遠距離論外
ヤンバル
遠距離論外
「2時間なんて、すぐだよ」
ナツオは笑いながら言う。吐く息が白い。ナツオの肌はもっと白い。かわいい。
「絶対に遊びに来いよ!」
ナツオが俺の肩を揺らす。俺のマフラーから柔軟剤の匂いが広がる。
「行く。絶対に行く」
やべえ、涙目になる。
「あーやっぱ弁当買えばよかったなー」
両手を膝にこすりつけながらナツオが言う。かわいい。寒い寒い言いながら手袋しないあたりがアホかわいい。
「口内炎痛いんだろ?」
「うーん。でもなぁー」
もう少しで新幹線が来る。それで全部終わる。いや終わらせる。つもり。
ナツオのことが好きだった。2年のクラス替えで出会い一目ぼれした。そのまま何も進展無く卒業式を迎えて、今ナツオは東京に旅立つ。あっちでイルカの飼育員の学校に通うのだ。かわいい。
彼の上京を知ったその日から、ずっと告白しようと思っていた。
『言おう、今日こそは言おう。…いや、やっぱり今日はやめとこう』なんてズルズルズルズル今日まで来た。あほか。
今日のナツオは口内炎が気になるらしく、とてもじゃないが告白する空気に成らない。時折しかめっ面になるのは、舌で口内をまさぐってるからだろう。かわいい。
新幹線の到来を告げる放送が鳴る。久しぶりに見たナツオの真顔。
「…弁当買えばよかった」
「2時間なんて、あっという間だよ」
「ひとりりじゃ、なげーよ」
寂しそうに彼はつぶやく。かわいい。
怖いぐらい大きな音を立てて新幹線がホームに入ってくる。お互いのマフラーがなびく。もう時間が無い。今しかない。
「ナツオ、すきだよ」
ナツオは驚きもしない。
「え?」
新幹線の轟音で何も聞こえないようだ。縁が無いな。きっと。
「なんでも無い」
本当は聞こえていたかも知れない。この反応が精一杯の答えなのかもしれない。俺の恋は出発の前に終わった。
乗客達の列の最後尾に俺たちは居た。列がだんだん短くなっていく。ナツオがマフラーを巻直す。
「口内炎はビタミン取れば、良いよ」
「あー。うん。スマホで見た」
ナツオが新幹線に右足を乗せた。終わる。
「必ず、遊び行くから」
「うん」
車内に入ったナツオが振り向く。また真顔だ。彼は鼻まで隠れるようにマフラーを引張る。ドアを閉めるアナウンスが鳴る。彼は右腕を出した。寒さのせいでちょっと赤い。
かわいい。
別れの握手か。俺も右腕を伸ばす。すると、いきなりナツオが俺の腕を掴む。俺が車内に引っ張られると同時にドアが閉まる。叫ぶ前に車両が動き出す。血の気が引く。ナツオは耳まで真っ赤に成っている。かわいいにもほどがある。彼は口許のマフラーを下げた。真っ赤な口が覗く。
「2時間なんて、すぐだよ」
遠距離論外 ヤンバル @yanbaru9
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