を同じ容器で飼育して、共食いをさせるのじゃ。

 勝ち残ったものは神霊となり、祀られる対象となってな。そのものの毒は

 大変強力で、呪い殺す力が十分にあったそうだ。」


こんな話を聞いた村人は蠱毒でなら、強力な神霊を生み出し、この飢饉を

救えるのではないか?と考え始めた。

どんな生き物でやろうかと悩んでいたが、大概の家畜は食べてしまった。

蛙ももはや貴重なタンパク源。ムカデでやろうかと話していた時、ある村人が

こう言った。


「人間だったら、さぞ強力な神様になるんじゃないか?」


村人達は大変躊躇ったが、飢えと困窮した生活に限界を迎えていた。

そして口減らしも兼ねて、人間で蠱毒をやってしまった。


「まさか。それが了の正体。」

「そう、その通り。了という漢字はどういう成り立ちだか知っているか?」

「いえ、知りません。」

「まぁ、これは一説にしか過ぎんし、インチキとも言われているがの、

 腕の無い子を表すという説があるのじゃ。」

「あ。」

「了を見た時、腕が無かったんじゃろ?」

「そうです。皆腕の無い子供でした。」

「マジかよ・・・。」


ここまで黙っていた斎藤さんも、思わず絶句して引きつっている。


「社に穴を作ってな、そこに腕を切り落とした子を入れたんじゃよ。

 穴から這い上がって来ぬようにな。そして、子供達には生き残ることで、

 自由にしてやると言い聞かせたらしい。それはそれは、惨たらしい様子だった

 そうじゃ。実はの、うちの村の名前「手塚」というのも、耳塚や首塚のように

 子供たちから切り落とした手が積もるようにできたからなんじゃ。」

「その子供達はどうなったんですか?」

「殺しあったそうじゃ。そして、生き永らえた子を生贄として神に捧げた。」

「そんな、ひどすぎる。」

「あまりに過酷すぎる生活だったんだろう。それも私達が想像できないような。」

「それにしたって、非人道的すぎる。」

「腕の無い子供達が他の子供を殺す為の武器といったら、噛み付くか蹴り飛ばすか

 しか無かった。だから了は歯型を作るのじゃ。」

「村は救われたんですか?」

「ああ、束の間じゃがな。」

「束の間?」

「飢饉が無くなり、他の村とも交流ができたそうじゃ。

 だから村人達は儀式が成功したと思っていた。しかし、ある怪異が起こった。」


俺は斎藤さんの言葉を思い出し、なんとなく、予想がついてきた。


「子供が新しくできても死んでいったんじゃ。それも、無数の噛み跡ができて、

 血があらゆるところから吹き出して、原因不明の出血多量や、傷口からの

 菌の感染などでな。きっと、恨めしかったんだろう。自分たちはひどい目に

 あったのに、楽しそうに生きている子供を。」

「それが了の全てですか。」

「ああ。作り話にしては良く出来ていると思うだろう。だがな、未だにこの地域、

 この村では子供は幼いうちに他所に出さないと大変なことが起こる。

 迷信だと思って普通に暮らしていたわし達にもな。」


そういう山中さんは涙ぐませながら、虚空を見つめていた。

俺はどうすることもできず、話を聞き村を去った。


きっと俺がつまずいたあの穴は、子供達を落とした穴なのだろう。

あの下にどんな光景が広がっているか俺は想像もしたくなかった。


世の中にはどうすることも出来ない不条理がある。

子供ではない俺が襲われ、村に呼ばれたのは何だったのか。

俺はそんな不条理や人間の愚かさがとんでもない恐怖を生み出すのだと、

その夏に感じた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

空野雷火 @contowriter

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ